巻き返しへ投資相次ぐ、重工大手の成長分野はどこだ?
重工大手が成長分野の体制整備を進めている。三菱重工業は長崎県に航空エンジン部品の工場を稼働させ、IHIも埼玉県に航空エンジンを整備する工場を2021年度の早期に稼働させる予定。住友重機械工業は愛媛県に、半導体の製造工程で使われる装置の工場を建設する。各社は新型コロナウイルス感染症の拡大で厳しい経営環境が続くものの、巻き返しを虎視眈々(たんたん)と狙う投資だ。脱炭素化に向けた投資も競争力を左右する。(取材・孝志勇輔)
三菱重工 長崎に航空部品工場、短・中距離需要取り込む
三菱重工は長崎造船所(長崎市)の敷地内に、航空エンジンの部品工場を稼働させた。旧推進器工場(船舶用プロペラ工場)だった場所を活用し、燃焼器部品の素材の受け入れから加工、組み立てまでの一貫生産ラインを構築した。
エンジン部品の加工難度が非常に高いことから、最新鋭の工作機械や自動搬送・自動工具交換システムなども導入した。航空エンジン事業を展開するグループ会社の三菱重工航空エンジン(愛知県小牧市)のマザー工場で蓄積したIoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)技術も積極的に生かす。
新しい航空エンジン部品工場で取り込もうとしているのが、主に短・中距離旅客機用の部品のニーズだ。コロナ禍で旅客需要が失われたことで、堅調だった航空機のサプライヤーは生産調整などを余儀なくされた。ただ国内線での利用が多い短・中距離旅客機の需要が比較的早く回復するとの見方が出ている。実際に、欧エアバスの旅客機「A320neo」に搭載されるエンジンの燃焼器の場合、交換需要も踏まえるとコロナ禍前後で生産計画に大きな変動はないという。
三菱重工は21年3月期業績予想で航空・防衛・宇宙の収益が低迷する見込みだが、航空機分野は他部門と比べて成長性が高いと言える。グループ全体で航空エンジンの事業拡大を目指しており、新工場はその一環だ。同社の象徴である長崎造船所内に建設したことで、モノづくりの歴史を受け継ぐ役割も担う。
IHI 航空エンジン整備、工場でDX体制
IHIは埼玉県鶴ケ島市に航空エンジンの整備工場を21年度に稼働させる予定だ。当初、19年の稼働を目指していたが、コロナ禍の影響などで稼働が遅れていた。瑞穂工場(東京都瑞穂町)で整備を手がけているが、中長期の需要の伸びを踏まえ、同工場と近い位置に立地する新工場を生かす。
98年に開設した相馬事業所(福島県相馬市)以来の新工場だ。敷地面積が13万6100平方メートル、延べ床面積が約3万5000平方メートル。近くには高速道路も通っている。
航空エンジンをめぐっては米ゼネラル・エレクトリック(GE)など欧米の3強が大半のシェアを握り、IHIは1ケタのシェアにとどまる。ただ、コロナ禍の収束後には再び拡大が見込める分野だ。「瑞穂工場だけでは整備のニーズに追いつけなくなる」(デジタルトランスフォーメーション推進部)とみている。
IHIは22年度までの3カ年の経営方針で成長事業を再定義し、航空輸送システムをその一つに位置付けた。新工場の運用に向けてはトップレベルの生産性と、付加価値の高い部品修理を重視する。そのためデジタル変革(DX)も生かした仕組みを構築する。新たな整備体制で航空エンジンの収益力を取り戻す。
住重 半導体関連装置生産を倍増
住友重機械工業は活況が続く半導体分野で攻勢をかける。半導体の製造工程で使われ、シリコンウエハーに加速させたイオンを注入する装置の新工場を愛媛県に建設する。投資額は約110億円。子会社の既存工場に隣接した場所に設ける予定で、延べ床面積は3万5692平方メートル。22年7月の完成を目指す。
住重が投資に踏み切った背景には、半導体市場の拡大がある。第5世代通信(5G)やAIなどの普及に伴って半導体の需要が伸びることが予想される。すでに自動車向けの半導体が不足する事態も起きており、需給が逼迫(ひっぱく)している。
住重の子会社がイオン注入装置の開発や製造、販売を手がけており、19年度売上高は約320億円。スマートフォンや電気自動車(EV)の需要、自動運転技術の確立などが同装置の展開に追い風になる見通しだ。新工場を設けることで、生産能力を現状の設備と合わせて2倍に引き上げる。
また住重は横須賀製造所(神奈川県横須賀市)で、パワー半導体の製造に必要な装置を増産するためにクリーンルームを拡張した。EVの普及に伴ってパワー半導体の需要も伸びており、「(装置の)受注が17年下期ごろから急激に増えている。一度納入するとリピートが来る」(メカトロニクス事業部)という。
住重は今後、新中期経営計画を公表する予定で、好調な半導体分野の成長シナリオに注目が集まりそうだ。
脱炭素化にらみ海外新興に出資
重工ではコロナ禍を踏まえた新中期経営計画が始動している。このうち三菱重工は脱炭素化をにらみ、環境負荷が低いエネルギーへの転換を重点戦略として打ち出している。4月に始まった3カ年の中計では、同戦略に関連して900億円を投資し、成長分野への投資の半分を占める。
次世代燃料として有力視される水素など、環境対応に必要な技術を持つ海外の新興企業にも相次いで出資している。世界的に脱炭素化への動きが加速する中では、外部の技術や経営リソース(資源)を活用する必要があるためだ。
川崎重工業は液化水素運搬船など、水素サプライチェーン(供給網)構築を目指しており、坂出工場(香川県坂出市)を水素関連製品の開発・製造拠点に再編する方針。IHIは現在の中計で、3カ年の投資水準を3800億円に設定している。成長分野への優先配分を示しており、脱炭素化に関連する投資が増える可能性がある。