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再び旅行が可能になる世界を...エアビーアンドビーが信じる民泊を通じた人と人のつながり

Airbnb Japan 代表取締役・田邊泰之氏

はじめにこの場をお借りし、新型コロナウイルスで不幸にも亡くなられた方に哀悼の意を表するとともに、罹患(りかん)されている方に心よりお見舞い申し上げます。

当社は2月末から日本を含む世界中の社員が在宅勤務に移行し、感染拡大防止に努めるとともに、今回の危機をステークホルダーと乗り切るため、ゲスト、ホストに対してさまざまな対策を講じてきた。世界の流行が一刻も早く収束し、再び旅行が可能になることを切に願っている。

自室提供+おもてなし

Airbnb(エアビーアンドビー)の社名は、創業者らが最初にゲストを泊めた「エアベッド」と提供した「ブレックファスト」に由来する。2007年に創業者であるブライアン・チェスキーとジョー・ゲビアの2人が家賃の支払いに困り、一緒に住んでいた部屋を旅行者に貸したことが起業のきっかけだ。

ある時、米サンフランシスコでデザイン関連の大きな見本市が開催され、彼らはホテルはどこも満室になるだろうとにらんだ。アパートにエアーマットレスを3枚用意し、宿泊場所と無料の朝食を提供することをウェブで宣伝したところ、宿泊客がすぐに決まった。彼らなりに、おもてなしをしようと地元を案内すると「地元の人と触れ合える旅は楽しい」と喜んでくれたという。

彼らは、その体験をもとに、宿泊場所を提供する人「ホスト」の物件や貸す方法(家の一部、1部屋もしくは家を丸ごと)などをネット上に載せ、宿泊先を探す「ゲスト」と結びつけるサービスを08年に本格的に始める。今では220の国と地域、700万件以上の物件が登録されている。

安さでなく体験に価値

「民泊」と聞くと「ホテルより安く泊まれる場所」というイメージが強いかもしれない。確かに安さで利用が伸びた時期もあったが、今では、ホテルのような従来の宿泊施設と民泊では提供する価値が全く異なると認識している。ホテルが提供するのは泊まる「場所」だが、我々は泊まるだけでない包括的な旅の「体験」を提供している。

民泊の魅力は「暮らすように旅をする」点にある。「場所」として捉えると不自由や不便を感じることがあっても「体験」として捉えると全てが新鮮に映り、価値を持つ。例えば、日本を訪れてお墓参りに連れて行ってもらったゲストが非常に喜んだと聞いた。こうした旅先の文化を感じ、日常生活を垣間見る体験へのゲストのニーズは高い。

民泊を通じてホスト一人ひとりが異なる宿泊施設や「体験」を提供するため、世の中に同じサービスが存在しない。ゲストも自分にあったものを選べる。ゲストとして民泊を利用した旅を体験すると、旅行を終えた後に自身がホストになる人も少なくない。

SNS、新たな信頼の形

民泊を使ったことがない人にしてみれば、見知らぬ人の家に泊まったり、他人に家を貸したりすることに躊躇(ちゅうちょ)してしまうかもしれない。にもかかわらず世界的に利用が広まったのは、これまですれ違ったことのない人々が、互いに信頼できるかどうかを見定めやすくする仕組みが技術的に可能になったからだ。

例えば、当社のサービスを利用するには、運転免許証など個人情報を登録する必要がある。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のIDとも連携している。「フェイスブックに500人以上の友達がいる」などSNS上の情報を開示することで、ホスト、ゲスト双方が信頼度を示すことが可能になる。ネットの持つ「評判」の力も大きい。利用後にホストとゲストが相互にレビューを書く。レビューが悪い利用者は信頼度も上がらず、自然に淘汰(とうた)される。

テクノロジーが安全安心を担保してきたのは歴史が証明している。SNSの登場が新たな形の信頼を人々の間に醸成させ、我々のようなサービスを可能にしたともいえるだろう。民泊を通じて、新たな人と人とのつながりを広めていきたい。

Airbnb Japan代表取締役・田邊泰之氏
【略歴】たなべ・やすゆき 94年(平6)米リーハイ大卒。02年米ジョージタウン大学院経営学修士(MBA)修了。消費者向けマーケティング業務を経て、Huluの日本事業立ち上げに携わる。13年Airbnbシンガポール法人入社、14年日本法人代表取締役。大阪府出身、48歳。
日刊工業新聞2020年5月4日
小川淳
小川淳 Ogawa Atsushi 編集局第一産業部 編集委員/論説委員
旅行、したいですよね。こう自粛&在宅勤務が続き、外出できないことがこんなにストレスになるとは思いませんでした。ちょっと遠出をするとか、おいしいお店を巡るとか、意識することなく続いていた日常生活が途切れることで、気づくことも多いです。海外旅行も当面、活況が戻ることはないでしょうし、需要が回復したとしても以前と同じようなどこでも見られた観光客にあふれた風景というものは見ることが難しくなるかもしれません。とはいえ、この「強制的に人と会わない」という特異な状況を経験した我々は、逆説的に人と会うことの貴重さを改めて知ったわけです。ならば、人と人とつなぐ民泊も、その貴重さが「アフター・コロナ」で再認識されるかもしれません。

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