新型コロナで中国企業のテレワーク加速!AI、ロボット、ネット病院...先端技術の実態とは?
新型コロナウイルス感染症対策として、日本国内では急速にリモートワークが進んでいる。くしくもテクノロジー活用を加速させる要因となった新型コロナウイルス感染症だが、影響が著しい中国は日本の比ではない。
新型コロナウイルス感染症によって中国で一層加速するデジタルシフトの実情を、中国出身で、オプトホールディング、中国事業推進室のゼネラルマネージャー李 延光(LI YANGUANG)氏が解説する。
世界経済の停滞は必至。予測されるシナリオは一層悲観的に
2020年は日本にとって希望の一年となるはずだったが、その幕開けは多事多難の一年を予感させるものだ。突然に来た新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大への危惧によって、世界および地域経済は、2008年の世界金融危機以来最も深刻な危機に直面している。中国以外の国々での感染拡大が一定に抑えられるという最良のシナリオの場合でも、サプライチェーンや、観光、交通・運輸業へのダメージは深刻だ。景気は低迷し、世界経済の成長は2020年上半期、大幅に鈍化することが予測されている。
The Boston Consulting Groupの研究レポートによると、中国の成長見通しは3つのシナリオに分けられている(図1参考)。ひとつは緑色で示された楽観予測(2月末に伝染が抑えられている)で5.7%、もうひとつは黄色で示された基準予測(3月末に伝染が抑えられている)で5.4%、最後に赤で示された悲観予測(6月前後で伝染が抑えられている)で4.5%。悲観予測を辿る可能性は益々高くなっている。
SARSが加速させたデジタル化、コロナ拡大もイノベーションのきっかけに? 少なくとも短期的なマイナス影響はもはや避けられない。しかし、中国には「哪里越有危险,哪里就越有机会(危険な場所にいくほど機会がある)」ということわざがある。実際、中国は国難にあって次の発展につながる種を生み出してきたのだ。
2003年にSARSが流行した際を例に取ろう。当時も、多くの国民が外出を控えたため伝統的なオフライン産業は多大な影響を受けた。小売の倒産が相次ぎ、物流業や飲食業も深刻なダメージを受けた。そんな中、北京中関村にデジタル製品の小売店を持っていた劉強東という男が、ネットショップを初めて開設した。今日の中国第2位のECサイト「JD.com(京東集団)」だ。また、Alibabaの馬雲は、消費者のニーズに応じて、ECサイト淘宝網(タオバオ)を設立。今ではアジア最大のショッピングサイトとなっている。いずれの企業もECサイトの運営にとどまらず、中国のデジタルシフトの立役者となり、今ではGAFAに比肩するテクノロジー企業となっている。
では今回の新型コロナウイルスの拡大は中国の経済にどのような影響を与えるのか? 2003年の中国GDPは12万億人民元だったが、17年以後の2020年は約100万億人民元にまで成長している。この大きな市場で起こる変化は、世界市場にも影響を与えるはずだ。
存在感を高める医療情報アプリとインターネット病院
まず、この状況で最も重要なのは医療のイノベーションである。伝統医療の終焉と新型医療の台頭。新型コロナウイルスで中国の医療の現状が明らかになった。医療資源の格差、分配の不平等、管理の混乱等で、中国が医療改革を進めなくてはいけない状況が露呈しているのだ。例えば武漢は中国中部(華中エリア)で最も重要な大都市であり、GDPはトップクラスを誇っていた。中国での製造業、運輸業、農業等に不可欠なポジショニングだったのだ。だが、GDPを追求する一方で、ガバナンス能力と医療のデジタルシフトをおろそかにしていたため、現在の状況になっている。1月23日に武漢が封鎖される以前から、武漢からは医療資源が不足しているというSOSが出されていたのに対策が後手に回ったのだ。
だが、これを教訓としたその他主要都市の対応は早かった。従来の伝統医療のデジタルシフトが加速度的に進められたのだ。具体的に説明する。
まず整えられたのがアラートシステムだ。
国民に一刻も早く新型コロナウイルスの感染状況と予防知識をアラートするために、中国で医療コンテンツ及び医療サービスを提供する「丁香医生」、「平安好医生」等のアプリが、リアルタイムでのライブコンテンツ提供を開始すると、瞬く間にこれらのアプリユーザーが爆増した。平安好医生の董事長兼CEOの王濤氏はオンライン記者会見で、新型コロナウイルス事件以降、平安好医生の累計訪問人数はのべ11.1億人に達し、アプリの新規登録ユーザー数も従来の10倍に増加、新規登録ユーザーの1日平均アクセス数も従来の9倍に増加したと発表した。
