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ミシュラン星付きレストランの窮状を救った「サイゼリヤ」の合理的経営

<情報工場 「読学」のススメ#84>『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』 (村山 太一 著)

一流レストランの星付きシェフがサイゼリヤでバイトした理由は「危機感」

気軽にイタリアン料理を食べられる店といえば、ファミリーレストランチェーン「サイゼリヤ」がまず思い浮かぶのではないだろうか。

サイゼリヤは、1973年の創業以来、国内外に約1,500店舗を展開。各店内では定番の「ミラノ風ドリア」をはじめ、パスタやピザといった典型的なイタリア料理が、お手頃価格でスピーディーに提供される。

一方で同じイタリアンでも、サイゼリヤの対極にあるのが、いわゆるミシュラン「星付き」レストランだ。

たとえば東京・目黒にある「レストラン ラッセ」。イタリア本場の26年間三ツ星を維持する伝説のレストラン「ダル・ペスカトーレ」で修業し、日本人初となる副料理長までを務めた村山太一シェフが経営する。2011年のオープン以来、ミシュラン一ツ星を9年間維持する正真正銘の「一流店」である。

だが、意外なことに村山シェフは、ラッセのオーナーシェフを務めながら、2017年からサイゼリヤ五反田西口店で、アルバイトをしている。『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』(飛鳥新社)は、村山シェフがそのバイト経験やそこで学んだこと、それをどうラッセの経営に生かしたか、といった内容を自ら語った一冊だ。

星付きシェフがサイゼリヤでアルバイトと聞くと、まるでF1レーサーがタクシーを運転しているような、妙な居心地の悪さを感じる。普通はプライドが邪魔をするだろうに。ところが村山シェフは、常識やこだわりにとらわれず、まっさらな気持ちで「新入りバイト」としてサイゼリヤに飛び込んだ。

それにしても、なぜサイゼリヤだったのだろうか? その理由は村山シェフの「危機感」にあった。

バイトを始める直前までのラッセでは長時間労働が常態化し、人間関係も悪く、スタッフが次々と辞めていくような状況だった。経営もギリギリだった。問題は「生産性」にあると悟った村山シェフは、同じイタリアンで高い生産性を誇るサイゼリヤに学ぶことを思いつく。それが、身分や動機も明かした上で、店休日や休憩時間にサイゼリヤで働いてみようとした理由に他ならない。

村山シェフは、バイトの日々を「驚きの連続だった」と振り返る。たとえばサイゼリヤではスタッフ同士に上下関係がほとんどなく、みんなが楽しく働いている。

上司や先輩に怒鳴られながら修業してきた村山シェフは、自分に対して高校生の“先輩”がていねいに仕事を教えてくれるサイゼリヤの現場に、涙が出るほど感激。そして、レストランの厨房では「上下関係が当たり前」と思い込み、思考停止をしていた自分に気づいたのだった。

感激も覚めやらぬまま、村山シェフはサイゼリヤを参考にしたラッセの大改革に取りかかる。

まず、職人の世界の伝統でもあった理不尽さや非効率を徹底的に排し、フラットな組織体制をつくった。スタッフには手取り足取り指導するようにした。結果、新人が仕事を身に付けるスピードが格段に速くなり、皆が互いに助け合いながら仕事をするようになった。

慣習にとらわれない徹底した「ムダの削減」により生産性向上を実現

村山シェフは、フラットな組織づくりと並行して、生産性をサイゼリヤに近づけるべく、業務改善も進めていく。

サイゼリヤでは、一皿あたり0.1円単位で、コスト削減や品質改善の努力をしているという。たとえば10秒かかっていた作業を9秒で行うべく、常に「カイゼン」の努力をする。皿やグラスを下げる時に、何をどちらの手で持つか、下げた皿を洗い場に置く順番など、すべて合理的に決められているのだそうだ。

カイゼンといえばトヨタ自動車のお家芸だが、トヨタ生産方式の生みの親・大野耐一の名著『トヨタ生産方式』(ダイヤモンド社)には、こう書かれている。「トヨタ生産方式は徹底したムダ排除の方式である。ムダを排除することによって生産性を高めるのである」

メーカーもファミレスも高級レストランも、ムダを排除して生産性を高めることの重要性は変わらない。これは、すべての業種に通じる経営の要諦といえるだろう。

ラッセの改革では、水垢がつかない純水でワイングラス30脚を一度に洗える洗浄機を購入、ムダな労力を削減した。グラスの置き場を変えて、スタッフのムダな歩数も削減。さらに、テーブルクロスのアイロンがけはやめ、しわのばしスプレーと手袋で対応。重いフランス製の盆を木製に替え、スタッフの負担を減らしたりもした。

ラッセでは、かつて9人いたスタッフが4人にまで減っているという。海外へ修業に行ったり、他店へ移るスタッフが相次ぎ、補充をしなかったからだ。それでも、改革の結果、残った4人の勤務時間は以前より短くなった。一方、利益は過去最高を更新。2019年の人時生産性(従業員一人が1時間働く際の生産性)は、前年比約3.7倍にもなった。

このような生産性向上と、スタッフの自主性も尊重するフラットな組織づくりの努力、そしてコロナ禍の中でスタートさせたネット通販が当たり、ラッセはこの3月から5月にも黒字を確保している。

コロナの影響による売上減でコスト削減圧力がかかり、生産性向上が喫緊の課題となっている職場は少なくないだろう。ここで、業界の慣習に流されて思考停止していないか。ムダの排除を徹底しているか。村山シェフの行動を参考に、振り返ってみてはいかがだろうか。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法』
村山 太一 著
飛鳥新社
272p 900円(税別)
<情報工場 「読学」のススメ#84>
冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
サイゼリヤと改革後のラッセの経営に共通する「車の両輪」は「フラットな組織体制」と「徹底したムダの削減」であり、どちらかが欠ければ生産性の向上はかなわなかっただろう。上意下達で「ムダの削減」を命ぜられても、現場のスタッフは嫌々取り組むことになりがちで、却って効率が落ちるのではないか。一方、上下関係が希薄な組織体制であれば、スタッフはチームの一員としてアイデアを出し合いながら、楽しくムダの削減に取り組める。スタッフが楽しく働ける職場づくりは、実は優先順位の高い経営課題なのかもしれない。

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