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『隣人X』の著者・パリュスあや子氏インタビュー 「移民を阻む人のカテゴライズ」

本のホント #02 

深夜のコンビニで働く外国人労働者は、今や街の風景の一部になっている。本質的には「移民」とも言える彼らがいかなる背景を持ってそこで働いているのか、考えてみたことはあるだろうか。

第14回小説現代長編新人賞を受賞した『隣人Ⅹ』。本作では、宇宙を漂っていた難民の受け入れを巡る社会を描いた。一見、SF作品のようだが、生まれた背景が異なる者との共生のあり方を描いた作品だ。

著者のパリュスあや子さんはこれが初の小説作品。これまで手掛けてきた映画脚本ではなく、なぜ小説だったのか、また、フランス在住の「移民」として自身を取り巻く環境をどう捉えているのか聞いた。


「隣人Ⅹ」あらすじ

惑星Ⅹの内紛により宇宙を漂っていた「惑星生物Ⅹ」は、対象物の見た目から考え方、言語まで、スキャンするように取り込むことが可能な無色透明の単細胞生物。20xx年、アメリカは人間社会に溶け込んだ惑星生物Ⅹを「惑星難民Ⅹ」と呼ぶことに決める。日本政府は日本人型となった惑星難民Ⅹを受け入れ、マイナンバーを授与し、日本国籍を持つ日本人として社会に溶け込ませることを発表した。

郊外に住む、新卒派遣として大手企業に勤務する土留紗央、就職氷河期世代でコンビニと宝くじ売り場のかけもちバイトで暮らす柏木良子、来日二年目で大学進学を目指すベトナム人留学生グエン・チー・リエン。境遇の異なる3人は、難民受け入れが発表される社会で、ゆるやかに交差していく。


―経歴(末尾のプロフィール)が興味深いです。

小さい時から多くの本に囲まれて育ちました。どちらかというと、空想に生きるタイプだったのかなと思います。

中学生であまり学校に行けなくなり、その中で映画を見たり、新聞へ短歌の投稿をしていました。週に1回くらいで作品が歌壇欄に選んでもらえると自分の居場所があるなと思いました。その頃から、一人で何かに向き合っていく方が向いているのではと感じていました。

そこから普通に就職したのですが、映画の基礎を学ぶために、休日にやっているカルチャースクールに行きました。本格的に脚本を学びたいと思って、大学院へ行きました。大学院の先生には、「映像技術とは違って、監督、脚本家でご飯を食べられる人はすごく少ないから」と入学したときに言われたのを覚えています。卒業した後は、フリーターのような生活をしていました。一度企業で働く時間の流れから抜けてしまうと、そこに戻る気にはなれなかったからです。そこから、ライターとして書き物ができる仕事には携わっていきました。


―これまで歌集や映画の脚本を手掛けてきて、なぜ今回小説を書こうと思われたのですか。

5年ほど前にワーキング・ホリデーで1年パリに暮らし、18年にフランスへ移住しました。暮らしていくにはフランス語の能力は必要です。語学力の有無は就ける仕事にも大きく影響します。私自身、移住当初は語学力が足りず、中々良い仕事にも就けませんでした。また、言葉で自分の思いをうまく伝えることができない日々が続いて、思いが溢れたかたちが日本語での小説だったんです。

フランスに来てからも、ライターの仕事をしていますが、「主観を排除した事実だけが欲しい」というリクエストも受けます。でも主観を排除した書き物は果たして、私が書いたものといえるのかと思っていました。ですので、小説は思いっきり主観を盛り込んだものになりました。


―書きたい衝動に突き動かされた部分は大きいのですね。

そうですね。始めに思った「書きたい!」という気持ちのまま、挫折せずにつき進めたのが大きいかもしれません。書きながら浮かんできたことも、どんどん付け加えていきました。ただ、その分要素を盛り込みすぎた気もしています。

また、この作品はフランスに住んでいる関係上、日本での取材などはできませんでした。本当は取材をした方が良いのかなとも思いましたが、今はインターネットがあります。いろんな方のブログや語学学校のホームページを見て、自分の想像力を膨らませながら書きました。ずいぶん昔のことですが、著名な作家さんの大人気シリーズも1作目は取材をされずにご自身で調べて書いたというインタビューを読んだことを思い出し、取材がなくてもリアルなものは書けるはずだと、勇気づけてもらいました。

取材は日本とフランスをZoomで繋いで行った。時差は約8時間。

―本著の主な登場人物は日々の生活に生きづらさを感じる「3人の女性」と、人間と瓜二つの「惑星難民Ⅹ」です。どこかパリュスさん自身のフランスでの生活が垣間見えるような気がします。

私にとって、身近なテーマはやはり「移民」でした。日本にいたときから、時事問題には興味がありました。それでも自分自身が移民になって初めて問題を認識できた気がします。はっきりと自分の中に答えがあるわけではないですが、問題が存在していることを伝えたいと思ったのが始まりです。

