パナソニックが茶筒型のワイヤレススピーカー、京都の伝統工芸技術生かす
パナソニックは、京都の伝統工芸技術を生かした茶筒型のワイヤレススピーカー「響筒(きょうづつ)=写真」を発売する。音の響きを手のひらで感じられるなど、従来のスピーカーとは違った音の体験ができる。同社は家電事業のデザイナーと、伝統工芸の職人が連携してデザインを提案するプロジェクト「Kyoto KADEN Lab.(京都家電ラボ)」を2015年から進めている。今回、同プロジェクトで初めて商品化した。
京都の手作り茶筒の老舗「開化堂」と共同開発した。茶筒特有のふたを開けた瞬間の心地よさも味わえる。響筒の消費税抜きの価格は30万円。開化堂の本店において11月8日から100台限定で販売する。
性能や耐久性を競い合ってきた家電の世界に近い将来、新たな価値基準が生まれるかもしれない。「使い込むほど味わいを増す」「記憶や五感に響く」-。そんな製品が生まれつつある。
これまでの開発思想とは一線を画す「未来の家電」づくりに挑むパナソニック。これまで大阪と滋賀県に分散していた家電のデザイン拠点を2018年4月、京都に集約。京都の伝統工芸とのオープンイノベーションを通じ、次の100年を見据えた家電のあり方を追求している。そんなコンセプトを具現化した第一弾商品が近く発売される見通しだ。
茶筒の老舗である「開化堂」の八木隆裕氏と共同開発したワイヤレススピーカー。真ちゅう製の美しい佇まいが目を惹くが、それだけではない。手のひらに伝わる振動で音を感じる構造や、ふたが上下にゆっくり動くことで音のオン・オフを切り替える精巧な作りは、実際に触れてこそ体感できる。
こうしたモノづくりを支えるのは、京都の若手工芸士によるクリエイティブユニット「GOON(ゴオン)」。前述の開化堂の八木氏や西陣織「細尾」の細尾真孝氏、茶陶「朝日焼」の松林豊斎氏、京指物「中川木工芸」の中川周士氏といった面々は、いずれも老舗工房の後継者である。
パナソニックにとって創業者・松下幸之助氏が「伝統工芸は日本のものづくりの原点」と、工芸家の活動を支援してきたように伝統工芸との接点は深い。しかし、いま目指すのは、伝統を守り、継承するのみならず新たな価値創造の原動力とすることである。企業競争力に直結するビジネス戦略として位置づけているところに特徴がある。
「これからの豊かさとは何か」。マスマーケットを主戦場としてきた大企業のデザイナーと、自身のモノづくりの美学をストイックなまでに追求する伝統工芸の担い手。同じ目線で、これからのモノづくりを語ることができるまでには紆余曲折があったようだ。パナソニックアプライアンス社デザインセンターの中川仁デザイナーはこう振り返る。
「かなりの時間を共有し、話し合いを重ねました。でも机上の議論では価値観の違いが浮き彫りになるばかり。パソコンなどで作成した資料にはほとんど興味を示してもらえませんでした。一方で、たとえ荒削りでも立体的な『モノ』を示すと反応が全く異なる。ああ、ともに手を動かさないと進まないんだなと実感しました。これを契機に何かが変わり始めました」。
固まったコンセプトは、「記憶や五感に響く体験価値」。記憶の原風景には五感を通じた体験があり、これを呼び起こすような安らぎを与える製品は、日常を彩り身近に置いておきたい存在として慈しんでもらえるのではないか-。そう考えた。
こうして生まれた作品は10アイテムあまり。IHからの非接触給電で水を冷やし回転水流を起こす木桶は、清らかな水流で採れたての作物を冷やしてきた原風景を想起。バッテリーによる熱源とチタンを組み合わせた「網香炉」は持ち上げると香りが漂う。
五感に響く作品に心惹かれるのは、万国共通らしい。一連の作品を2017年に、家具の国際見本市「ミラノサローネ」に出展したところ「ベストストリーテリング賞」に輝いた。
こうしたコンセプトをさらに進化させた第二弾の作品の開発も進む。
炭が赤く熱されれた熾火(おきび)を使った照明は、導電性のある竹炭と電気制御技術によって実現。キャンプで薪の炎をずっと眺めていたような不思議な安らぎの時間を生み出す。あるいは、竹かごの技法を用いて製作した大型送風機は、吹き抜ける風が肌に心地よい。いずれも、「火や風、光など、身体の奥底に刻み込まれたプリミティブな感覚や記憶を呼び起こす体験にこそ、豊かさにつながる価値がある」と考えている。
もちろんすべてのアイデアが作品として形になるわけではない。技術やデザインにとらわれすぎると、豊かな生活を彩るという開発思想から遠のいてしまう。「原点を見失わず、そこに技術をどう忍ばせるかが大切だと思います」(中川さん)。シェーバーを一体化させ、高速振動する茶せんといった「今となっては笑える作品も真剣に検討されてきた」(同)という。
異能人材の融合がもたらしつつあるイノベーション。「通り一遍の議論では、アイディアは生まれません。時間を共有し、互いをわかり合えてはじめて本音の議論できる」(同)。
「伝統」を触媒として起こる化学変化。家電の世界に新たな商品ジャンルを生み出し、暮らしそのものを変えるかもしれない。
