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TBSラジオ「音声映画」に挑む、コンテンツ市場での勝算は?

連載・音の時代がやってくる#03
TBSラジオ「音声映画」に挑む、コンテンツ市場での勝算は?

TBSラジオの三村孝成社長

「緊急ダイヤルです」「…助けてくれぇ」―。交通事故の緊急搬送などを手配する主人公にかかってきた電話のやり取りが、迫力の音で耳に届く。TBSラジオ(東京都港区)が2019年11月に立ち上げた“音で観る”映画を配信するサービス「AudioMovie(オーディオムービー ※1)」の第一弾サスペンス「THE GUlLTY(ギルティ)」だ。デンマーク発の映画を原作にラジオ局としての69年の歴史で培った音声コンテンツのクリエイティブメソッドを詰め込み、作り上げた。ラジオ局がデジタル時代を生き抜くための挑戦と位置づける。

ラジオ局は広告収入の減少傾向が長期で続き、セット・イン・ユース(スイッチの入っている受信機台数の割合)も最低水準にとどまるなど、苦境にあえぐ。そうした中で、他局との聴取率争いではV100超を達成した王者TBSラジオは、スマートフォンなどでラジオが聴ける「radiko(ラジコ)」による番組データの活用を始めるなど改革を進めており、音声映画の配信も始めた。なぜ、音声映画に挑むのか、そしてデジタル時代をどう生き抜くのか、三村孝成社長に聞いた。(聞き手・葭本隆太)

※1オーディオムービー:耳にする声や音によって、主人公が抱く感情や思い、理解などをリスナーが自分自身に起きた出来事のように体験できる音声コンテンツをポッドキャストで配信するサービス。第一弾としてファントム・フィルムと共同制作したサスペンス『ギルティ』の配信を19年11月22日に始めた。20年11月21日まで無料で限定配信する。

【広告市場にとどまるべきではない】

―「オーディオムービー」を立ち上げた理由を教えてください。
 (広告収入の減少が続く中で)ラジオ局はBtoBの広告市場だけでなく、BtoCを含むコンテンツ市場でどのように勝ち抜くかが今後の勝負だと考えている。(テレビやネットを含む)広告市場の約6兆円に対してコンテンツ市場は約12兆円と2倍ある(※2)。ラジオ局は広告市場にとどまるべきではない。そこで(オーディオムービーに)挑戦した。音だけだからこその伝え方など69年の放送事業で暗黙知的に引き継いできた音声コンテンツのクリエイティブメソッドを(19年3月に立ち上げた)「Screenless Media Lab.(スクリーンレス・メディア・ラボ ※3)」監修の下で科学的に体系化して作った。

※2広告市場とコンテンツ市場:「2018年日本の広告費」によると18年の総広告費は6兆5300億円。一方、「18年版情報通信白書」によると18年のコンテンツ市場は11兆6986億円。

※3スクリーンレス・メディア・ラボ:音声メディアの可能性を探求し、その成果を社会に還元することを目的にTBSラジオが設立した研究所。音声広告の効果などに関する研究成果を集め、類型・体系化などを行う。

―現在は無料で配信していますが、将来はコンテンツ課金のビジネスを展望しているのですか。
 ビジネスモデルはまだわからない。お金を払ってでも聞きたい人が増えれば(コンテンツ課金が)あり得るし、オーディオムービーを使って広告を打ちたい企業がたくさん現れればそのモデルでもよい。これからいろいろ実験していきたい。

―オーディオムービーは主人公になりきって聴覚を体験できる「没入型」が特徴です。その形が音声コンテンツ市場を開拓する手段としての御社なりの解ということですか。
 絶対的な解とは思っていないが、100件や200件ある解のうちの一つかもしれない。(没入型は)サスペンスやホラーであればよい方法だと思うし、音声だからこそ制作できるコンテンツではあると思う。

―音声コンテンツだからこそ生み出せる価値はどこにあると考えていますか。
 クリエイティブによって違う。例えば(オーディオムービー第一弾の『ギルティ』のような)サスペンスは視覚がない方がわくわくどきどきできる。現代人は視覚のない体験をあまりしていないこともあり(視覚がないコンテンツは)これほど面白いのかと思ってもらえるはずだ。

―「現代人は目を酷使しすぎ」や「通勤や家事を行いながら消費しやすい」といった理由で音声メディアの可能性を指摘する声が聞かれます。
 (外部要因や消費環境の特殊性よりも)生活者の時間を預かって、その分、いい体験を対価として返す(といった良質なコンテンツを作る)覚悟を音声事業者が持てれば(動画などと競合する)コンテンツ市場で勝負できると考えている。

音声事業者は生活者の時間を預かる対価としていい体験を支払う覚悟が必要だと図解して強調した

―とはいえ、音声メディアに対する世の中の追い風を感じることはありませんか。
 私自身はまだ(その風が)来ているとは思わない。ただ、(声のブログをコンセプトにした)「Voicy(ボイシ―)」や(“耳で聞く読書”と称される)「オーディオブック」など(の新興音声メディア)が新しい音声市場を作り出そうと努力されている。音声事業者みなで面白いことをやり始めたらどこかで本当に追い風が来るだろうとも思う。

関連記事:人気じわり…“聴く読書”オーディオブックは出版業界を救うか
 関連記事:“声のブログ”で人気沸騰、Voicyが届けたい音声メディアの本当の価値

―新興メディアは音声コンテンツ市場の競合になりませんか。
 競合というよりもよい勝負をするパートナーだろう。本当に意識すべきは観客。五輪の100メートル走のようなもので、互いに一生懸命に走り、よい勝負をしてチケットを買って見に来てくれる人たちを生み出すことが大事だ。日本ではインターネット配信を含めてラジオ番組のような音声メディアを1週間に1度以上聞く人は50%くらいにとどまる。米国は98%という。音声事業者同士が切磋琢磨して日本人の生活習慣を変えていくことが(競合よりも)先だ。

