世界を魅了する映像に…Jリーグ中継、裏方たちの挑戦
試合データ“風呂敷”で一元管理
英パフォームグループのスポーツ配信サービス「DAZN(ダゾーン)」を通じ、スマートフォンやタブレット端末で手軽にスポーツ観戦を楽しめるようになった。特にサッカーJリーグはJ1からJ3まで全試合を生中継しているが、どのような仕組みで試合映像が視聴者の端末に届くのか。Jリーグ中継を支える裏方の現場を追った。(文=編集委員・水嶋真人)
7月31日に開かれたJ2の栃木SC対東京ヴェルディ戦。試合開始6時間前の13時過ぎ、栃木県グリーンスタジアム(宇都宮市)の気温は35度C。炎天下の中、映像専用回線中継端子盤のそばで汗だくになりながら光ファイバーケーブルを敷設する上野通信工業(同)ブロードバンド事業部の荒山雄太さんの姿があった。目指す先は端子盤から約200メートル離れた駐車場に駐まるNTTコミュニケーションズ(NTTコム)の伝送車だ。「来場客が通る場所は特に注意して敷設しています」と荒山さんは話す。
ワゴンタイプの伝送車の隣にはJリーグプロダクション(東京都港区)の中継車がある。スタジアムのTVカメラが撮影した試合映像を基に中継車内でコンピューターグラフィックス(CG)や解説音声を挿入した放送用映像を作成し、デジタル信号化。この信号を伝送車が受け取り、光ケーブルでつながる中継端子盤経由で専用回線によりDAZNの配信サーバーに届ける。同サーバーからインターネットで視聴者の端末にJリーグ中継が届く仕組みだ。
14時半過ぎ、光ケーブルを敷き終えた荒山さんは伝送車内にあるエンコーダー(映像変換器)4台の設定に着手した。エンコーダーは中継車から受け取った放送用映像のデジタル信号を光回線で伝送できるように変換圧縮する装置。CGや解説音声が入った放送用映像とスポーツニュースなどで使うCGなしの映像、それぞれのバックアップ映像という計四つの映像を伝送するため、エンコーダーも4台ある。
モニター画面できちんと映像が送られているかをチェックすると荒山さんの業務は一段落だが、試合中もモニターで映像を確認。試合後も監督・選手のインタビューやニュース用の素材映像の配信を終えた後で撤収作業に入る。Jリーグ中継は約2時間だが、NTTコムの映像伝送業務は1日がかりだ。
ただ、2018年からタブレット端末で各スタジアムの作業状況が一目でわかる「RAI」を導入。作業員が現場で作業項目を一つ終えるたびにタブレット端末の画面にチェックを入れるだけで遠隔地でも進捗(しんちょく)状況を把握できる。NTTコムの戸田肇テレビジョン中継サービスグループ統括部長は「電話で逐一報告していた従来に比べ、報告作業が楽になった」と話す。
スタジアムで試合を撮影するTVカメラはJ1で12台、J2で5台、J3で4台ある。撮影された試合映像はスタジアム脇の関係者駐車場に駐めた中継車に送られる。スイッチャーと呼ばれる担当者が、中継車内部のモニターに映し出されたTVカメラの映像から最適な映像に随時切り替える。ファウルやシュートがあるたびにオペレーターが該当シーンを巻き戻し、ディレクターの指示に従って撮影したリプレー映像を順番に放映していく。Jリーグプロダクションの松田誠之プロデューサーは「主役である得点者のリアクションを中心にゴールシーンをしっかり見せるよう心がけている」と明かす。
17年にDAZNがJリーグ中継の放映を始めて以降、映像制作や著作権管理はJリーグが担当するようになり映像制作も大きく見直された。その一つに公式映像マニュアルがある。マニュアルでは映像制作を委託された地方のTV局によってバラバラだった時間ごとの撮影内容を明確化。試合のほか、選手のバス降り、監督の試合前インタビュー、試合後の記者会見まで決められた順番で撮影することを義務付けた。得点や試合時間を表記するCGも統一。各試合の撮影内容が標準化されたことで、「Jリーグの試合をパッケージ商品として海外に展開しやすくなった」(松田プロデューサー)という。
