夏本番なのに「冷たい炭酸」危機?液炭・ドライアイスの需給不安膨らむ
設備の老朽化で稼働率低下、原料調達厳しく
夏本番となり液化炭酸ガスやドライアイスの需要期を迎えた。液炭は石油精製やアンモニア製造工程の副生ガスとして発生する二酸化炭素(CO2)を原料とするが、近年、老朽化による設備トラブルや製油所の稼働率減少で需給逼迫(ひっぱく)が慢性化している。今年は特に西日本を中心に4月から顕著になっており、液炭を一番多く使用する溶接や飲料用の影響が懸念されている。コスト高などを嫌気する需要家からは、早期解消を望む声が多い。
近年の液炭とドライアイスの需要動向は、液炭が年間約80万トン、ドライアイスが同35万トン弱と横ばいで推移する。一方、液炭製品を取り巻く環境は、製油所、アンモニアプラントの統廃合や再編などの影響で調達先が減少し、原料のCO2が不足している。
関西では主に大阪府内の製油所や化学会社など3カ所から原料のCO2を調達している。液炭会社の中には夏の需要期に備え、液炭の貯蔵タンクを満杯にし、在庫を抱え込む動きもみられる。
しかし、2019年は西日本地域で調達先の製油所の定期点検・修理補修により稼働率が低下。加えて、化学プラントの液炭供給ラインのトラブルなどが7月まで続いた。このため、大阪ガス子会社の大阪ガスリキッド(大阪市中央区)は「原料調達が例年に比べて厳しく、十分に確保できなかった」という。
大阪市内で自動車部品加工を手がける中小企業関係者は「溶接で液炭を使うが、2年間で2度、値上げ幅が各10―15%に達することがあった」と明かす。生産コスト上昇への懸念に加え、今夏は供給不足から仕事が滞ることを恐れている。
他の液炭各社も調達先の突発的なトラブルが相次ぎ、5月には調達のプラントの一つが20日間も停止する事態に直面した。ただ「液炭不足で顧客の工場稼働を止めるわけにはいかない」(液炭企業関係者)と、ドライアイスの出荷を抑えて液炭に振り向ける動きがある。また、全国展開する液炭会社の中には、他地域の製造拠点や他社から液炭を調達した企業もある。
それでも対応できない場合は分割納品や納期延期で対応した。大阪府内の液炭2次卸売会社は「急きょ関東の液炭会社から調達した」が、結果として物流コストがかさんだ。
19年は西日本で液炭の供給懸念が目立ったが、18年は関東で化学プラントの大規模な生産停止があり、液炭の供給不足の影響は今年以上に及んだ。製油所やアンモニア生産設備の減少や老朽化に伴うトラブル、海外移転など、液炭の需給環境は不安定な状況が続く恐れがある。
こうした状況下で液炭各社は対応を急ぐ。設備の歩留まり改善や新規調達先の開拓など、各地で液炭設備を増強している。大陽日酸グループの日本液炭(東京都港区)は15年に三菱化学水島事業所(岡山県倉敷市)で発生するCO2を活用し、液炭設備を新設した。愛知県内にも液炭の生産・貯蔵設備を増設し、中日本から東日本にかけた安定供給体制を整えた。
昭和電工は大分石油化学コンビナート(大分市)内で十数億円を投じ、年産1万5000トンの液炭製造設備を新設。4月に液炭の生産・出荷を始めた。
ドライアイスシェアトップのエア・ウォーター(AW)子会社のエア・ウォーター炭酸(東京都港区)は、北海道室蘭市や千葉県市原市など全国計6カ所の製造拠点で事業を展開する。
AWの白井清司社長は「当社の強みはこの数年で全国に拠点を確立したこと。需給が逼迫するが大きなトラブルがない限り安定供給を維持できる」と強調。液炭で月産計7万6250トン、ドライアイスで日産計790トンの生産能力をフル稼働する。さらにドライアイスのプレス機を増設し、順次設備能力を高めていく考え。貯蔵タンクの増設も検討する。
