「スタートアップ不毛の地」から脱却なるか?中部地方で育つ起業の芽
中部地域はトヨタ自動車をはじめ伝統的な企業が多く、起業意識が低いとの印象を長らく持たれてきた。そんな中、同地域でスタートアップの活躍が目立ってきた。人工知能(AI)や飛行ロボット(ドローン)といった先端技術を自在に操り、海外展開にも乗り出すなど成長スピードは加速度を増している。自動車や航空機など基幹産業が集積する製造業の地から、ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)は誕生するか。(名古屋・浜田ひかる、同・永原尚大、岩崎左恵)
愛知・名古屋地区 AI・ドローン・ヘルスケア、海外開拓に重点
愛知・名古屋地区ではAIやドローン、ヘルスケアなど企業14社が「Jスタートアップセントラル」に選定された。各企業とも海外展開や新規株式公開(IPO)に対して積極的な姿勢をみせる。
プロドローン(名古屋市天白区)は、産業用ドローンのシステムメーカー。本体の生産だけでなく、制御・運用システムの開発も一貫して手がける。産業用ドローンの世界市場は2025年に5兆円規模になると言われる。「実際、評価も海外の方が高い」(河野雅一会長)とし、海外市場の開拓を重点戦略に掲げる。
海外展開の試金石となるのが、このほど始めた実証実験だ。20年にKDDIと共同で、長距離物流の実証実験に着手した。初回は三重県志摩市で1キロメートルの周回コースを設定し、時速5キロ―10キロメートルの飛行試験を実施した。河野会長は「(産業用ドローンを活用する航空運送事業者である)米アマゾンウェブサービス(AWS)のような存在になりたい」と力を込める。
アフガニスタンで1万人のユーザーを抱えるサービスを作り上げた企業もある。アグリービット(名古屋市千種区)は、議論型チャット「D―Agree(ディーアグリー)」を展開する。メンバーのアフガニスタン人がたまたま自国に紹介し広まったという。桑原英人社長は「宗教上、女性が公の場で意見するのが難しい文化に適していた」と分析。月内には英語版を公開し、アジア圏のユーザー獲得を目指す。
中部地域の雄、名古屋大学発の企業は10社と過半数を占める。トライエッティング(同東区)の長江祐樹社長は名大大学院在籍。誰でも作れるAI基盤「UMWELT(ウムヴェルト)」を展開する。同社は海外進出などをサポートする内閣府の「アクセラレーションプログラム」にも参加する。長江社長は「22年をめどに海外展開を考えている。そのための足がかりになれば」と期待する。
ヘルスケアシステムズ(同千種区)は、食生活や健康状態に関わる13種類の検査キットサービスを12年から提供し、利用者数は約40万人に上る。今後は新たに9種類のキットを追加し、中国や北米での事業展開を目指す。瀧本陽介社長は「世界を楽しく健康にしたい」と意気込む。
ソノリゴ(同中村区)の遠山寛治社長は「この地区で古くからある企業にアプローチしやすくなった」と、Jスタートアップセントラルの効果を実感する。同社はサブスクリプション型のイベントサービスを主力とし、2月に始めたBツーB(企業間)向けサービスで顧客獲得につなげた。
称号に満足せず次の成長見据える
課題も見えてきた。生活習慣病重症化予防プログラムを展開するプリベント(同東区)の萩原悠太社長は「バックオフィス(事務管理部門)人材がいない」と指摘。「IPOで必要となる人材が名古屋には少ない」とこぼす。大企業の副業人材の活用・紹介や、スタートアップの現状に適した補助金・助成金の開設などを望む声も各社から上がる。
「“称号”を取ったことで満足してはいけない」と気を引き締めるのは、ガスのコンサルティングを手がけるシンクモフ(同千種区)の畠岡潤一社長。「自主的に活動し続ける必要がある」とその先の成長を見据える。
浜松地区 光・センサー強み/高齢者介護向けも
浜松地区では6社を選定。光やセンサーに関する企業が目立つ。パイフォトニクス(浜松市東区)は、光パターンの形成が可能な発光ダイオード(LED)照明「ホロライト」の開発を手がける光産業創成大学院大学発のスタートアップ。ホロライトを用い、フォークリフトの安全性向上やムクドリ被害対策などに貢献してきた。
ホロライトはLEDの光をレンズで集光し、遠方まで届けられるのが特徴。一直線の指向性の高い光を使用し、レンズの構成を変えることで多くの光のパターンを作ることが可能な技術だ。
アンシーン(同中区)は静岡大学発。大学の研究シーズを実用化して、工業部品の非破壊検査などに使えるX線検出センサーを開発している。
社会課題から生まれた企業も選定された。マジックシールズ(同東区)は、高齢者の転倒骨折を防止する骨折予防対策床「ころやわ」を生産、販売する。同製品は毎年100万件ある高齢者の転倒骨折を防ぐため開発した。下村明司社長は「けがの不幸が減り、経済的な負担も減るとうれしい」と力を込める。認知度向上に期待し、5年後をめどに売上高40億円を目指す。
Jスタートアップセントラル
中部経済連合会や名古屋市、浜松市などは1月、成長が期待されるスタートアップを対象とした「Jスタートアップセントラル」を選定した。足元で20社をピックアップし、行政・支援機関がビジネスマッチングなどの支援メニューを提供。地域全体でユニコーンを生み出すエコシステム(生態系)の形成に向けて、環境整備を着々と進めている。
インタビュー/名古屋市経済局産業労働部長・吹上康代氏 世の中変える力ある
Jスタートアップセントラルのとりまとめに尽力した名古屋市経済局産業労働部長の吹上康代氏に話を聞いた。
「モノづくり企業が多く集積している点だ。20年の『グローバル拠点都市』(内閣府などが実施するスタートアップ支援プログラム)でJスタートアップセントラルが選ばれたのは、この点が評価されたからだ」
―どのような支援をしていきますか。「事業会社から相談を受けた時、我々が紹介するのはJスタートアップセントラルだ。他地域のスタートアップとの連携など、多様な支援を優先的に提供する方針だ」
―期待することは。「この地域に足を置きつつ、世界を変えてほしい。選定された会社は全て、世の中を変える力がある会社ばかりだ。覚悟を決めて今すぐ動きだしてほしい。ここからユニコーンが出ることを強く望んでいる」