世間一般では「DAZN中継」という認識が強いが、Jリーグプロダクションが撮影した映像をNTTコムがDAZNなどのコンテンツ配信業者に伝送し、放映権を持つDAZNが自社アプリケーション(応用ソフト)などを通じて視聴者の端末に配信する。映像制作・映像伝送・映像配信それぞれを担う企業が世界トップレベルの品質を目指すJリーグ中継を支えている。
JリーグはNTTの支援を受け、膨大な試合映像やデータを“風呂敷”で包むように一元管理して容易に持ち運び(編集・配信)できる「Jリーグふろしき」の構築を始めている。この一環としてJリーグ中継も人工知能(AI)や第5世代通信(5G)を用いたデジタル変革が期待できそうだ。
AIによる自動撮影は既に始まっている。NTTぷらら(東京都豊島区)は18年に、日本フットボールリーグ(JFL)のFC今治対奈良クラブの試合をAI搭載型の自動撮影カメラで撮影し、NTTぷららのユーチューブ公式アカウントにインターネット配信した。同カメラは選手やボールの位置を自動認識しながら撮影できる。Jリーグは「公式試合のほか、Jリーグの育成年代の試合への活用なども視野に実施準備を始める」という。
AIが複数の映像の中から最適な映像に切り替える自動スイッチングも開発中だ。Jリーグふろしきに集まった試合のデジタルデータをAIが解析し、ハイライト動画や個別選手に特化した動画を自動で制作することも予定している。
5Gを活用した動きも加速している。その一つが仮想現実(VR)映像の作成だ。VRヘッドセットをかぶって観戦すれば、フィールドを俯瞰(ふかん)する視点、ゴール裏など自分が好きな映像を選んで、あたかもスタジアムのピッチサイドで観戦しているような臨場感を得られるサービスが実現する。
スタジアムから離れた場所での中継映像制作も5Gで可能になる。AIが自動撮影した試合映像を5Gで遠隔地にある映像制作拠点に伝送し、AIが編集したJリーグ中継をVRで見る日もそう遠くはなさそうだ。
汗だくでつなぐ 製作→伝送→配信
7月31日に開かれたJ2の栃木SC対東京ヴェルディ戦。試合開始6時間前の13時過ぎ、栃木県グリーンスタジアム(宇都宮市)の気温は35度C。炎天下の中、映像専用回線中継端子盤のそばで汗だくになりながら光ファイバーケーブルを敷設する上野通信工業(同)ブロードバンド事業部の荒山雄太さんの姿があった。目指す先は端子盤から約200メートル離れた駐車場に駐まるNTTコミュニケーションズ(NTTコム)の伝送車だ。「来場客が通る場所は特に注意して敷設しています」と荒山さんは話す。
ワゴンタイプの伝送車の隣にはJリーグプロダクション(東京都港区)の中継車がある。スタジアムのTVカメラが撮影した試合映像を基に中継車内でコンピューターグラフィックス(CG)や解説音声を挿入した放送用映像を作成し、デジタル信号化。この信号を伝送車が受け取り、光ケーブルでつながる中継端子盤経由で専用回線によりDAZNの配信サーバーに届ける。同サーバーからインターネットで視聴者の端末にJリーグ中継が届く仕組みだ。
14時半過ぎ、光ケーブルを敷き終えた荒山さんは伝送車内にあるエンコーダー(映像変換器)4台の設定に着手した。エンコーダーは中継車から受け取った放送用映像のデジタル信号を光回線で伝送できるように変換圧縮する装置。CGや解説音声が入った放送用映像とスポーツニュースなどで使うCGなしの映像、それぞれのバックアップ映像という計四つの映像を伝送するため、エンコーダーも4台ある。
モニター画面できちんと映像が送られているかをチェックすると荒山さんの業務は一段落だが、試合中もモニターで映像を確認。試合後も監督・選手のインタビューやニュース用の素材映像の配信を終えた後で撤収作業に入る。Jリーグ中継は約2時間だが、NTTコムの映像伝送業務は1日がかりだ。