また、各医療機関も、新型コロナウイルス感染者と非感染者の接触を避けるために、民間企業と手を組み「医療」と「インターネット」を融合させ、「ネット問診+リモート診断+医療物質情報提供+医薬物流専門配送等」のプラットフォームを構築した。
中国ではかねてより「インターネット病院」という新型病院が生まれ、リモート手術が普及し始めるなど、医療のデジタルシフトが進んでいたが、新型コロナウイルスによってそのスピードが一層速まった形だ。2019年には規制緩和が進んだことで、インターネット病院は、従来のビジネスモデルである「オンライン受付+オンライン問診+オンライン診断」から、新型の「診療+検査+入院+手術+配薬+保険+α」クローズドループになり、より複雑なビジネスモデルに変化している。
これらインターネット病院の行動は速い。発熱専門科や、新型コロナウイルス無料お問合せセンターを開設するなど、臨機応変に医療サービスを拡充している。下図はその一例だ。
上記で目立つのがもともとインターネットに精通したデジタルシフト企業の医療事業への参入だ。彼らのテクノロジーによって、医薬品の配送網が整い、医療環境も向上している。特に湖北省のような感染拡大地域では、医療資源と人員が非常に乏しいものの、リモートで患者の病状を検査する体制が整い始め、医療人員の時間が節約できているほか、何時でも各領域の専門家を招集した立会い診察が可能となった。結果的に医療従事者の感染リスクも減少し、患者の治療効率のアップにもつながっているという。
テクノロジー企業が医療サービスをサポート
中国のデジタルシフトをリードする企業もAIを活用して、新型コロナウイルスの検査をサポートしている。Alibabaは、新型コロナウイルス診断AIシステムを開発した。Nikkei Asian Reviewの報道によると、当該システムは5,000例にも及ぶ新型コロナウイルス診断済患者のレントゲンデータを学習していて、患者の胸部をCTスキャンすることで、新型コロナウイルスを診断することができる。確度は96%ほどもあり、所要時間はわずか20秒だ。現在人間の医者は約15分間かけて、新型コロナウイルスの診断を行っていることと比べると迅速に大勢の患者を診断できることに期待がかかる。すでに湖北省、上海、広東省、江蘇省等を中心に26以上の病院に導入されている。
また、Alibabaの競合でもある中国金融大手の平安集団も同様の新型コロナウイルス検査システムをリリースした。平安集団智能都市部門の聯合総裁兼CSOのGeoff Kau氏の説明によると、当該システムを導入以来、1500以上の医療機構にサービスを提供し、5,000名以上の新型コロナウイルス患者が無償で当該サービスを受けたという。これらの2社以外では、中国トップクラスの音声AIテクノロジー企業のiFLYTEK社もわずか三日間で新型コロナウイルスの「影像補助診断プラットフォーム」を開発している。iFLYTEK社独自のAIテクノロジーを活用し、4D比較分析技術を通して、3秒以内でCTスキャン補助診断ができるという。
また、こうした大手企業だけでなく、中国のその他中核AIベンダー企業も新型コロナウイルスに対して、速やかに自社テクノロジーを活用したソリューションを提供している。以下は一例だ。
Megvii社の「AI体温スクリーニングリンケージシステム」
地下鉄、空港、駅、オフィスビル等の人が多く往来する場所で、無接触体温測定ができる。更に人々の中国全土への移動状況もリアルタイムで追跡する。UBTECH Robotics社のロボット
室外体温検査及び消毒ロボットATRIS。人の作業を代替し感染拡大を防ぐ。DJI社のAIドローン
体温測定、消毒、貨物配達等の作業が行えるドローン。このように中国は新型コロナウイルスの影響下で、各種サービスのデジタルシフトを急速に推し進めている。既に活用できる技術があったからという理由だけではなく、危機に対し、対応策としてのテクノロジー導入を踏みとどまらない文化が大きな要因だ。感染拡大が収まるころには、これらのサービスが中国社会に深く根をはり、次のイノベーションの下地となっていくことだろう。
李 延光(LI YANGUANG)
2004年来日、東京工科大学大学院アントレプレナー専攻卒業。 検索エンジン、通信ベンダー、OS会社を経験し、2011年に株式会社オプト(現オプトホールディング)に入社。 日系企業のアウトバウンドマーケティング、日中間越境EC、ビジネスディベロップメント、 中国側投資管理等を経て、現在中国事業推進室ゼネラルマネージャー兼深圳オプト董事総経理を務め、 日中間のビジネスマッチング、技術交流、新規事業の立ち上げを担当。
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