ニュースイッチ

グローバル企業へ急成長する日本ペイントHD、強さの秘密は「蜘蛛の巣型経営」にあり

中国・アジア塗料事業けん引役
グローバル企業へ急成長する日本ペイントHD、強さの秘密は「蜘蛛の巣型経営」にあり

買収したデュラックス(公式フェイスブックページより)

世界中の子会社の状況がすべて見られる管制室を品川につくる―。日本ペイントホールディングス(HD)の田中正明会長兼社長は、2023年をめどに東京事業所(東京都品川区)に、世界に広がる塗料事業のグローバル統括機能を設置する。21年に株式の58・7%を持ち、親会社になるシンガポールの投資会社ウットラムHDの信任を受け、田中社長が日ペHDのグローバル企業への転換をかつてないスピード感で進めていく。(大阪・錦織承平)

年々成長する世界の塗料市場は、20年に20兆円、30年には30兆円規模に達するとみられている。けん引役となるのが中国・アジア地域だ。日ペHDは1962年からウットラムグループ(ウットラムG)と提携関係を結び東南アジアや中国で事業を本格化。2014年にウットラムGのニプシーインターナショナルからの出資を受け入れ、共同出資するアジアの各子会社はウットラムGが49%、日ペHDが51%の形をとって日ペHDの連結子会社とした。

アジア事業の成長は著しく、日ペHDの19年12月期連結決算では売上高の約5割に当たる3592億円、営業利益は6割を超える508億円を稼ぐ中核事業となった。

塗料市場の成長性を見て、日ペHDのグローバル化をさらに加速させようと働きかけてきたのがウットラムHD代表のゴー・ハップジン氏だ。14年から日ペHD取締役となっていたゴー氏は18年、当時の経営陣を押し切る形で取締役の過半を占める6人を指名し、自らも会長に就任して経営を掌握。その上で19年に三菱UFJフィナンシャル・グループ元副社長で海外経験も豊富な田中氏を会長に迎えた。田中氏は20年から社長と最高経営責任者(CEO)を兼務。東京に本社機能を移しグローバル経営体制への転換を加速し始めた。

日ペHDはこの間にも、17年に米ダン・エドワーズ、19年に豪デュラックスグループ、トルコのベテック・ボイヤを相次ぎ買収してグローバル化を進めてきたが、これらM&A(合併・買収)戦略にもウットラムGの情報力が生かされたという。そして、両社が目指すグローバル経営体制をさらに進めるのが、8月末に発表したウットラムGとの塗料事業の統合だ。

事業統合は日ペHDが21年1月1日付でウットラムGに約1兆2000億円の新株を第三者割当し追加出資を受け入れる。一方、日ペHDはその調達資金に1000億円を加えてウットラムGと共同出資してきたアジア事業とウットラムGのインドネシア事業を買収、完全子会社化する。

手続き成立後、ウットラムGによる日ペHDの株式保有率は39・6%から58・7%に高まる。シンガポールの投資会社に買収されたと見る向きもあるが、田中社長は「これは(ウットラムGによる)買収ではない」と強調。財務的な負担を抑えながら、共同出資している中国事業や、成長が見込めるインドネシアなどの事業を手に入れるメリットを説く。

財務面でも日ペHDは1株当たり利益(EPS)が10%、当期利益は約6割増える。市場も好感してか日ペHDの株価は発表前から約2割上げている。社内でも「グループ内で互いのベストプラクティスを学びやすくなり組織の一体化は進む」(田中社長)とプラスの効果を期待する。

今後、日ペHDは事業を子会社に任せ、純粋持ち株会社としての役割を強める。事業への関与が大きかった国内は子会社の間接部門をまとめる役割に絞り込まれる見通しだ。事業運営について田中社長は「地域より事業軸で考える」との考え。汎用塗料は地産地消を基本としつつ各子会社の成功事例を共有して事業を拡大する。

一方、自動車用塗料は21年1月にも責任者が世界全体を率いる新体制をスタートさせたい考えだ。国内は生産拠点の再編も進める。「世界一の企業を目指す」と話す田中社長はM&Aにも引き続き積極的で、工業用や車用の塗料事業のほか日本国内でもグループ拡大の機会をうかがっている。田中社長は拡大するグループ企業のネットワークを「蜘蛛の巣型経営」と呼び、持ち株会社が各社を強く統制するのではなくグループ会社同士が横連携して強みを共有し合う形を目指している。

田中社長は日ペHDを、子会社が互いの技術や経営環境を共有できるプラットフォーム(基盤)として活用できる形に持って行き、グループ全体の成長につなげる狙いだ。

【インタビュー】会長兼社長・田中正明氏「貪欲に戦う姿勢見せる」

―新型コロナウイルス感染症の影響は。

「思ったよりも事業の調子は良い。中国の回復が早く、豪州、米国、トルコも良くなってきた。自動車向けも中国や米国でかなり回復している。日本が一番遅れているようだ。21年12月期には大きな影響はなく抗ウイルス製品が爆発的に売れるかもしれない」

―グループ塗料事業を日ペHDに集約後、中国などの重複事業は統合するのですか。

「汎用塗料は地産地消を各地でやって、ベストプラクティスを共有するのが一番良い。自動車用塗料は子会社間で重複しないよう整理する議論を始めた。塗料業界の上位3社は車向けを含む高機能塗料事業にグローバル体制を敷き、統括するCEOを置いている。21年1月には当社もその体制を始めたい」

―海外企業の子会社になったと捉える従業員はいませんか。

「もともとウットラムGが株式の39・6%を保有する持ち分法適用子会社で協力関係があった。それが58・7%になろうが日常的なオペレーションに影響はあまりない。影響を受けるのはむしろ完全子会社になる(共同出資先の)ニプシーだが、(ウットラムHD代表の)ゴーさんは『彼らの関心事は給料を上げてもらう事だけだ』と言っている」

―グローバル企業になる上での課題は。

「当社は良い人が多く、カルチャーも非常に良い。私がいた丸の内、大手町の金融の世界とは全く違う。あえて言えば競争心はもう少しあっていい。当社が買収した海外子会社は競争にさらされ貪欲に戦う企業がほとんどだ。そうしたアニマルスピリットが出せる目標を21年からの新中期計画に盛り込みたい」

―ゴー氏とはどんな成長の絵を共有していますか。

「基本的には株主価値の最大化。株価はEPSと株価収益率(PER)のかけ算だ。自社の努力で増やせるEPSに焦点を当てれば理論的には株価を上げられる。世界一の会社を目指すが、それは売上高に限らず、格付けや時価総額かもしれない。それらの点で成長する姿が毎年見える会社にするのが目標だ」

日本ペイントHD会長兼社長・田中正明氏
日刊工業新聞2020年9月16日

編集部のおすすめ