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『ラスボス』は永田町? 国家公務員の働き方改革の行方を小室淑恵ワーク・ライフバランス社長に聞いた

『ラスボス』は永田町? 国家公務員の働き方改革の行方を小室淑恵ワーク・ライフバランス社長に聞いた

河野太郎国家公務員制度担当相(左)に提言と署名を手渡す「#霞ヶ関深夜閉庁要求運動」のメンバー

コロナ禍を機に国家公務員の働き方に関する話題に改めて注目が集まっている。過酷な労働実態が次々と出てくる一方、16日に公表された「キャリア」と呼ばれる国家公務員総合職の志望者数は過去最少を記録した。人材流出のループも続き、国の中枢を担う人材をめぐる労働環境は過酷さを極める。「#霞ケ関深夜閉庁要求運動」を掲げ、政府への提言活動で発起人を務める小室淑恵ワーク・ライフバランス社長に話を聞いた。



小室淑恵ワーク・ライフバランス社長(ワーク・ライフバランス提供)

―活動を始めたきっかけは。
「信頼を置く熱意を持った官僚たちが体調を崩して辞める姿を見てきた。重要な意思決定を持つ部署は24時間オール男性の環境になり、子育てや介護と両立できない。国民の課題が解決されるには当たり前の暮らしを官僚がしてくれないとマズい。建設業など中央省庁とのやりとりがある企業も短納期で即レスが求められて長時間労働に陥るなど全ての残業の震源地が霞ケ関にあると気づいた。『ラスボス』の永田町も背景に存在し、部外者が切り込んだ方がいいのではと活動を始めた」

―民間企業との温度差が生じる理由は。
「民間企業は時間外勤務の上限規制で出来たことでゲームチェンジが起きた。限られた時間での生産性勝負となり、AI(人工知能)やRPA(ソフトウエアロボットによる業務効率化)などIT投資も増えた。霞ケ関は労働基準法適用外で上限がない点が決定的に違う。夜中にアナログな仕事に追われるのは、一流の頭脳を持った優秀な人たちの使われ方として許されない」

―『ラスボス』永田町が君臨していることも足かせに感じます。
「国会会期中には残業代が約102億円、タクシー代で約22億円も発生する。夜中に質問通告する議員によって生じると考えると許されない。今年中に衆議院解散総選挙があるが、メディアが議員へのアンケートに『何時にどんな通告をしたか』と盛り込んで浮き彫りにする必要もある。税金の使い道並みに働き方の問題で国民は関心は高くなってきた。なぜ残業が発生したか記事で解説すると『人の働き方を考えない議員なのか』と選挙の争点にもなる。合理性がなく職場に留まるのは単なる慣習でしかない。22時から翌朝5時に誰も役所に入れないようにすることは永田町に残るFAX文化を改めることにもなる」

―霞ケ関の外にいる国民に必要な役割や視点もあると思います。
「今まで国民のために働けという意識もあったかと思う。国のかじを握る官僚の働き方が変わり、生産性を高めないと私たちが結局損をする。行政対応のつたなさや遅さの要因を国民が責めるのではなく、デジタル化の推進は官僚が健全に働ける環境づくりにも結びつく。コロナの黒船が来たことはデジタル化へのラストチャンスかもしれない」

―なぜ霞ヶ関には独特の文化が残り続けるのでしょうか。
「霞ヶ関の官僚たちには悪気がないが、既に時間感覚を失っている。深夜に自分たちがメールすることがどれほど相手を動揺させるかわからずやっている。ITベンダーもよく言っているが、行政案件を担当すると育児女性は入れられない。24時間いつでも対応出来ないと、大型案件から外されて小さな案件しかできず民間企業の女性の昇進を阻害することにもなる。認可権限を持っている人たちがこうした働き方をしているのは、民間の残業の震源地にもなっていると感じている。働き方改革の旗を振っているのは行政の人たちなのにむしろ残業を増やしているじゃないかということになる」

―霞ケ関での多様な働き方の形成に向けたカギは。
「属人化して仕事の情報を秘伝のタレのように継ぎ足すやり方だと他者には引き継げない。多くの人が育児や介護を経験するこの国でいくらでも働ける人は今後奇跡の人になってしまう。どこからでもパスが渡せる環境になれば、1人の屈強なプレーヤーが走りきる姿から美しいパス回しで多くのトライを決める奇跡も起きる。見える化、共有化、パス回しを日頃から進め、管理職のマネジメントの優先順位を変えることも必要だ」

―霞ヶ関の働き方改革はメディアともリンクしているのかもしれません。
「メディアも時間外の対応ができないとエース級のポジションに就けず、育児女性が途中で記者として脱落していく状況がこれまで相当続いてきたと思う。最近は少し変わってきたようだが、今までだと女性が担当しなければいい話だと独身女性が命枯れるまでやるか、育児している人は外される感じだった。メディアで意思決定を持つ人が男性ばかりだと、私たちからすると『何を!』と思うことになってしまうこともある。『どのデスクがこんな内容にしたのか、このまとめで台無しだよ』っていう記事が一杯あった。そうした状況が多様な意思決定者がいないメディアで起き、結果的にメディア離れにもつながってきたのでは。働き方の門前払いをしてしまうと多様性に欠け、本来ある課題を解決できない組織にもなってしまう」

【プロフィール】
 小室淑恵(こむろよしえ) ワーク・ライフバランス代表取締役社長。1000社以上の民間企業に対するコンサルティング実績を持ち、残業削減した企業では業績と出生率など向上している。産業競争力会議、経済産業省産業構造審議会など委員も歴任した。2児の母。オンワードホールディングス社外取締役、パシフィックコンタルタンツ社外取締役、金沢工業大学客員教授も務める。

官僚の働き方を示したマンガ①(ワーク・ライフバランス提供)
官僚の働き方を示したマンガ②(ワーク・ライフバランス提供)
官僚の働き方を示したマンガ③(ワーク・ライフバランス提供)
日刊工業新聞2021年4月19日掲載記事に加筆
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
約1時間のインタビューで小室さんが放つ言葉はブーメランのように突き刺さり続けた。日頃接する経産省をはじめとした国家公務員の優秀さに驚く一方、あまりにハードな働き方に心配にもなる。限られた予算と人数で途方もない課題をアナログな方法でこなさなければならない環境は、おのずと長時間労働に陥ることは想像に難くない。一方で国民が必要以上の要求を課し、議員からも執拗に迫られ、さらに不祥事が発生するとメディアからの追及も受ける。こうしたループから逃れ、他国に近い公務員の労働環境を構築するにはもはや自助努力では解決できない段階にきているのではないか。

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