ニュースイッチ

SDGsは「言った者勝ち」でいいのか?

メタウォーターSDGsダイアログ

「メタウォーターのSDGs」を議論

SDGs達成に貢献すると宣言し、経営に導入するのも企業の自由だ。どのゴールを選ぼうと、どのように発信しようと、すべて企業の裁量に任されている。しかし、その現状にメタウォーターの中村靖社長は疑問を投げかけた。せっかくの取り組みが自己満足になっていないか、他者からの評価がなければ信頼を得られないのではないか、メタウォーターは自社のSDGsをさらに加速させるため、他社や大学関係者から意見を聞く場を設けた。
※本ダイアログは2020年2月18日に実施したものです。
(敬称略)

〈参加者〉
 中村靖・メタウォーター代表取締役社長

 碓井稔・セイコーエプソン代表取締役社長
同社のイノベーションの目的を「人々が今よりもっと豊かで幸せを感じられる社会」づくりに定めた「SDGsへの貢献に向けてのコミットメント」を自ら発表するなど、本業でSDGsを推進する。碓井氏は4月1日付で取締役会長に就任。

 坂本哲・日比谷アメニス水事業室長
日比谷アメニスは日比谷花壇グループの緑化事業会社。坂本氏は、海外で進む「ネットゼロウォーター」(水の収支をゼロにする)の概念を緑地空間に取り入れる活動を推進している。

 勝身麻美・長岡技術科学大学UEA(国際連携・SDGs)担当
長岡技術科学大学は国連からアカデミック・インパクトSDGsゴール9の世界ハブ大学に任命。勝身氏は海外戦略拠点での国際教育研究連携及び国際産学連携を推進し、SDGs推進室の室員として活動。

 松木喬・日刊工業新聞社記者・編集委員

SDGsは言いっ放しでいいのか(中村)

松木 メタウォーターの中村社長は、自社のSDGsの取り組みが世の中から「独りよがり」と見えていないか、と懸念し ています。実際、どうなのでしょうか。中村社長の説明を聞き、皆さんの意見を聞かせて下さい。

中村 SDGsは言いっ放しでいいのでしょうか。統合報告書にしても、良いことしか書いていません。悪いこと、他人からの指摘も記載することで本気でSDGsに向き合う証拠になると考えています。メタウォーターの事業領域である上下水道事業はSDGsのゴール6とゴール11につながります。水インフラを職業として選んだ我々は、業務でSDGsに貢献すると言えるかもしれません。しかし、そんな簡単な話でいいのかという葛藤があります。

私はゴール17を推し進め、ゴール6、11へ貢献することが、メタウォーターの存在価値だと考えています。しかし、ESG担当や事業本部長に聞くと、同じ社内であっても各人が貢献できると思っているゴールはバラバラです。統合報告書にはありのまま、バラバラに載せました。

外部コンサルタントからは「今は言ったもの勝ちですよ。ゴールのアイコンも、いろんなところにつければいいですよ」と助言されました。そう聞いて疑問を感じていた時に「SDGsウォッシュ」という言葉を耳にしました。SDGsに取り組む“ふり”をする偽物がいるということです。

好きにゴールを選び、自由にアイコンをつけていると、我々も「SDGsウォッシュ」になるかもしれません。どうすれば回避できるかを考えた結果、異業種の方、専門家、市民の方々の意見を取り入れたいと思ったのです。

アイコンをきっかけにストーリー展開(碓井)

松木 ゴールのアイコンを多くつけることについて、どう思いますか。

碓井 多くても、少なくても根拠が必要です。統合報告書にアイコンをたくさん掲載するだけでは嫌われる。なぜなら読む人間がどこが重要か分からないからです。

何をしたいと考えているのか、焦点は絞った方がいいです。ただし、アイコンで絞るのではなく、「これをやる」と具体的な言葉にして絞ることです。アイコンはコミュニケーションの手段にすぎません。

延々とサステナビリティの取り組みを書いても、読んだ人から「わからない」と意見されたことがあります。メインになるのは「どんな世界をつくりたいか」です。そこにフォーカスし、サステナブル社会、循環型社会に貢献する姿を記載すればよいと考えます。>当社の統合報告書では自社のコアにフォーカスし、どのような目的を持って活動している会社なのか、どのように事業がSDGsに結びつくのか、アイコンではなくストーリーを重視しています。

