観光列車が再出発、地域経済復活のシンボルになるか?
全国各地で地域の魅力を発信する観光列車が運行を再開している。新型コロナウイルス感染防止のため、密集回避や非接触化など工夫が施され“ウィズコロナ”の旅に適応させての再出発だ。観光列車は車窓や食の楽しみとともに車内や駅、沿線での住民による歓迎“おもてなし”が特徴。感染拡大による旅行需要の低迷で、観光産業を頼りとする地方経済は大きく打撃を受けた。観光回復への地域の期待も乗せて走りだす。(小林広幸)
にぎわい創出―地域の魅力発信
JR西日本は11日、新たな長距離観光列車「ウエストエクスプレス銀河」をデビューさせた。当初は夜行特急として、京都・大阪―出雲市(島根県)間で運転。冬は昼間に瀬戸内方面の車窓を楽しむ特急として、大阪―下関(山口県)間を走る。銀河には西日本全域を宇宙、魅力ある地域を星になぞらえ、星と星を結ぶ列車にとの願いを込めた。
豪華周遊列車「トワイライトエクスプレス瑞風」開発時から、当時の来島達夫社長(現副会長)は「いずれ気軽に利用してもらえる列車も投入したい」との思いを明らかにしていた。仲間や家族でワイワイと楽しむ夜行列車の旅を想定。個室や座敷、リクライニング席など多様な席種と、各車両に設けられたフリースペースを特徴にした車両が完成した矢先を、新型コロナの感染拡大が襲った。
当初は5月の運行開始を予定したが、感染防止策など「安全・安心して利用してもらう仕組みの構築」(JR西)に取り組み、ようやく出発を迎える。換気装置や空気清浄機の設置、ボックス席の仕切り板設置に加え、定員も85人から54人に減員。感染者が発生した場合の連絡体制を取るため、日本旅行の旅行商品として販売する。
車内“交流”を抑えざるを得ないが、停車駅での、おもてなしや特産品販売など地域の魅力発信は、万全な対策を講じた上で実現していく方針だ。長谷川一明社長は「(観光列車は)地域共生事業。地元の皆さんに多くの協力を頂いており、期待が強い」と話す。
JR九州は10月15日に、毎週5日かけて九州を一周する観光特急「36ぷらす3」の運行を始める。36は、5日間で沿線35のエピソードを紹介し、利用客自身に、その次を語ってほしいとの願い。ぷらす3は乗客・地域住民・JR九州を表し、合わせて感謝(サンキュー)の意味だという。JR九州も豪華周遊列車「ななつ星in九州」より、気軽に利用できる新たな周遊観光列車の投入を課題としてきた。これまでの観光列車「D&S(デザイン&ストーリー)列車」が主に観光地へのアプローチだったのに対し掲げたコンセプトは“九州一周”。鉄道事業本部営業課の堀篤史担当課長は「新たな観光列車を5本作るような取り組みだった」と振り返る。
“おもてなし”住民と協力
観光列車は車両だけでなく、車内で提供する食事や特産品、立ち寄り先のコンテンツをそろえ、乗務員や地元のおもてなしがあって成立する。かつて青柳俊彦JR九州社長は「新しく投入する観光列車を、どう活用してもらえるかは地域次第」と話した。
コロナ禍でも観光列車の担う広告塔の役割は変わらない。地域とともに観光資源を発掘し、にぎわい創出の仕掛けを作る。おもてなしの接点を通じて地域の魅力を感じてもらうことが、次回訪問の呼び水となるはずだ。
新型コロナの影響による移動需要激減を受けて、観光列車や豪華周遊列車は一時休止を余儀なくされた。JR東日本の観光列車「のってたのしい列車」は、感染防止策を講じたうえで、7月から順次運転を再開した。同社の深沢祐二社長は「安心して旅行を楽しんでもらいたい」と呼びかける。
豪華周遊列車「トランスイート四季島」も8月15日に再開した。各回が抽選となる人気の列車だが、感染者数の増加傾向を受けて直前のキャンセルも出た。運営を担当する、びゅうトラベルサービスの森崎鉄郎社長は「今までと同じサービスはできないが、全部止めてしまうと四季島でなくなる。クルーは満足度を下げない努力をしている」と説明する。
サービスの修正、さまざまな予行演習を経て再開にこぎつけた。社会的距離を確保しながら、できる限り乗客の望みに応えるのはマニュアルだけでは難しい。日々、ワンツーワンの柔軟な対応力が求められているという。
同日、JR九州の「ななつ星」も、定員を減員して再開した。観光復活のシンボルとして初列車には沿線からコロナ前と変わらない歓迎があったという。
運休中のJR西「瑞風」は21年2月の再開を目指す。定員を34人から28人に抑え、食堂車での食事の提供を止め、アペリティフ(食前酒)タイムを設定するなど「新常態に合わせた新しいサービス」(長谷川社長)を検討。新サービスで付加価値を高め、料金も5万円引き上げる。
沿線とサービス最適化 「ながまれ海峡号」手作りで旅行盛り上げ
北海道の第三セクター鉄道、道南いさりび鉄道(北海道函館市)では“日本一貧乏な観光列車”を自称する、手作りの観光列車「ながまれ海峡号」を運行している。平日は普通列車として走る車両を、運行前日に社員総出で装飾。停車駅でのおもてなしも、ホームでの立ち売りやバーベキューなど地域とともに作り上げている。
同列車も8月15日にコロナ影響による休止から再開した。感染防止対策でスタッフは、マスクやフェースシールドを着用する。春井満広企画営業課課長代理は「観光列車は楽しくあるべきなのだが」と話しつつ、乗客にも飲食時以外のマスク着用への理解を求める。
窓を手で開けられる旧型気動車で換気は良好だが、車内で食事を提供するため、対面で座るのを避け、最大定員を半減させた。収支は厳しいのが実情だ。春井課長代理は「赤字だから止めるではなく、こういう時期だからこそ地域を元気にするきっかけにしたい」と前を向く。営業赤字に悩む、いさりび鉄道ではあるが、観光列車には地域活性化への貢献という使命もある。
デビューから4年がたち「観光列車が根付いたと実感している」(春井課長代理)との手応えだ。地元商店の店主らも、立ち売り後に車内で「次は足を運んでもらいたい」と自らアピールし、バーベキューも現場発のアイデアで、おもてなしは進化した。“地域が自ら作る”という観光列車の理想像に着実に近づいている。