ニュースイッチ

「Vチューバー」社会に拡散、1億総アバター時代が到来 

**ファッション分野で変革
 バーチャルユーチューバー(Vチューバー)がファッション・アパレル分野に変革をもたらそうとしている。9月末に開かれたファッション音楽イベント「FAVRIC」で、バーチャルキャラクターのVチューバーがランウェイを闊歩(かっぽ)し新作衣装を披露した。アバター(仮想空間上の分身)制作基盤が整い、いまや誰でも自分のアバターを持てる環境になりつつある。1億総アバター時代に向け、現実と仮想空間で隔てられていたファッションや表現の境界が溶け始めた。(小寺貴之)



環境整備進む 配信技術が低廉化、誰でも参加しやすく


 FAVRICが開かれた幕張メッセ(千葉市美浜区)では、前日にモデルやタレントが登壇する他のファッション音楽イベント「ガールズアワード2019」が行われた。一方のFAVRICは、同イベントとステージは同じだが10組のバーチャルアーティストが登場した。燃えるスカートやアルゴリズム的に成長するドレス、VR(仮想現実)空間の天候に干渉する和傘と着物などのVRファッションが披露された。

 VR空間では現実世界の物理制約がなく、衣装そのものにデータや思想、演出を埋め込める。周辺環境や観客との連動も可能だ。イベントを主催したファブリックユニオンの福井康介プランナーは「第1回の試みとして衣装デザインから3Dモデル制作、現物の衣装製作の工程を実践した」と説明する。

 実際に製作した衣装はVRのように成長することはない。VR空間でのある瞬間を具現化し、現物として世に残す。現実の衣装を写真や動画でデータとして残すことは多々あるが、変化し続けるVRと、それを現物で記録するという新たな価値が生まれている。

 FAVRICは5100人が来場し、8万人がネットで閲覧した。Vチューバーの活躍の場が広がることを裏付ける象徴的なイベントだった。

 アバターの配信技術は低廉化しており、今後はさらにさまざまなイベントに誰でも参加できる環境が整いつつある。

スマホだけで配信可能に


 IVR(東京都千代田区)はスマートフォンだけで3Dアバターを制作し、振り付けして配信するシステムの開発を進める。スマホのカメラで演者の表情を認識し、アバターの表情に反映させる。アバターの髪や衣装は動きに応じて自然に揺れ動く。表情認識や描画、揺れ生成、生放送をスマホ1台で実現する計画だ。IVRの大鶴尚之取締役は「スマホで完結すれば誰でも配信できる。外見に縛られず自由な表現ができる」と強調する。

IVRのシステムはスマホで3Dアバターを制作、配信できる(同社提供)

 自身がタレントにならなくても、会員制交流サイト(SNS)のアカウントやハンドルネーム、ソーシャルゲームのアイコンと同じように、複数のマイアバターを着回して社会に参加する未来も夢ではない。実際の生活で髪形や服装、身だしなみを気にするように、1億総アバター時代はお化粧感覚でアバターを着替えて社会に出るかもしれない。

 現実にVチューバーの社会進出は進む。バルス(東京都千代田区)はVチューバーがスナックのママを務め、画面を通じて接客するバーチャルスナックを展開。ソフトバンク系のリアライズ・モバイル・コミュニケーションズ(同港区)は店頭接客を担う「バーチャルプロショッパー」を事業化している。ジムのトレーナーにVチューバーを起用する例もある。


バルスの「どこでもVTuber」は四畳半のスペースしかなくても全身配信が可能


 バルスの林範和社長は「この人に商品を選んでもらいたい、アドバイスを受けたいというニーズに応えられる」と説明する。バルスが提供するのは、自身とアバターを同期するシステム「どこでもVTuber」。想定用途はVチューバーの対話配信だが、ボクシングのミット打ちや自重筋力トレーニングなどの駆け引きや掛け合いのある全身運動にも応用できる。

バルスの「どこでもVTuber」は四畳半のスペースしかなくても全身配信が可能

 スナックのママやトレーナーなど、人から選ばれる接客業はVチューバーの活用が有効だ。遠隔配信システムを利用すれば地理的な制約はほぼなくなる。配信先の切り替えだけで接客員が全国に出張できる。ジムの利用者も家でスクワットをする時に、好みのVチューバーに鼓舞され、一緒に筋トレを続けることでさまざまな感覚をシェアできる。