京都の手作り茶筒の老舗「開化堂」と共同開発した。茶筒特有のふたを開けた瞬間の心地よさも味わえる。響筒の消費税抜きの価格は30万円。開化堂の本店において11月8日から100台限定で販売する。
日刊工業新聞2019年10月7日
「心に響く家電」
性能や耐久性を競い合ってきた家電の世界に近い将来、新たな価値基準が生まれるかもしれない。「使い込むほど味わいを増す」「記憶や五感に響く」-。そんな製品が生まれつつある。
触れて初めて分かる価値
これまでの開発思想とは一線を画す「未来の家電」づくりに挑むパナソニック。これまで大阪と滋賀県に分散していた家電のデザイン拠点を2018年4月、京都に集約。京都の伝統工芸とのオープンイノベーションを通じ、次の100年を見据えた家電のあり方を追求している。そんなコンセプトを具現化した第一弾商品が近く発売される見通しだ。
茶筒の老舗である「開化堂」の八木隆裕氏と共同開発したワイヤレススピーカー。真ちゅう製の美しい佇まいが目を惹くが、それだけではない。手のひらに伝わる振動で音を感じる構造や、ふたが上下にゆっくり動くことで音のオン・オフを切り替える精巧な作りは、実際に触れてこそ体感できる。
「響筒」と名付けられたワイヤレススピーカー
こうしたモノづくりを支えるのは、京都の若手工芸士によるクリエイティブユニット「GOON(ゴオン)」。前述の開化堂の八木氏や西陣織「細尾」の細尾真孝氏、茶陶「朝日焼」の松林豊斎氏、京指物「中川木工芸」の中川周士氏といった面々は、いずれも老舗工房の後継者である。
パナソニックにとって創業者・松下幸之助氏が「伝統工芸は日本のものづくりの原点」と、工芸家の活動を支援してきたように伝統工芸との接点は深い。しかし、いま目指すのは、伝統を守り、継承するのみならず新たな価値創造の原動力とすることである。企業競争力に直結するビジネス戦略として位置づけているところに特徴がある。
議論の先に見えてきたコンセプト
「これからの豊かさとは何か」。マスマーケットを主戦場としてきた大企業のデザイナーと、自身のモノづくりの美学をストイックなまでに追求する伝統工芸の担い手。同じ目線で、これからのモノづくりを語ることができるまでには紆余曲折があったようだ。パナソニックアプライアンス社デザインセンターの中川仁デザイナーはこう振り返る。
「かなりの時間を共有し、話し合いを重ねました。でも机上の議論では価値観の違いが浮き彫りになるばかり。パソコンなどで作成した資料にはほとんど興味を示してもらえませんでした。一方で、たとえ荒削りでも立体的な『モノ』を示すと反応が全く異なる。ああ、ともに手を動かさないと進まないんだなと実感しました。これを契機に何かが変わり始めました」。
さまざまなコラボを通じて家電の可能性を追求したいと語る中川氏
固まったコンセプトは、「記憶や五感に響く体験価値」。記憶の原風景には五感を通じた体験があり、これを呼び起こすような安らぎを与える製品は、日常を彩り身近に置いておきたい存在として慈しんでもらえるのではないか-。そう考えた。
こうして生まれた作品は10アイテムあまり。IHからの非接触給電で水を冷やし回転水流を起こす木桶は、清らかな水流で採れたての作物を冷やしてきた原風景を想起。バッテリーによる熱源とチタンを組み合わせた「網香炉」は持ち上げると香りが漂う。
五感に響く作品に心惹かれるのは、万国共通らしい。一連の作品を2017年に、家具の国際見本市「ミラノサローネ」に出展したところ「ベストストリーテリング賞」に輝いた。
技術をどう融合するか
こうしたコンセプトをさらに進化させた第二弾の作品の開発も進む。
炭が赤く熱されれた熾火(おきび)を使った照明は、導電性のある竹炭と電気制御技術によって実現。キャンプで薪の炎をずっと眺めていたような不思議な安らぎの時間を生み出す。あるいは、竹かごの技法を用いて製作した大型送風機は、吹き抜ける風が肌に心地よい。いずれも、「火や風、光など、身体の奥底に刻み込まれたプリミティブな感覚や記憶を呼び起こす体験にこそ、豊かさにつながる価値がある」と考えている。
西陣織でできたスピーカー。生地に織り込まれた金銀箔がセンサーとなり音を奏でる
もちろんすべてのアイデアが作品として形になるわけではない。技術やデザインにとらわれすぎると、豊かな生活を彩るという開発思想から遠のいてしまう。「原点を見失わず、そこに技術をどう忍ばせるかが大切だと思います」(中川さん)。シェーバーを一体化させ、高速振動する茶せんといった「今となっては笑える作品も真剣に検討されてきた」(同)という。
異能人材の融合がもたらしつつあるイノベーション。「通り一遍の議論では、アイディアは生まれません。時間を共有し、互いをわかり合えてはじめて本音の議論できる」(同)。
「伝統」を触媒として起こる化学変化。家電の世界に新たな商品ジャンルを生み出し、暮らしそのものを変えるかもしれない。
METIジャーナル2019年10月03日