17のゴールすべての達成を目指すことが大切(勝身)

勝身 最近の学生が重要視しているのはゴール8であり、働きがいやワークライフバランスです。

本学では学生に対し、就職でSDGsを知らない企業は持続可能性が低い企業かもしれないと言っています。逆に学生にも、企業はSDGsを知らない学生は求めなくなると伝えています。就職活動の面接にのぞんだ学生からは、SDGsに関連する質問をしない企業は、SDGsに取り組んでいないと思うという声を耳にしたこともあります。

ゴール数が多いことの善し悪しですが、国連は17ゴールのどれ一つも外してはいけない、すべての達成を目指しなさいと言っています。本学はゴール9が中心ですが、それ以外のゴールを外しているわけではありません。

松木 日比谷アメニスは、CSR部のようなSDGs推進の専門部署がなく、集まった社員自ら勉強し、自社のSDGsについて議論して活動されているそうですが。

社員の手でSDGsをまとめる、社員の意欲は高い(坂本)

坂本 当社のサスティナビリティレポートは、毎年の活動とSDGsとのつながりを社員の手でまとめています。正しいやり方かどうかは別にして、社員の意欲は高くなったと感じています。今年1月には日々の業務や生活がSDGsにどう結びつくかを考える全社イベントを開催しました。社員のSDGsに対する意識をさらに向上させて、身近な業務や日常生活からSDGsを考えられるようになったと感じています。

松木 碓井社長から自社のコアにフォーカスしたストーリーが大切という指摘がありました。メタウォーターが掲げるゴール6、11、17のストーリーを教えて下さい。

中村 ゴール6は我々のコアです。我々は自治体やパートナー企業、地域の住民と協力して水循環を支えることが本業ですので、17と11との関係性にぴったりです。それらの経緯から6、11、17を我々のゴールにしました。統合報告書に掲載した各事業のゴールすべてを説明することができても、会社としての統一感がありません。

SDGsのゴールのアイコンは非常に便利です。長々と報告しなくても、アイコン1つで「やっている感」を出せます。だからこそ、「SDGsウォッシュ」ではないものにするためにも、ステークホルダーに納得してもらうために客観性が必要だと思います。

坂本 水をきれいにすること(ゴール6)がすべての部門に入ってきても決して不思議ではないです。

勝身 本学では200人ほどいる教員に、自分の研究にゴールを付けて欲しいと伝えたら、似たような研究でも人によって全く違うゴールを設定しました。

(後述する)メタウォーターのODAを例にするのなら、水をきれいにするだけならゴール6かもしれません。しかし、それが子どもの教育につながればゴール4にもなります。逆に言えば、1つしかないのは不自然です。

中村 今回のような会議で、みなさまからの発言を反映してゴールのアイコンを付けたと説明し、ウォッシュと差別化をしたいです。言いっ放しに終わらせず、1段上のレベルに持っていきたいです。

言いっ放しは淘汰される(碓井)

碓井 自分がSDGsのゴールに合っていると思っているなら、そのメッセージを発信すればいいし、違うと思うなら修正すればいいです。言いっ放しはいずれ淘汰(とうた)され、評価されなくなるはずです。

松木 せっかく良い活動していても評価されなければもったいないです。単にアイコンを掲げるだけでなく、その裏側にストーリーがあり、トップがしっかりと説明できることが大事ではないでしょうか。また、現状ではなく、未来へ向けた価値づくりに合致するストーリーであるべきです。

松木 続いて、メタウォーターの車載式セラミック膜ろ過装置(浄水トラック)について。クルマごと移動し、河川水を浄化できます。今はODAによってアフリカやアジアの水道が整備されていない地域に供給しています。途上国における「安価で衛生な水の供給=SDGsのゴール6」に貢献し、ビジネスとしても成立させる方法について議論をお願いします。

碓井 水道が未整備の地域の方は、きれいな水を求めているのでしょうか。

中村 求めています。不衛生な水が原因で病気となった乳幼児が亡くなっています。ただし、購買力がないので、無料なら欲しいが、有料ならいらないという状況です。女性や子どもが、何時間もかけて水源に通い、水をくんで運ぶ役割を担っています。だから浄水トラックで家の近くまで水を運ぶニーズがあるはずです。