初めてフランスに渡った15年にはパリ同時多発テロ、20年も宗教を巡る対立や分断の問題がありました。フランスでは、移民政策は大きな柱です。その問題を通り過ぎることはできません。

本の中に登場する3人(土留紗央、柏木良子、グエン・チー・リエン)は「惑星難民Ⅹ」に対して異なる考えを持っています。意識したのはどの意見が正しい、間違っていると決めつけないこと。移民や難民といった「自分とは違う存在」が近くに暮らしていることを感じてもらえたらいいなと思っています。


―これまで日本において移民問題は深い議論がされて来なかったと感じます。移民国家として歴史の深いフランスとの姿勢の違いは感じますか。

夫がフランス人なのですが、日本に来て電車に乗った際、「日本人しか乗っていない」と驚いていました。もちろん、そこには日本以外の東アジアにルーツを持つ人がいたかもしれませんが、日本で育ってきた私にとってその発言は逆に驚きました。

確かにパリで地下鉄に乗ると、肌の色が違う人が同じ空間にいることが当たり前です。自分と異なるルーツの人たちと共に暮らしていくのは普通のこと、という慣れの部分は全く違うかもしれません。


―新型コロナウイルスの流行でこれまでのように交流することは難しくなりました。

去年の1月ごろはまだ「対岸の火事」という感じでした。フランスでは日本より人と人との距離感が近く、道端で知り合った人同士が井戸端会議を始めたり、レストランで隣になった人同士が話すなんてこともあります。極め付けは、ほっぺを触れ合わせる挨拶「ビズ」です。3月になって徐々に感染者が増え始めても、みんなビズをしていましたね。それが今は全くなくなりました。そういった点はかなり意識が変化していっていると感じます。

ただ、今のフランスのことしか分かりませんが、近くの人と触れ合いたいという欲求は消えないのではないでしょうか。コロナ禍の状況では難しくても、これからも人々は昔ながらの「近さ」を大切にしていくのかなと思います。もちろん今回のインタビュー(今回の取材はZoomを使って行った)みたいに、世界を近づける技術も残っていくでしょう。

反面、「移民なんてこりごりだ」など極右政党の排他的な主張が聞こえてくることも増えました。外国から見た日本も「外国にいる人は来てくれるな」という締め出しの圧力がかかっているような気がします。


―小説の後半では、惑星難民ではないかと疑惑をかけられた人物がメディアや世間から攻撃を受けるシーンや登場人物にアイデンティティを問うシーンが印象的です。

フェイクニュースに代表されるように、情報の扱い方や伝え方への懸念を念頭に、あえて「劇画」的に書きました。

やはり、「何人であるか」というカテゴライズが先に立ってしまうのは恐ろしいことです。その人がどう生きてきたのか、どういう状況に置かれているのか、をすべて無視してしまうことは極めて暴力的ですし、それを面白おかしく書きたて伝えることも暴力的です。

このシーンは、アイデンティティはどこにあって、誰が決めるのかという問いを意識しました。フランスでは、フランス国籍を持つ移民2世、3世が身近にいます。そうした環境の中で、「日本人」でフランスに住む、私自身のアイデンティティについても考えていた部分だと思います。


―今後、どのような作品を書いていきたいとお考えでしょうか。

偶然と必然をテーマに長編を書いていたのですが、コロナ禍の世界観を引きずってしまっていると感じたので、この作品は一旦時間を置いています。ロックダウン前の3月ごろ、ちょうど日本に一時帰国の予定があり迷っていましたが、もし帰国していたらなかなかフランスに戻れず、違う生活を送っていたでしょう。そういった「ある瞬間の選択で人生が変わる」というターニングポイントを描く作品の予定でした。

現在は「依存症」をテーマに短編を書いており、春から初夏に一冊にまとめられたらと考えています。

なぜ今、この作品を世に出すのか考える大切さを、映画の脚本を書き始めた時に学びました。現在の社会問題を扱うべきということではなく「辛い時期だから楽しくなれるものを書こう」でも良いと思うんです。自分の中でしっくりくるテーマを探しながら、「時代性」は常に意識して書き続けていきたいです。


プロフィール
パリュスあや子
神奈川県横浜市生まれ、フランス在住。広告代理店勤務を経て、東京藝術大学大学院映像研究科・映画専攻脚本領域に進学。「山口文子」名義で映画『ずぶぬれて犬ころ』(本田孝義監督/2019年公開)脚本担当、歌集『その言葉は減価償却されました』(2015年)上梓。2019年、『隣人X』で第14回小説現代長編新人賞を受賞しデビューに至る。
小林健人
小林健人 KobayashiKento 第一産業部 記者
本書の中では留学生のリエンが印象的でした。慣れない土地で慣れない言葉を話す。想像するだけで、困難なことです。暮らす上で、大きなハードルを背負っていることに思いをはせ、向き合うことに重要さを感じました。

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