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“天地がひっくり返った”と言われる産総研のガバナンス改革の成果

産業技術総合研究所・石村和彦理事長インタビュー
“天地がひっくり返った”と言われる産総研のガバナンス改革の成果

写真はイメージ

産業総合研究所の石村和彦理事長が就任2年目を迎えた。AGCから産総研に移り、ガバナンス改革を進めてきた。経営と執行を分離し外部からの理事を増やし、経営陣が客観的に研究組織を監督する体制を整えた。併せて若手を中心に産総研の経営ビジョンを作っている。トップダウンで組織の形を変え、ボトムアップで組織に魂を込める。

 

コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を導入しました。
 「この1年の変化はこれまでの20年間の変化より大きいと言われている。AGCでは私が社長の時に取締役会の議長を社外取締役にお願いした。外部の視点を入れることで、自らを客観視できる。産総研と民間企業のガバナンスは違う。産総研にもやはり組織の論理はある。産総研のミッションは社会課題の解決や産業競争力の強化だ。自分たちの研究が国民のためになっているか相当気にしていても、外部の視点で見直すとハッとさせられることがある。理事会を形式的なものでなく、外部の理事と意見を交換しながら意思決定できる形に整えた」

-従来は理事会が各研究領域間の連携や調整をする場になっていなかったのですか。
 「(なっていなかったので)執行役員制を導入した。領域長は執行役員に就いてもらい、7領域に横串を刺すために研究開発責任者を置いた。CTOにあたる。組織運営の責任者として運営統括責任者を置いた。私はCEOだが、最高執行責任者にもなる。理事長直下に企画本部を置き、企画本部長と私、2人の責任者の四人で産総研全体としての戦略や何をやるか話している」

-産総研にとっては大きな変化です。
 「各領域から天地がひっくり返ったと言われている。就任当初、理事会で誰も話し出そうとしなかった。集まってから何を議論するかを決めていた。そこで形式的な会議は全部止めた。議論が必要なテーマは集まって話し合うが、理事会を開くことが目的ではない。無駄なことはしてはいけない」

産業技術総合研究所・石村和彦理事長

-改革に対する現場の反応は。変化についてこれますか。
 「ボトムアップで進めている。中堅研究者を中心に経営方針に対するアクションプランを作ってもらった。約170のアクションが出てきた。これをオーソライズ(承認)して進めていく。若い研究者には産総研のビジョンを作ってもらっている。産総研の使命や価値観、文化を表す仕事だ。『未来をデザインし社会とともに未来を創る。互いを認め、共に挑戦する研究所を築く』。ビジョンを作るメンバーは20人だが、それぞれが職場のメンバーと話し合い、産総研がどんな存在でありたいかを考えてくれた。ガバナンスはトップダウン、アクションプランは中堅、ビジョンは若手のボトムアップで作っている。組織文化を変え、いいところを強化し、魅力を最大限発揮していきたい」

-産総研の競争力はどう高めますか。
 「民間企業は商品開発という明確な目的がある。いくら研究が素晴らしくてもしょうがない。会社の利益につながったかどうかで評価される。産総研の取り組みが国の利益につながったかどうかだ。ただ、社会実装に時間がかかるため評価が難しい。そこで2020年10月に経営方針を出した。大事なことは三つ。一つめは研究の質の向上。社会課題の解決に向けてバックキャスティングして研究テーマを作る。二つめが幅広い研究者が集まる総合研究所としてのシナジー効果を出していく。さまざま研究分野を束ねただけでは意味がない。文字通り総合力を発揮する。三つめが標準化や規格化だ。国際標準化は民間企業単体では難しい。国際標準だけでなく、民間企業の成果を集めてデファクトスタンダードにする。標準化の戦略づくりから支援する」

 「これで産総研の魅力を高める。結果としてオープンイノベーションや産学連携が進まない現状を打破したい。日本の民間の研究開発費は年間約14兆円。オープンイノベーションは大事だと10年以上言っているが、国研との産学連携で380億円。全体の約0.3%だ。大学を含めても1000億円程度だ。ドイツは民間の研究開発費が9兆円で、産学連携に5000億円ほど使っている。大きな開きがある。企業側の責任もあるが、産学で一緒にやろうと思えない理由があるのではないか。研究成果を社会実装するには企業との連携が重要だ」

-産総研としてのマーケティング力が必要です。
 「社会課題解決にバックキャスティングで研究テーマを作り、企業を巻き込んでいく。例えば少子高齢化で老老介護の問題がある。1人のスタッフでケアできる人数を増やす必要がある。サービスの質を下げずに、より効率的にケアをする。1事業者だけでは解決できない問題だ。産総研としてアンテナを高くし、しっかり社会課題を捉えているかを外部からもチェックしてもらう。イノベーションコーディネーターは全員営業マンのつもりで動いてもらう。必要なら領域長や理事長が営業マンとして出ていく。こうした取り組みを促すために理事長裁量経費がある。年間約33億円と決して大きくはないが、若手などのボトムアップを大切に伸ばしていきたい。いいアイデアは取り上げ、多領域での融合研究を促したい」

-第6期科学技術・イノベーション基本計画ではカーボンニュートラルなど、世界規模の課題に対応していくことが求められています。
 「ゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)で人工光合成や次世代太陽電池、水素利用などの研究が進む。清水建設との連携研究室では産総研の水素吸蔵合金と同社のエネルギーマネジメントを融合させてビジネスモデルが生まれてきている。カーボンニュートラルについては、二酸化炭素の80%削減ならコストはかかるが既存の技術でも達成できた。実質ゼロは既存技術だけでは厳しいため、イノベーションが必要になる。決定打となる技術がまだなく、カーボンニュートラルに資する技術開発を全方位で進めていく。国が温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指すと表明したことで、企業が長期的に本腰を入れられるようになった。例えば風力発電は洋上風力の部材や部品、日本が強い部分から動いている。高い目標を掲げたことで産業競争力が強化されるだろう」

【略歴】いしむら・かずひこ 79年(昭54)東大院工学系研究科修士課程修了、同年旭硝子(現AGC)入社。00年旭硝子ファインテクノ社長。06年旭硝子執行役員、07年上席執行役員、08年社長、15年会長、20年4月から現職。兵庫県出身、66歳。
日刊工業新聞2021年4月23日の記事に加筆
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
国立研究開発法人や大学の研究者にとってスポンサーは組織のトップではない。経営と現場の意識が乖離しやすい組織と言える。産総研はガバナンス改革で経営がスリム化したが、ボトムアップのアクションプランが実行に移る2年目が現体制の本格稼働と言える。組織の論理に頓着しない経営に現場が応えられるかどうか注目したい。

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