碓井 金銭的な事情で、今はニーズが顕在化しないのであれば別のプロセスを踏まなければいけないです。コンセプトはいいが、対価に見合う地域から始めないと難しいでしょう。

坂本 飲み水と生活用水の性質で分け、浄水のコストを下げることはできないのでしょうか。

中村 効率は良くなりますが、投資コストの面で難しいです。

勝身 このような地域に必要なのは教育と雇用です。製造そのものを移管し、雇用にも貢献することはできないのでしょうか。

碓井 トラックで運ぶのではなく、大量にきれいな水を作り、現地の人に運ばせる方が経済効率性としては良いのではないでしょうか。

碓井 エプソンのプリンターは世界中で売られています。初めての地域では販売店が売ってくれます。ある程度の事業規模になれば、我々自身でも現地で販売するようになります。本当に現地で必要とされるものであれば、売りたいという人たちが出てくるはずです。

中村 大変勉強になりました。今後改善していく点が見えました。

松木 最後にひと言ずつお願いします。

坂本 SDGsに関する評価を、日比谷アメニスは社内でやっていますが、このような場で試みても良いなと思いました。社内の環境報告書の作成チームにもフィードバックしたいです。

勝身 SDGsについて「何をやればいいかわからない」と言っている企業の方がいます。なぜ企業にSDGsに取り組んでほしいのかというと、SDGsはビジネスチャンスだからです。学生にとっては、SDGsは永続的に続く企業かどうかを確認できるチャンスです。

《ダイアログを終えて》 日刊工業新聞社記者・編集委員 松木喬

多様な立場の意見、「独りよがり」「言いっ放し」を防ぐ第一歩

「挑戦的な会」というのが初めの印象でした。
通常のステークホルダー・ダイアログを思い浮かべて下さい。ほとんどの場合、経営者の対話相手はCSRの専門家です。メタウォーター・ダイアログの顔ぶれを確認して下さい。エプソンの碓井社長(現会長)は、中村社長と同じ経営者です。日比谷アメニスの坂本さんは、現場の責任者です。勝身さんは学内でSDGsを推進し、社会に発信する教職員です。CSRのご意見番的な人はいません。しかも、みなさんが初対面です。その中で、中村社長は自社のSDGsの取り組みを紹介し、ディスカッションにのぞみました。

 

通常のステークホルダー・ダイアログでは、CSRの世界で対話を重ねてきた専門家が質問を繰り出します。感想、指摘、アドバイスはCSRの潮流をとらえたものなので、ある程度は展開が読めます。メタウォーター・ダイアログは所属が異なるそれぞれの立場から、どんな意見が出るのか。質問と回答はかみ合い、対話は成立するのか、予想ができずにドキドキでした。

結果、終わってみると新鮮でした。通常のダイアログでは聞けない声がありました。質問の意図と回答にズレがあっても、それが生の反応であり、飾りのない本音でした。CSRの専門家と同じ言葉であっても、経営者やビジネスパーソンが語ると説得力がありました。企業や大学でSDGsを推進する当事者であるからでしょう。

確信したことがあります。SDGs達成に貢献する活動は、CSRの専門家や有識者だけに理解してもらえればいいのでしょうか?やはり、できるだけ多くの人に知ってもらうべきです。せっかくの取り組みも従業員、取引先、消費者、学生など、多くのステークホルダーに伝わらないともったいないです。

専門家とのダイアログは社会要請を正しく知る機会となり、改善や強化のヒントが得られます。メタウォーター・ダイアログは異色だったかもしれませんが、多様な意見を聞くことができました。この場で素直な反応は、ステークホルダーにSDGs活動を伝える手がかりになるはずです。

他の企業の方も、ステークホルダーにSDGsの取り組みを発表してみて下さい。伝わったのか、評価されたのか、説明不足なのか、分かるはずです。社会の反応を知ることは「独りよがり」を避けることになります。意見に向き合うことは「言いっ放し」を防げます。挑戦的な会が、中村社長の狙いに近づく第一歩でした。

ニュースイッチオリジナル

編集部のおすすめ