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温室ガス排出50年実質ゼロへ、「脱炭素」マネー争奪戦の行方

温室ガス排出50年実質ゼロへ、「脱炭素」マネー争奪戦の行方

オンラインの気候変動サミットで演説する菅首相。画面内はバイデン米大統領=22日夜、首相官邸(内閣広報室提供)

バイデン米大統領が主催した気候変動サミットで、日本は2030年度までに温室効果ガス排出量を13年度比46%削減する目標を表明した。欧米も30年の「50%減」を掲げており、50年に排出を実質ゼロにする「脱炭素」に向けた巨額資金の争奪戦が幕を開ける。日本政府は3000兆円の環境投資を呼び込む金融市場の創設を目指している。すでに企業を支援する“脱炭素金融”も育ちつつある。(編集委員・松木喬)

欧米の巨額投資に危機感 国際金融センター創設、国内に3000兆円誘導

菅義偉首相は22日、日本の30年度の排出削減目標を現状の13年度比26%減から46%減に引き上げると表明。実現に向け、あらゆる取り組みをすると決意を述べる中で「グリーン国際金融センターの創設」も掲げた。脱炭素達成に必要な資金を国内に誘導する機能を想定している。

首相の表明の翌日、小泉進次郎環境相も「政府が明確な意志と覚悟を示すことで民間のESG(環境・社会・企業統治)金融を動かす」と発言した。計算上では現状の削減ペースが続くと26%減に到達する。あえて「46%減」にハードルを上げることで、脱炭素分野に資金を向かわせる。

企業からも同様の声が上がっていた。イオンや積水ハウスなど175社が参加する日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)は3月末、政府に30年度50%以上の削減を求める意見書を公表した。その中で「企業に眠る240兆円の現預金を動かし、3000兆円とも言われる海外の環境投資を呼び込むのであれば、(目標は)大胆なものでなければならない」と主張した。

企業が政府に“脱炭素マネー争奪戦”への参戦を促した背景には、欧米の巨額投資がある。EUは10年間で官民合計1兆ユーロ(約130兆円)の投資目標を掲げる。22日に「50―52%減」の新目標を打ち出したバイデン政権も3月末、8年間で2兆ドル(約220兆円)のインフラ投資計画を議会に提案した。電気自動車(EV)の充電設備を50万カ所に整備し、電力分野にも1000億ドルを充てる。

国際再生可能エネルギー機関は、50年の世界全体の脱炭素達成にはエネルギー関連で130兆ドルが必要としている。これだけの巨費を賄うため欧米は公的資金を“呼び水”とし、民間資金を環境分野に誘導する。

日本が投資合戦に出遅れると、国内に有望な脱炭素産業が育たず、海外メーカーに席巻された太陽光パネルや風力発電の二の舞いになる。日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)も、再生エネ導入が遅れると自動車産業の雇用が最大100万人失われると発言した。エネルギー多消費産業の化学メーカーも危機感を強めている。21日の記者会見で富士フイルムホールディングスの川崎素子執行役員は「国際競争力の点から日本企業にプラスになる」とし、高い目標を政府に要望した。

金融市場整備

すでに政府内では脱炭素マネーを呼び込む市場整備が進む。経済産業省と環境省、金融庁は3月末、金融機関が企業の脱炭素化を資金支援する「気候トランジション金融」の指針案をまとめた。鉄鋼や化学、製紙といった二酸化炭素(CO2)排出量の多い企業が資金調達で活用することを想定している。

50年の世界全体の脱炭素達成にはエネルギー関連で130兆ドルの投資が必要

指針案によると、企業が排出削減目標や技術開発などの「脱炭素戦略」を示し、金融機関は「脱炭素に向かっている」と評価すると投融資する。政府関係者は「多排出企業は資金調達が難しくなっていると聞く」と指針を作った背景を説明する。一方で、銀行や機関投資家はESG投融資の目標額を設定し、資金の貸し先を探している。多排出企業も戦略次第で金融機関と“相思相愛”となって資金を確保できる。

リース大手、同業者と連携

中小企業の資金支援も欠かせない。芙蓉総合リースは20年10月、EVや太陽光パネルなどの環境商材をメニュー化したリース・割賦販売プログラムを始めた。契約額の0・1%を拠出し、同社が同額を上乗せ(マッチング)して脱炭素を推進する団体に寄付する仕組みもある。

サービス開始半年で契約は100社・団体を超えた。そのうち半数以上はEVやプラグインハイブリッド車を契約し、社有車を電動化した。高額なので購入に二の足を踏むが、リースだと導入しやすくなる。プログラムによって中小企業も脱炭素へ踏み出せており、金融機能による脱炭素支援の好例となっている。

プログラムは同業者にも受け入れられている。肥後銀行系列の肥銀リース(熊本市中央区)、南日本銀行系のなんぎんリース(鹿児島市)など地銀系リース会社7社が、芙蓉リースのメニューを顧客に提案している。環境商品は高価なため、地方のリース会社が品ぞろえをすると投資負担が大きい。その点、大手の芙蓉リースは商品を仕入れやすく、地方のリース会社は地元企業の脱炭素化を後押しできる。

芙蓉リースの細井聡一専務は「当社の顧客基盤である都市部だけでは脱炭素に限界がある。地方を掘り起こすことが重要」と語り、同業者との連携の意義を強調する。

また、芙蓉リースは環境商材の購入費の一部を社債「サステナビリティ・リンク・ボンド」の発行で調達した資金で賄う。社債を購入した投資家も、資金が脱炭素向けに使われると分かる。芙蓉リースのプログラムは地銀系リース会社と投資家も参加し、中小企業の脱炭素化を支援できる枠組みだ。

レンタルビジネスで500億円誘導

ネクシィーズグループは12年から初期費用なしで発光ダイオード(LED)照明を提供し、飲食店やホテルなどに7万件の採用実績を持つ。“初期費用ゼロ”はレンタルによって実現している。LED照明は設置から5年間は同社がレンタルし、6年目から施設の所有になる。

ネクシィーズが初期費用ゼロのサービスでLED照明を導入した工場

LED照明は白熱電球や蛍光灯よりも5―9割の節電ができる。だが、高額なため購入をためらう施設が多かった。同社社長室の滝浩介課長は「最大の障壁であった初期投資の問題を取り除き、経営課題である電気代とCO2排出削減に貢献できる」と強調する。

同社は金融機関から500億円を調達し、レンタルするLED照明を仕入れている。初期費用ゼロのビジネスモデルによって500億円の環境投資を呼び込んだ格好だ。ビジネスモデルによって資金を脱炭素へ誘導し、中小企業を支援できることを示した。

日刊工業新聞2021年4月26日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
「コストが高い」「コストがかかるからできない」と言っていると思考停止になってしまいます。コスト問題の解決策がビジネスチャンスであったり、他社に差をつけるポイントだったりするのではないでしょうか?今のところ30年46%減にも反対の声は聞こえません。資金を呼び込む方法をじっくりと考え、新しいビジネスモデルを検討できそうです。

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