とはいえ、液炭各社は調達先の開拓に不安を抱え、長期安定供給の道のりははっきりしない。有力調達先の国内石油会社は元売り最大手のJXTGエネルギーが室蘭製造所(北海道室蘭市)の化学品生産を停止。さらに大阪製油所(大阪府高石市)を20年10月めどに停止し、千葉製油所(千葉県市原市)に移管するなど、今後も業界再編で液炭の主要な調達先の製油所は減少傾向にある。
液炭卸会社は「既存の製油所や化学プラントなどで排出されたままで利用できる可能性のあるCO2を探すしかない」(関係者)と手探りを続けており、岩谷産業でも「数年前から(活用できるプラントを)探している」(服部栄一郎ケミカルガス部長)という。
液炭は液化天然ガス(LNG)に比べて使用量が少なく、専用タンカーもない。コストが合わず、輸入していない。ただ、ドライアイスの輸入は可能で、岩谷産業は「6月に韓国から始めた」という。韓国でも需要が増え、ドライアイスが思うように手に入れられず、中国産ドライアイスの輸入を検討している。
このような中で、大阪ガスリキッドが新潟県長岡市で21年4月に稼働予定の液炭とドライアイスの製造設備は、国際石油開発帝石(INPEX)が天然ガスを都市ガスへ精製する過程で取り除くCO2を利用する。液炭とドライアイスの製造能力は1日当たり計150トンを計画する。天然ガスを都市ガスへ精製する過程で液炭を製造するという、新たな取り組みとして注目される。
ただ、同じ方法で精製できるプラントが国内にほぼなく、横展開は限定的とみられる。当面は自前で液炭やドライアイスを確保できる予定のAWも5―10年先は見通せないという。
一方、液炭の原料となるCO2は世の中に多く存在する。地域の木質バイオマスを活用したガス化コージェネレーション設備から排出されるCO2の何割かを活用し、液炭を製造し自給自足することも想定される。
しかし、需給バランスを維持し、設備投資に見合う費用対効果が見込めるかという大きな障壁があり、現実的ではない。実現には、さらなる技術開発が必要になる。
(取材・香西貴之)
西日本で顕著
近年の液炭とドライアイスの需要動向は、液炭が年間約80万トン、ドライアイスが同35万トン弱と横ばいで推移する。一方、液炭製品を取り巻く環境は、製油所、アンモニアプラントの統廃合や再編などの影響で調達先が減少し、原料のCO2が不足している。
関西では主に大阪府内の製油所や化学会社など3カ所から原料のCO2を調達している。液炭会社の中には夏の需要期に備え、液炭の貯蔵タンクを満杯にし、在庫を抱え込む動きもみられる。
しかし、2019年は西日本地域で調達先の製油所の定期点検・修理補修により稼働率が低下。加えて、化学プラントの液炭供給ラインのトラブルなどが7月まで続いた。このため、大阪ガス子会社の大阪ガスリキッド(大阪市中央区)は「原料調達が例年に比べて厳しく、十分に確保できなかった」という。
溶接で使用、コスト上昇懸念
大阪市内で自動車部品加工を手がける中小企業関係者は「溶接で液炭を使うが、2年間で2度、値上げ幅が各10―15%に達することがあった」と明かす。生産コスト上昇への懸念に加え、今夏は供給不足から仕事が滞ることを恐れている。
他の液炭各社も調達先の突発的なトラブルが相次ぎ、5月には調達のプラントの一つが20日間も停止する事態に直面した。ただ「液炭不足で顧客の工場稼働を止めるわけにはいかない」(液炭企業関係者)と、ドライアイスの出荷を抑えて液炭に振り向ける動きがある。また、全国展開する液炭会社の中には、他地域の製造拠点や他社から液炭を調達した企業もある。
それでも対応できない場合は分割納品や納期延期で対応した。大阪府内の液炭2次卸売会社は「急きょ関東の液炭会社から調達した」が、結果として物流コストがかさんだ。
19年は西日本で液炭の供給懸念が目立ったが、18年は関東で化学プラントの大規模な生産停止があり、液炭の供給不足の影響は今年以上に及んだ。製油所やアンモニア生産設備の減少や老朽化に伴うトラブル、海外移転など、液炭の需給環境は不安定な状況が続く恐れがある。