ただ、2018年からタブレット端末で各スタジアムの作業状況が一目でわかる「RAI」を導入。作業員が現場で作業項目を一つ終えるたびにタブレット端末の画面にチェックを入れるだけで遠隔地でも進捗(しんちょく)状況を把握できる。NTTコムの戸田肇テレビジョン中継サービスグループ統括部長は「電話で逐一報告していた従来に比べ、報告作業が楽になった」と話す。
スタジアムで試合を撮影するTVカメラはJ1で12台、J2で5台、J3で4台ある。撮影された試合映像はスタジアム脇の関係者駐車場に駐めた中継車に送られる。スイッチャーと呼ばれる担当者が、中継車内部のモニターに映し出されたTVカメラの映像から最適な映像に随時切り替える。ファウルやシュートがあるたびにオペレーターが該当シーンを巻き戻し、ディレクターの指示に従って撮影したリプレー映像を順番に放映していく。Jリーグプロダクションの松田誠之プロデューサーは「主役である得点者のリアクションを中心にゴールシーンをしっかり見せるよう心がけている」と明かす。
撮影内容を明確化
17年にDAZNがJリーグ中継の放映を始めて以降、映像制作や著作権管理はJリーグが担当するようになり映像制作も大きく見直された。その一つに公式映像マニュアルがある。マニュアルでは映像制作を委託された地方のTV局によってバラバラだった時間ごとの撮影内容を明確化。試合のほか、選手のバス降り、監督の試合前インタビュー、試合後の記者会見まで決められた順番で撮影することを義務付けた。得点や試合時間を表記するCGも統一。各試合の撮影内容が標準化されたことで、「Jリーグの試合をパッケージ商品として海外に展開しやすくなった」(松田プロデューサー)という。
世間一般では「DAZN中継」という認識が強いが、Jリーグプロダクションが撮影した映像をNTTコムがDAZNなどのコンテンツ配信業者に伝送し、放映権を持つDAZNが自社アプリケーション(応用ソフト)などを通じて視聴者の端末に配信する。映像制作・映像伝送・映像配信それぞれを担う企業が世界トップレベルの品質を目指すJリーグ中継を支えている。
JリーグはNTTの支援を受け、膨大な試合映像やデータを“風呂敷”で包むように一元管理して容易に持ち運び(編集・配信)できる「Jリーグふろしき」の構築を始めている。この一環としてJリーグ中継も人工知能(AI)や第5世代通信(5G)を用いたデジタル変革が期待できそうだ。
AIによる自動撮影は既に始まっている。NTTぷらら(東京都豊島区)は18年に、日本フットボールリーグ(JFL)のFC今治対奈良クラブの試合をAI搭載型の自動撮影カメラで撮影し、NTTぷららのユーチューブ公式アカウントにインターネット配信した。同カメラは選手やボールの位置を自動認識しながら撮影できる。Jリーグは「公式試合のほか、Jリーグの育成年代の試合への活用なども視野に実施準備を始める」という。
AIが複数の映像の中から最適な映像に切り替える自動スイッチングも開発中だ。Jリーグふろしきに集まった試合のデジタルデータをAIが解析し、ハイライト動画や個別選手に特化した動画を自動で制作することも予定している。
5Gを活用した動きも加速している。その一つが仮想現実(VR)映像の作成だ。VRヘッドセットをかぶって観戦すれば、フィールドを俯瞰(ふかん)する視点、ゴール裏など自分が好きな映像を選んで、あたかもスタジアムのピッチサイドで観戦しているような臨場感を得られるサービスが実現する。
スタジアムから離れた場所での中継映像制作も5Gで可能になる。AIが自動撮影した試合映像を5Gで遠隔地にある映像制作拠点に伝送し、AIが編集したJリーグ中継をVRで見る日もそう遠くはなさそうだ。
日刊工業新聞2019年8月22日