市場に上限 費用対効果で苦戦 タレント業の次模索


 Vチューバーの課題は、異分野とエコシステム(協業の生態系)を築き、新たな活用の場を増やすことだ。アバターは生身の人間とコストを比較され、そこに各業界が抱える問題が加わる。例えばバーチャルアイドルのタレント活動は生身のインディーズアイドルと似た道を歩んでおり、コアなファンが収益を支えている。限られたファンから大きな金額を集めるビジネスモデルは、ファンの飽きや離反がリスクだ。このリスクをキャラクターや演者の増加で補うと競争が苛烈になる。競争に負けじと倫理観のないコンテンツが増えると業界全体の評判が落ちかねない。限られたファンに支えられる市場は上限が見えつつある。


アバターが着用した衣装を実際に製作


 接客業などへの社会進出は進むが、費用対効果で苦戦しているケースも多い。Vチューバーにとってタレント業の次の柱はまだ模索中だ。FAVRICの福井プランナーは「ファッションをはじめ異分野との融合領域はまだ開拓の余地があるはずだ」と指摘する。

 VRの音楽ライブとファッションの融合に挑戦したFAVRIC自体も発展途上だ。従来のファッション音楽イベントは会場で新作の服が買え、その売り上げが活動を支える大きな柱になる。一方、VRファッションを買っても、SNSやソーシャルゲームのアバターに着せることが現在はできない。アバターの衣装をデザインする3DアパレルCADは服飾デザイナー向けで高額であり、アバター制作ツールはまだシンプルな衣装にしか対応していない。

アバターが着用した衣装を実際に製作

 VチューバーとそのファンがFAVRICを支えている間に、ファッションの価値観を変える必要がある。福井プランナーは「VRファッションの世界には、まだラグジュアリー(高級)な権威は少ない。言い換えると何をもって高級というのか、ハイブランドの概念を自ら作るチャンスがある」という。1億総アバターを支える技術基盤は整いつつある。FAVRICはファッションとVチューバーの未来の一端を示した。異分野をつなぐムーブメントに広がるかが注目される。
日刊工業新聞2019年10月7日(深層断面)
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 将来、化粧するくらいなら、ひげ剃るくらいなら、床屋行くくらいなら、シャワー浴びるくらいなら、そんなの面倒くさいからアバターかぶってオンラインで出社します、という社会になるはずです。たぶん、きっと。人間が外見というコンプレックスから解放されるのはアバターの魅力一つです。それ以上にSNSのアカウントをいくつも使い分けている世代にとっては、アバターに着替えるのはごく自然な行為になると思います。  フェーストゥーフェースならちゃんと心が通じ合うという対面重視の考えも、ロジカルに内容を詰めると対面の雰囲気に流されているだけこともあります。アカウントを使い分けるように、アバターやペルソナをかぶり直すことが前提となる社会ができていくのだと思います。  とはいえ、現在はタレント業くらいしか目立った成功例はありません。個人的には自分がソーシャルゲームのNPC(街にいる賑やかしキャラクター)程度の存在だったとしても、その人の心持ち次第で案外充実した人生を歩めるのではないかと思います。現実世界では一小市民です。NPCが勇者や主人公を応援するように、いまは好きなVチューバーやその世界を応援しています。   その時にアバターが着る衣装も特別だったり、Vチューバーの衣装と連動して演出や表現を作れたら面白いと思います。生身で着る服にも、さりげなくその要素が入っていると仲間内だけで通じるアイコンになります。3DアパレルCADも進化していてVチューバーの衣装をデザイン・生産することもできるようになるはずです。バーチャルインスタグラマーは、静止画では不気味の谷を越えたと言えます。動画はもう少しかもしれません。  ですが生身の芸能人もCMやグラビアでは画像処理技術をふんだんに投入しているので、生身もVRも双方から近づいていると言えます。そう考えると働く場所が確保されれば1億総アバターも夢ではないように思います。

編集部のおすすめ