各地で増産急ぐ
こうした状況下で液炭各社は対応を急ぐ。設備の歩留まり改善や新規調達先の開拓など、各地で液炭設備を増強している。大陽日酸グループの日本液炭(東京都港区)は15年に三菱化学水島事業所(岡山県倉敷市)で発生するCO2を活用し、液炭設備を新設した。愛知県内にも液炭の生産・貯蔵設備を増設し、中日本から東日本にかけた安定供給体制を整えた。
昭和電工は大分石油化学コンビナート(大分市)内で十数億円を投じ、年産1万5000トンの液炭製造設備を新設。4月に液炭の生産・出荷を始めた。
ドライアイスシェアトップのエア・ウォーター(AW)子会社のエア・ウォーター炭酸(東京都港区)は、北海道室蘭市や千葉県市原市など全国計6カ所の製造拠点で事業を展開する。
AWの白井清司社長は「当社の強みはこの数年で全国に拠点を確立したこと。需給が逼迫するが大きなトラブルがない限り安定供給を維持できる」と強調。液炭で月産計7万6250トン、ドライアイスで日産計790トンの生産能力をフル稼働する。さらにドライアイスのプレス機を増設し、順次設備能力を高めていく考え。貯蔵タンクの増設も検討する。
長期安定の道探る、“捨てたまま”CO2活用
とはいえ、液炭各社は調達先の開拓に不安を抱え、長期安定供給の道のりははっきりしない。有力調達先の国内石油会社は元売り最大手のJXTGエネルギーが室蘭製造所(北海道室蘭市)の化学品生産を停止。さらに大阪製油所(大阪府高石市)を20年10月めどに停止し、千葉製油所(千葉県市原市)に移管するなど、今後も業界再編で液炭の主要な調達先の製油所は減少傾向にある。
液炭卸会社は「既存の製油所や化学プラントなどで排出されたままで利用できる可能性のあるCO2を探すしかない」(関係者)と手探りを続けており、岩谷産業でも「数年前から(活用できるプラントを)探している」(服部栄一郎ケミカルガス部長)という。
液炭は液化天然ガス(LNG)に比べて使用量が少なく、専用タンカーもない。コストが合わず、輸入していない。ただ、ドライアイスの輸入は可能で、岩谷産業は「6月に韓国から始めた」という。韓国でも需要が増え、ドライアイスが思うように手に入れられず、中国産ドライアイスの輸入を検討している。
このような中で、大阪ガスリキッドが新潟県長岡市で21年4月に稼働予定の液炭とドライアイスの製造設備は、国際石油開発帝石(INPEX)が天然ガスを都市ガスへ精製する過程で取り除くCO2を利用する。液炭とドライアイスの製造能力は1日当たり計150トンを計画する。天然ガスを都市ガスへ精製する過程で液炭を製造するという、新たな取り組みとして注目される。
ただ、同じ方法で精製できるプラントが国内にほぼなく、横展開は限定的とみられる。当面は自前で液炭やドライアイスを確保できる予定のAWも5―10年先は見通せないという。
一方、液炭の原料となるCO2は世の中に多く存在する。地域の木質バイオマスを活用したガス化コージェネレーション設備から排出されるCO2の何割かを活用し、液炭を製造し自給自足することも想定される。
しかし、需給バランスを維持し、設備投資に見合う費用対効果が見込めるかという大きな障壁があり、現実的ではない。実現には、さらなる技術開発が必要になる。
【液化炭酸ガス(液炭)】ビールなど炭酸飲料の発泡剤、固体のドライアイスによる冷凍食材の冷却など身近な生活用途の需要が多い産業ガス。液炭の年間需要量は約80万トンで、販売量の約半分はアーク溶接用が占める。続いて飲料、冷却用が多い。植物の光合成に欠かせないため、農業用ハウスの栽培促進用にも重宝されている。またスーパー銭湯が増える中、炭酸ガスを水に溶かし、炭酸水を使う美容・健康分野でも需要が伸びている。
(取材・香西貴之)
日刊工業新聞2019年8月14日