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動物の骨に魅せられた男が3Dプリンターで挑む「路上博物館」という課題解決

動物の骨に魅せられた男が3Dプリンターで挑む「路上博物館」という課題解決

骨の複製品を「触ってもらう」路上博物館を開催。触れる体験を通じて、本物の博物館の魅力を伝える(森館長、写真右)

5月18日は「国際博物館の日」。博物館の役割を市民に啓発する日だが、日本には予算不足から持続可能性が危ぶまれている博物館が増えている。窮地を救おうと立ち上がったのが、一般社団法人「路上博物館」(東京都文京区)だ。館内ではなく屋外を会場とし、本物ではなく複製品を展示するという従来にはない発想で博物館の課題解決に挑む。

路上博物館の森健人館長の部屋には、動物の頭部らしき物体がいくつもある。どれも骨標本を基に3Dプリンターで製作した複製品だ。森館長は「触れると発見がある」と満面の笑みで語る。ライオンとキリンの複製品を手に取って食物をかむ動きを再現してみると、顎の作動範囲が異なると分かる。肉食と草食の骨格の違いだ。

森館長は2018年5月、街頭に複製品を展示し、歩行者に触ってもらう活動を始めた。「触れる」体験を通じて、本物の博物館の魅力を伝えたいと考えたからだ。20年の国際博物館の日、路上博物館を設立して館長となった。

森館長は06年の学生時代、骨標本に興味を持った。当時、コスプレにはまり、豚のマスクづくりに挑んだが「本物の豚を調べたくても、方法がわからなかった」と嘆く。不満を抱えたまま解剖学の道に進み、博物館で働くと動物の骨標本を収蔵している事実を知った。「自分のように骨や筋肉を見たくても、博物館にあると思う人はいない」と残念がる。

そして本質的な課題に気付いた。何となく博物館には役割があると感じていても、ほとんどの人は学校の授業以外で行く機会はない。「博物館の関係者は現状に満足しているが、興味のない人に博物館の価値が伝わっていない」と指摘する。

森館長は博物館と一般の人との距離を縮めようと骨の複製品を製作し、居酒屋に飛び込んで酔客に触ってもらった。「博物館と対極にいる人の感想が大事」と思ったからだ。だが、その場では盛り上がっても博物館の魅力は伝わらなかった。そこで始めたのが路上博物館だった。

3Dプリンターで製作した骨標本の複製品を手に取る森館長

世間との隔たり以外にも、博物館には予算不足という深刻な問題がある。日本博物館協会の19年度の調査によると、2314の博物館の60%が資料を購入する予算がなかった。資料収集ができなければ、後世に伝えるべきものを残せない。路上博物館の齋藤和輝理事は「未来の研究者が、今の日本を研究できなくなる」と危惧する。

模型販売、資料購入費に一部還元

そこで路上博物館は3Dプリンターで骨標本の模型を製作し、販売する事業も始めた。売上高の一部を博物館に還元し、資料購入費に充てる。すでに国立科学博物館の所蔵品の模型をインターネット販売している。

従来なら来館者が減るからと複製品づくりは博物館に反発されるが、森館長は「かえって本物の良さが再認識される。映画のロケ地巡礼と同じで、博物館巡りが起きる」と力説する。

持続可能な開発目標(SDGs)は企業に対し、課題解決のために創造性とイノベーションの発揮を求めている。博物館の“タブー”だった複製品の製作・販売には、創造性やイノベーションが感じられる。従来にとらわれない発想は、課題解決に挑む企業にも参考となりそうだ。

日刊工業新聞2021年5月14日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
動物の骨に魅せられた方がいることに驚きでした。博物館の魅力を伝えることを仕事にしている人がいることも新鮮でした。取材は千葉県のオフィスにうかがいましたが、周囲は住宅街、外観は民家か長屋といった感じで、3Dプリンターがあるとは思えませんでした。「発想を飛ばす」と言いますが、お話を聞いてこういうことが「発想が飛ぶ」ことだと思いました。楽しい取材でした。

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