始まらない民泊ビジネス。規制か自然淘汰か
新法が今日施行
住宅宿泊事業法(民泊新法)が、15日に施行される。民泊ビジネスを対象とした事実上の規制となる。シェアリングエコノミー(共有型経済)の普及や技術革新によって世界的に進んでいる民泊に対して、日本は法による歯止めをかけた形だ。今回の規制によって事業者が民泊市場からの撤退に追い込まれたほか、ビジネスの成長に不透明感が漂っており、“民泊解禁”とはほど遠いスタートとなりそうだ。(渡辺光太、茂木朝日、京都・日下宗大)
「日本市場への期待は大きく、日本企業36社などと連携して高品質な事業環境を構築する」―。
14日に都内で記者発表会を開いた米Airbnb(エアビーアンドビー)のネイサン・ブレチャージク共同創業者は日本市場の浄化をアピールした。民泊サイト最大手として世界を席巻してきたエアビーだが、日本では民泊新法に阻まれたことで民泊施設が激減。2月時点で約6万件あった登録施設の約8割程度が突如として消失した。市場の縮小に伴い、すでに業界では物件の確保が激化している。米ホームアウェイと楽天子会社が共同で古民家などの発掘を始めた。空いている空間や物件の時間貸しサービスを手がけるスペースマーケット(東京都新宿区)では、民泊の登録から撤退したオーナーが時間貸しの登録へ移る現象が勃発。撤退の余波が広がっている。
今回の新法によって違法民泊などの問題に一定の改善が見込めることは間違いない。だが民泊などのシェアリングエコノミービジネスに「なじまない法律だ」(業界関係者)との批判も少なくない。西村あさひ法律事務所の藤井康次郎弁護士は「ホテルや旅館はすべての人々に提供されることが前提だが、民泊はインターネットのコミュニティー内で提供者(ホスト)と利用者(ゲスト)との信頼関係を基に、私的に宿泊場所の提供がされるものだ」と説明。同業圧迫についても「旅館などと完全に競合するものではなく、むしろ相互補完の関係にある」(藤井弁護士)と指摘。
また、民泊関連事業者は安全性を課題と捉え、独自に人工知能(AI)やIT技術などを導入することで物件の評価やレイティング(等級分け)の精度を高めている。すでに「民泊業界ではシェアビジネス独特の自浄作用を生んでいる」(木村奈津子ホームアウェイ日本支社長)という。そのため「問題のある宿泊場所の提供者や利用者はシステムによって自然淘汰(とうた)されていくのでは」(業界関係者)との意見もある。
政府は2030年度に訪日外国人(インバウンド)6000万人を目指しており、その宿泊の受け皿として民泊を掲げ、民泊新法を打ち出した。だが政府の期待とは裏腹に、多くの自治体が不安を覚え、独自規制や上乗せ条例で阻んだ格好だ。
自治体の特別区の民泊担当者は「当初、17年の秋ごろに出ると思っていた住宅宿泊事業法施行要領(ガイドライン)の公表が遅く、慌ただしかった」と打ち明ける。実際、国土交通省がガイドラインを公表したのは17年末で、自治体が2月の議会で条例を可決するにはギリギリのタイミングだった。そのため、例えば東京都各区の条例によって「平日」の定義が異なるなどの課題がある。日本総合研究所の高坂晶子調査部主任研究員は「ユーザーや事業者から見ると煩雑化している側面は否めない。施行後、各区の実情に合わせつつ周辺の区とすりあわせることも必要ではないか」と指摘する。
ただ規制の中でも「(どんなまちになりたいか)アイデンティティーが明確であるほど、規制の仕方も腰が据わった内容になる」と高坂調査部主任研究員は説明する。例えば、東京都豊島区は地域の規制は行わない方針だ。多文化共生の魅力を特徴としており、目指す姿は明確なためだ。豊島区の栗原せい子生活衛生課課長は「事業者は周囲の理解を得た上で営業してもらいたい」と説明する。
