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ノーベル賞・吉野さんの地球環境問題への思い。「知見融合すれば解決できる」

脱炭素社会の実現へ野心的な目標に挑む日本。カギとなるのは二酸化炭素(CO2)の排出削減にとどまらず、過去の排出分をも削減する革新的な技術の実用化である。イノベーションの中核拠点としての役割を担うのが産業技術総合研究所に2020年1月、発足したゼロエミッション国際共同研究センター。そのトップを務めるのがリチウムイオン電池開発で2019年のノーベル化学賞を受賞した吉野彰さん。「地球環境問題の多くは協調分野。知見を融合すれば解決に導くことができる」と語る。その思いとは─。

率先して取り組む意義

─菅首相は「2050年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロとする」方針を打ち出しました。どう受け止めていますか。

「地球環境問題はこれまで人類が直面した課題の中でも相当な難敵で、途方もない目標かもしれません。しかし必ずや解決されなければなりませんし、研究者にとっては、『ちょっとしんどいな』という目標に悩み抜くことで新たな発想が生まれることが期待されます。もちろんそこから新たな産業が生まれ、日本の産業競争力につながることは言うまでもありません。ならば率先して取り組む方が得策ですよね」

「ここへきて脱炭素社会につながる新たな技術やアプローチが生まれている点にも注目しています。CO2を再利用するカーボンリサイクルはそのひとつです」

─とかく環境対策は経済活動の制約条件として対立構造で捉えられがちでしたが、CO2を資源として捉える発想ですね。

「そうです。大切なのは実現に向けた道筋を示すことです」

ネガティブエミッションとは何か

─世界のカーボンニュートラルはもとより、過去の排出分も削減する「ビヨンド・ゼロ(ゼロを超えて)」と称するコンセプトを提唱する日本は、これを実現する革新的な技術の確立を目指す戦略を打ち出しています。

「2050年にCO2の実質ゼロを達成するには、大気中にあるCO2を削減する『ネガティブエミッション』と呼ばれる技術が不可欠です。そのヒントは46億年前にさかのぼる地球誕生以来の歴史の中にあります。CO2やメタンがほとんどだった地球誕生時の大気が現在の組成となった要因は光合成と中和反応によるものです。中和反応とは、炭酸ガスは酸性なので、CO2の相当部分は土壌中などのアルカリ成分に吸収されて炭酸カルシウムとして蓄積されているわけです。つまり、原理的にはネガティブエミッションとは同じ現象を再現すればいいのです」

地球環境問題の9割がたは「協調領域だ」

─そう伺うと分かりやすいのですが、実際には技術的な課題や経済合理性を乗り越えて、実用化していかなければなりません。「夢の技術」を夢で終わらせないためには、国にはどんな後押しを期待しますか。

「もとより地球環境問題は、ひとつの技術だけで解決することは困難ですが、どのような技術について、どのような目標を、どのような体制で取り組み実現を目指すのか道筋さえ見えてくれば、おのずと知見が集まり、あるタイミングで指数関数的に技術開発が加速するものです」

国内外との連携進める

─こうした技術開発の「羅針盤」となるのが政府の「革新的環境イノベーション戦略」です。その一翼を担うのが「ゼロエミッション国際共同研究センター」ですが、今後の役割についてはどのように考えますか。

「ひと言でいえば脱炭素社会へ向けた共通プラットフォームを作ることだと思います。イノベーションの世界では組織などで競い合う『競争領域』と、これを超えてデータの共有や活用を進める『協調領域』という考え方がありますが、とりわけ地球環境問題に関しては、9割がたが協調できるのではないかと考えます。産総研は人工光合成や水素の製造・貯蔵、次世代太陽電池など、脱炭素社会の実現につながるさまざまな研究を進めていますが、まずはこれらを当センターに集約し、相乗的に研究開発につなげるとともに国内外の研究機関や企業との連携も進めていきたいと考えています。

新型コロナの世界的な感染拡大は「SDGsの17目標のどれひとつもおろそかにしてはならないとの教訓です」と語る

─新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、国際的な連携が思うように進まない懸念はありませんか。

「確かに難しい局面ではあります。従来のような国際会議はしばらく開催できないでしょうし、こうした機会に研究者同士が時にワインを傾けながら歓談することはアイデア創出のひとつの機会となっていたのは事実です。他方、私自身もオンラインでのシンポジウムや講演会に参加する機会が増えましたが、リモートならではのコミニケーションスタイルに新しさを感じることもあります。チャット形式で寄せられる質問の中には『こんな受け止め方や考え方があるのか』と感じることも少なくありません。物事にはプラスとマイナス、双方の側面がある。これを踏まえて、コロナ禍における国際的な交流や連携のあり方を探っていくことになるのでしょう」

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