コロナが突いた脆弱なサプライチェーン、カギは「国内回帰」と「多元化」
新型コロナウイルスの影響による経済活動の停滞でサプライチェーン(部品供給網)のあり方があらためて問われている。グローバルな形での調達や供給が加速した昨今、未曽有のパンデミック(世界的大流行)は、相次ぐ災害や地政学リスクへ対策を講じてきた企業に新たな課題として影を落とす。国内回帰の動きも見られる中、最適な事業活動をどう築くか。「アフターコロナ」をめぐる潮流で、生き残りや次の成長へのカギを握りそうだ。(高田圭介)
特定国依存を是正 経産省、補助金でサポート
新型コロナの感染拡大は人とモノの動きを一気に停滞へ向かわせ、景気後退とともにサプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性を浮き彫りにした。マスクや消毒液をはじめ、急激に需要が増した製品は供給不足が続く。一部では中国や東南アジアなど特定の国や地域からの高い依存度を問題視する声もある。
経済産業省は緊急経済対策の一環にサプライチェーン関連の事業を掲げる。「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」は、海外で構築した生産体制を国内へ移管する際、1件で最大150億円を補助する。
海外依存度が高い製品や部素材の国内調達でサプライチェーンの分断リスク低減や非常時の円滑な供給体制の構築を狙う。
国内回帰とともに「多元化」もポイントに置く。「海外サプライチェーン多元化等支援事業」は、企業による東南アジア諸国連合(ASEAN)各国での設備導入や実証試験、企業化調査(FS)を支援。他にも世界各地の工業地帯の稼働状況を人工衛星から取得する解析システムやレアアース(希土類)代替・使用低減につながる技術の開発も進める。
調達・供給、大胆な転換 短納期/緊急時に安定供給
国内回帰や多元化によるリスク低減は、企業には調達や供給のあり方に対する大胆な転換が求められる。品質やコストなど競争力に直結するため、現場での受け止めも分かれる。
名古屋市の医療製品メーカーは、中国で生産する製品の一部を国内回帰するため、本社への設備導入に補助金活用を検討している。背景に長年のデフレ政策の影響で海外生産にシフトせざるを得なかった事情がある。国内移管を機に納期短縮や緊急時の安定供給を図り、高付加価値商品の生産を進める。
キャニコム(福岡県うきは市)も、農業や林業向け運搬車の部材供給を中国に進出する日系企業に一部依存していたが、分散化や国内生産への切り替えを検討している。前田努常務経営役員価値即納line本部長は、「価格面より品質と納期が大事だ。お客さまには価値ある商品をタイムリーに納入したい」と明かす。
安定供給や製品の付加価値向上のため国内回帰を検討する企業がある一方、国内回帰を慎重に捉える見方もある。
福岡県の精密部品メーカー社長は、これまでも国内回帰の動きとみられる加工の打診があったが「価格が合わなかったため断った経験がある」と語る。一方で国内回帰よりも中国からベトナムなど海外の中で移す動きはより進む可能性が高いとみる。
平田機工も現状はサプライチェーン見直しについて「特に考えていない」(藤本靖博常務執行役員管理本部長)。
国内の生産拠点は新型コロナの影響を受けておらず、海外のグループ会社も韓国や台湾などで立ち直りが早かったことが要因にある。
異なる受け止めには、自社を取り巻く環境が大きく左右される。検討する企業にしても実際に移管や代替への動きを進めるには長期間を要し、自社単体では解決できない複雑さも壁として立ちはだかる。
東日本大震災の教訓 非常時の柔軟性、重要に
新たな観点による判断が企業に問われる中、国内回帰や多元化への施策は東日本大震災後のある取り組みが骨格となっている。2011年度第3次補正予算の「国内立地推進事業費補助金」事業は、国内産業の空洞化への懸念や雇用維持、創出を目的に展開。代替が利かない部素材や成長分野を対象に、被災企業に限らず幅広く採択した。
精密プレス金型を製造する野上技研(茨城県常陸大宮市)は、震災による設備損壊や受注減などの被害額が1億円以上に及んだ。震災後、リチウムイオン電池用電極の打ち抜き金型の生産増強のため、約3億円を投じた工場拡張の一部に補助金を活用した。
新工場稼働で打ち抜き金型の生産額は約5倍に拡大し、部門間連携で品質向上にも結びついた。野上良太社長は「海外生産を検討した時期もあったが、国内でしっかり良いモノを作る体制を構築するのに補助事業は有効だった」と評価する。
吉原鉄道工業(東京都豊島区)は、鉄道の進行方向を分岐する転てつ付属装置で国内シェア6割を持つ。鉄道インフラの維持と同業他社への製品供給を視野に補助金を申請した。
投資額のうち4割の助成を受けて設備を増設。国内素材による一貫生産体制で安定供給を維持し、「コロナ禍でサプライチェーン維持が心配される中でも鉄道事業者へ供給責任を果たせるようになった」(同社)と話す。
両社のように補助事業を経て国内での生産体制の維持拡大につなげた例がある一方、経産省の「海外事業活動基本調査」によると最新結果が残る17年度で国内製造業の海外生産比率は25・4%と東日本大震災以降も上昇基調が続く。立地国や域内で調達や生産、販売まで至る流れも進み、国内で事業を完結する難しさも浮かぶ。
新型コロナの世界的流行は、地域との関連が深かった過去の災害とは異なる視点での判断を企業に迫る事態となった。ここ数年をみても米中貿易摩擦や英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)など不確実性の脅威が世界中で渦巻く。アフターコロナへの議論も高まる中で複雑に絡まるリスクを踏まえて足跡をどう刻むか。非常時を意識した柔軟性や多様性が、強靱(きょうじん)なサプライチェーンを築く上で重要性を増しそうだ。