また、京都市は住居専用地域の民泊営業日を観光閑散期の1月15日―3月15日に制限した。管理者は民泊物件から10分以内に到着できる場所に待機する必要がある。住宅地やその周辺に世界遺産や観光名所が各所に点在するため、独自規制を設けなければ、無尽蔵に住居専用地域で民泊物件が乱立し、住民とのトラブルも多発する恐れがあった。京都市保健福祉局の南秀明「民泊」対策担当課長は「民泊事業者には宿泊客と地域住民が“京都らしいおもてなし”を通じて国際交流を図れるようにしてほしい」と話す。
世界には民泊が急拡大し、観光業を底上げした国がある。民泊先進国とされるクロアチアだ。災害や戦争で疲弊し、主産業を失った同国だが観光業を足がかりに復活しつつある。注目されるのは“アドリア海の真珠”とされる港や世界遺産のドブロブニク旧市街地などの居宅に民泊する「ソベ」だ。95年の独立戦争終結後、社会主義国家から民主主義国家にかじを切ったことで、個人の住宅保有が認められ、観光客に対して民泊の活用が拡大した。日本クロアチア交流協会の山崎エレナ理事長は「ソベはユーザー体験を重視する」とビーチからの距離や寝具の快適さなど観光客目線で4段階の等級に分けられる。クロアチア国内の施設や家屋の修繕は今も続いているが、民泊登録は約10年間で約3倍に増加。修繕しつつ民泊物件を構築することで急増した観光客の宿泊にも対応した。
民泊は、その国の生活や文化と密接に関わるため多様な事情やリスクを抱える。ただ、だからこそ「民泊によって他者と交流する自由は、憲法で定める表現の自由や幸福追求権とも密接な関連を持つ」と藤井弁護士は話す。今回、そうした民泊に法的に向き合った日本の民泊新法は世界的にも珍しい。そのため、このまま民泊市場を健全に育成できれば、世界的なモデルケースとなる可能性がある。4日には政府の規制改革推進会議で「(民泊の)必要以上の制限は目的を逸脱するものであり、改めるべきだ」と規制改革を打ち出された。
今後、日本が民泊とどのように向き合っていくか、まだまだ議論を深める余地は残っている。
規制ではなく自然淘汰されたのでは!?
「日本市場への期待は大きく、日本企業36社などと連携して高品質な事業環境を構築する」―。
14日に都内で記者発表会を開いた米Airbnb(エアビーアンドビー)のネイサン・ブレチャージク共同創業者は日本市場の浄化をアピールした。民泊サイト最大手として世界を席巻してきたエアビーだが、日本では民泊新法に阻まれたことで民泊施設が激減。2月時点で約6万件あった登録施設の約8割程度が突如として消失した。市場の縮小に伴い、すでに業界では物件の確保が激化している。米ホームアウェイと楽天子会社が共同で古民家などの発掘を始めた。空いている空間や物件の時間貸しサービスを手がけるスペースマーケット(東京都新宿区)では、民泊の登録から撤退したオーナーが時間貸しの登録へ移る現象が勃発。撤退の余波が広がっている。
今回の新法によって違法民泊などの問題に一定の改善が見込めることは間違いない。だが民泊などのシェアリングエコノミービジネスに「なじまない法律だ」(業界関係者)との批判も少なくない。西村あさひ法律事務所の藤井康次郎弁護士は「ホテルや旅館はすべての人々に提供されることが前提だが、民泊はインターネットのコミュニティー内で提供者(ホスト)と利用者(ゲスト)との信頼関係を基に、私的に宿泊場所の提供がされるものだ」と説明。同業圧迫についても「旅館などと完全に競合するものではなく、むしろ相互補完の関係にある」(藤井弁護士)と指摘。
