『経済復興のけん引役として』 成長続けるトヨタの企業体質
新規事業、社会変化に備え
トヨタ自動車の収益基盤が盤石さを見せている。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて生産活動の制限を迫られているものの、2021年3月期の営業損益を5000億円の黒字と予想。豊田章男社長が就任以来取り組んできた、企業体質の強化策が奏功した格好だ。同時に、医療現場の支援やアフターコロナを見据えた新規事業の仕込みを加速。豊田社長は「新型コロナ収束後の経済復興のけん引役として準備は整った」と力強く語った。(名古屋編集委員・長塚崇寛、名古屋・政年佐貴恵、同・山岸渉)
生産正常化へ着々 中国持ち直し追い風
「(リーマン・ショックや東日本大震災など)数多くの危機に直面し、乗り越えていく中でトヨタの企業体質は少しずつ強くなってきた」。豊田社長は就任以来、原価改善や固定費の圧縮など、収益体質の改善を徹底的に進めてきた。
21年3月期の販売台数はリーマンを超える前期比約2割減を予想するが、5000億円の黒字を確保できる見込み。トヨタの盤石さを浮き彫りにした決算となった。財務基盤の強化にも着手し、4月に国内金融機関から総額1兆2500億円の資金を調達。手元資金を厚くし、資金繰りが悪化したサプライヤーに資金を供給できる体制を整えた。
多大な影響を受けている生産面でも、操業再開の動きが広がっている。北米では11日、全面停止になった米国、メキシコ、カナダの全14工場の一部で約50日ぶりに操業を再開。トヨタにとって北米市場は、地域別販売比率で約3割を占める主力市場だ。
ただ、4月の米国新車販売台数は、外出や営業の規制が続いたことが響き、前年同月比で50%以上減少した。現地では規制解除に向けた動きを活発化しているものの、再び感染が流行すれば、今後の生産活動に影響を及ぼしかねない。
3月30日までに全工場全ラインで通常稼働を再開させた中国は、回復がさらに顕著だ。中国自動車工業協会がまとめた4月の新車販売台数は、同4・4%増の207万台で着地。新型コロナの感染拡大による大幅な悪化から反転し、2018年6月以来22カ月ぶりに前年実績を上回った。世界最大市場の持ち直しは、トヨタにとって大きな追い風となる。
半面、お膝元の日本は苦難が続く。12日以降、5工場9ラインを一定期間停止するほか、3工場4ラインについては5―6月の2カ月間、生産量を半分にして操業する。生産量の回復が遅れれば、産業基盤を維持する基準と位置付ける年産300万台以上の堅持に不透明感が漂う。
モノづくり力発揮 感染対策、医療現場サポート
新型コロナの感染拡大による苦境が続く中でも、トヨタが「石にかじりついてでも守り抜く」(豊田社長)のが、国内生産300万台体制だ。それは自動車産業を支えるモノづくり人材を守ることも意味する。
トヨタのモノづくり力は、新型コロナ感染対策に尽力する医療現場への支援につながった。貞宝工場(愛知県豊田市)や元町工場(同)などで医療用フェースシールドを製造するほか、医療機器メーカーにはトヨタ生産方式(TPS)を活用し、人工呼吸器などの増産にも協力する。
豊田社長は「こうしたことができるのは国内生産300万台体制にこだわり、日本にモノづくりを残してきたからだ」と説く。一方で、「守り続けてきたのは300万台という台数ではない。世の中が困った時に必要なモノをつくることができる『人財』だ」と力を込める。
トヨタはかつて戦争で工場や人材の多くを失ったが社員を養うため鍋やフライパンなど作れる製品は何でも作った。どんな状況下でも生き抜く粘り強さやモノづくりの基盤は創業間もない頃から根付いていた。豊田社長はモノづくりやサービスを通じて世界中で「幸せを量産する」と強調する。コロナ禍でもモノづくり力を生かしたその信念は揺るがない。
新しいトヨタへ 「スマートシティー」で先手
トヨタにとってアフターコロナの社会変容は、ビジネスとしても企業変革にとっても大きなチャンスだ。テレワークなど、デジタルトランスフォーメーション(DX)が進展。働き方や生活スタイルが変われば、移動を効率化したり、必要な情報・サービスをやりとりするようになる。そうなれば、あらゆるモノがつながる「スマートシティー」の存在感が高まる。
トヨタは21年にも静岡県裾野市でスマートシティー「Woven City(ウーブン・シティー)」の着工を計画する。また同分野でNTTと資本提携。東京・品川の街区にも実証都市を作る計画だ。これによりトヨタは地方と都市型、二つのスマートシティーモデルの知見を得られることになる。
NTTとの会見で、豊田社長は「街のプラットフォームづくりに取り組む」と宣言した。アフターコロナで場所にとらわれない働き方や生活スタイルが広がり、都市部に限らず地方でもスマートシティーのニーズが高まる可能性がある。各地でのプラットフォーム展開を実現できれば、事業にも追い風だ。
元々トヨタがスマートシティーを進める背景には、大きく二つの要素がある。一つが中国や米国のIT大手といった海外の競合との技術競争。もう一つが、車の役割が“所有から利用”へシフトすることによる移動革新だ。足元に迫る変革を捉え、将来に向けて打った布石がスマートシティーだった。変化への対応とビジネスの両面で重要性が増す中、自他共に認める“トヨタの番頭”である小林耕士代表取締役執行役員は「スマートシティーに対する投資や試験研究費は、いささかも変えることはない」と断言する。
この数年の取り組みを「古いセオリーから脱却して、新しい時代の新しいトヨタのセオリーを構築すること」と表現した豊田社長。今回の決算で「新しいトヨタに生まれ変わるスタートポイントに立った」。新型コロナによる社会の変化を、トヨタ変革の力に変える。