―オーディオムービーの制作に関わる脚本設定や演出効果などのルールをまとめたブランド規格「オーディオムービー・コード」を公開していますが、これも皆で音声コンテンツ市場を作り出すための手段ということですね。
 我々だけで新しい音声コンテンツ市場は作れない。自分たちのノウハウは公開して面白いクリエイターが真似して欲しい。みなで成功事例をどんどん共有してまねっこしながら取り組むのがよい。

 

【広告効果を説明できる時代がきた】

―広告収入が下降を続ける中で、ラジコデータの活用(※4)を始めました。
 我々は広告主に対して広告効果の説明責任を果たさなくてはいけない。その方法は二つある。(どんな人がどれくらい見ているのかといった)データと音声広告による効果に関するエビデンスだ。デジタル時代になり、我々はその二つ(を広告主に説明する手段)を手に入れた。ラジコのデータとスクリーンレス・メディア・ラボだ。このため今後、(音声広告を出したい)広告主が増えてくる可能性はある。

※4ラジコデータの活用:ラジコのデータを基にリスナーの聴取状況をリアルタイムで可視化するダッシュボード「リスナーファインダー」の運用を19年1月に始めた。リスナーの数や男女構成比、年齢構成比などが把握できる。放送局の生放送スタジオなどに設置されたモニターで表示している。

―音声広告だからこその効果について教えてください。
 商品の購入意欲を持つ人に対しては一覧性のある視覚刺激が効果的だが、音声は時間はかかるものの意欲を喚起する力がある。飲み物を飲みたい人には商品の映像を見せるとよいが、音声なら飲み物を飲みたいと思わせられる。そうした効果に関する研究成果を含め音に関する研究が世界中にある。ラボではそれらを集め、類型・体系化する。

日本は(贅沢品でさえネット通販で検索して目的の商品が見つかれば、どのサイトでもよく必要だから買うなど)消費行動が成熟し、消費に無関心な人が増えていると聞く。音を使って意欲を喚起したいと考える企業が出てくるのではないか。

―そうした音声広告の効果について広告主の関心の現状はいかがですか。
 期待は高まっており、今年はチャンスだと思っている。ラジオは機動力があって安価でいろいろな企画ができる。企業の宣伝費の多くが五輪関係で消費されると想定される中で(残った)小さな予算でできる。我々がよい提案ができれば、(音声広告への需要を高める)きっかけになる。

―ラジコデータは番組制作にも生かしていると伺います。
 情報の出し方などに生かしている。例えば「ボジョレー・ヌーボ解禁」を伝える場合、リスナーのうちワイン好きが5割超であれば(「解禁しました」の)一言でよいかもしれないが、2割なら豆知識を紹介した方が伝わるかもと検討できる。

―クリエイティブ力を生かす番組制作にデータが入り込むことについて、現場から抵抗は起きませんでしたか。
 思ったほどない。実際に何人が番組を聞いて評価してくれたかは知りたいものだろう。(リスナーファインダーによって)どういった企画にリスナーが反応するのかといったことが無意識に類型化していくと思う。

―昨年11月に聴取率争いでV100以上を達成していながら、番組制作の評価指標をラジコデータに置き換えると宣言されたことが「脱聴取率」として話題になりました。
 2カ月に1度の聴取率調査期間において番組宣伝にお金を使って盛り上げる「スペシャルウィーク」を止めると言っただけで、聴取率調査を止めると言ったわけではない。宣伝費は普段から聞いている方々ではなく、まだ番組を知らない人たちに知らせるために使うべきということ。今も聴取率の分析は続けている。ただ、聴取率のデータはラジコのデータを追随しているので分析する意味は薄れてきている。

【連載・音の時代がやってくる(全5回)】

#01 人気じわり…“聴く読書”オーディオブックは出版業界を救うか(1月27日公開)
 #02 “声のブログ”で人気沸騰、Voicyが届けたい音声メディアの本当の価値(1月28日公開)
 #03 TBSラジオ「音声映画」に挑む、コンテンツ市場での勝算は?(1月29日公開)
 #04 NECやソニー狙う…「ヒアラブル端末」は働き方改革の救世主か(1月30日公開)
 #05 声で感情が分かる、海外ビジコン席巻するベンチャーの正体(1月31日公開)

ニュースイッチオリジナル
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
音声映画「ギルティ」を聴きました。没入感があり、新鮮な体験でした。音声メディアは「ほかの作業をしながら消費しやすい」ことが今の時代に求められる要素として指摘されますが、個人的には音声映画はよくも悪くも「ながら聞き」にはあまり適さないのではと感じました。集中して聞きたいと思うからです。そうなると、競合は音声メディアだけでなく、動画などにも広がります。三村社長も言及していますが、音声映画をビジネスにするには「生活者の時間を預かって、その分、いい体験を対価として支払う覚悟が必要」なのでしょう。

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音声ビジネスが注目を集めています。通勤時などに“ながら消費”ができることなどを背景に聴く読書と称される「オーディオブック」や声のブログをコンセプトにした「ボイシ―」など新メディアが人気です。AIスピーカーに搭載された音声操作UIが浸透したり、声から感情を分析したりとテクノロジーが新しい世界を拓こうとしています。音声ビジネスの最前線を追いました。

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