また、民泊関連事業者は安全性を課題と捉え、独自に人工知能(AI)やIT技術などを導入することで物件の評価やレイティング(等級分け)の精度を高めている。すでに「民泊業界ではシェアビジネス独特の自浄作用を生んでいる」(木村奈津子ホームアウェイ日本支社長)という。そのため「問題のある宿泊場所の提供者や利用者はシステムによって自然淘汰(とうた)されていくのでは」(業界関係者)との意見もある。
政府の期待と自治体の不安
政府は2030年度に訪日外国人(インバウンド)6000万人を目指しており、その宿泊の受け皿として民泊を掲げ、民泊新法を打ち出した。だが政府の期待とは裏腹に、多くの自治体が不安を覚え、独自規制や上乗せ条例で阻んだ格好だ。
自治体の特別区の民泊担当者は「当初、17年の秋ごろに出ると思っていた住宅宿泊事業法施行要領(ガイドライン)の公表が遅く、慌ただしかった」と打ち明ける。実際、国土交通省がガイドラインを公表したのは17年末で、自治体が2月の議会で条例を可決するにはギリギリのタイミングだった。そのため、例えば東京都各区の条例によって「平日」の定義が異なるなどの課題がある。日本総合研究所の高坂晶子調査部主任研究員は「ユーザーや事業者から見ると煩雑化している側面は否めない。施行後、各区の実情に合わせつつ周辺の区とすりあわせることも必要ではないか」と指摘する。
ただ規制の中でも「(どんなまちになりたいか)アイデンティティーが明確であるほど、規制の仕方も腰が据わった内容になる」と高坂調査部主任研究員は説明する。例えば、東京都豊島区は地域の規制は行わない方針だ。多文化共生の魅力を特徴としており、目指す姿は明確なためだ。豊島区の栗原せい子生活衛生課課長は「事業者は周囲の理解を得た上で営業してもらいたい」と説明する。
また、京都市は住居専用地域の民泊営業日を観光閑散期の1月15日―3月15日に制限した。管理者は民泊物件から10分以内に到着できる場所に待機する必要がある。住宅地やその周辺に世界遺産や観光名所が各所に点在するため、独自規制を設けなければ、無尽蔵に住居専用地域で民泊物件が乱立し、住民とのトラブルも多発する恐れがあった。京都市保健福祉局の南秀明「民泊」対策担当課長は「民泊事業者には宿泊客と地域住民が“京都らしいおもてなし”を通じて国際交流を図れるようにしてほしい」と話す。
民泊先進国クロアチア
世界には民泊が急拡大し、観光業を底上げした国がある。民泊先進国とされるクロアチアだ。災害や戦争で疲弊し、主産業を失った同国だが観光業を足がかりに復活しつつある。注目されるのは“アドリア海の真珠”とされる港や世界遺産のドブロブニク旧市街地などの居宅に民泊する「ソベ」だ。95年の独立戦争終結後、社会主義国家から民主主義国家にかじを切ったことで、個人の住宅保有が認められ、観光客に対して民泊の活用が拡大した。日本クロアチア交流協会の山崎エレナ理事長は「ソベはユーザー体験を重視する」とビーチからの距離や寝具の快適さなど観光客目線で4段階の等級に分けられる。クロアチア国内の施設や家屋の修繕は今も続いているが、民泊登録は約10年間で約3倍に増加。修繕しつつ民泊物件を構築することで急増した観光客の宿泊にも対応した。
民泊は、その国の生活や文化と密接に関わるため多様な事情やリスクを抱える。ただ、だからこそ「民泊によって他者と交流する自由は、憲法で定める表現の自由や幸福追求権とも密接な関連を持つ」と藤井弁護士は話す。今回、そうした民泊に法的に向き合った日本の民泊新法は世界的にも珍しい。そのため、このまま民泊市場を健全に育成できれば、世界的なモデルケースとなる可能性がある。4日には政府の規制改革推進会議で「(民泊の)必要以上の制限は目的を逸脱するものであり、改めるべきだ」と規制改革を打ち出された。
今後、日本が民泊とどのように向き合っていくか、まだまだ議論を深める余地は残っている。
日刊工業新聞2018年6月15日