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産業ガスの大陽日酸、欧米各社が寡占する欧州市場の参入に勝機はあるか

国内市場は頭打ち
産業ガスの大陽日酸、欧米各社が寡占する欧州市場の参入に勝機はあるか

世界3極で産業ガスの生産・供給網を構築(千葉サンソセンター)

 産業ガス国内最大手の大陽日酸は、欧州市場に参入を果たす。11月をめどに、同業の米プラクスエアが欧州12カ国で展開する産業ガスや炭酸ガス、ヘリウム事業の一部を買収。取得額は50億ユーロ(約6400億円)と、大陽日酸の買収案件としては過去最高額を更新した。日本・アジアと北米、欧州の3極で生産・供給網を構築し、コーポレートスローガンの“ザ・ガス・プロフェッショナルズ”を体現する。

 プラクスエアは産業ガスで世界3位。2017年6月に、同2位の独リンデとの経営統合に合意した。しかし事業規模が巨大なことから独禁法に抵触する地域が多く、欧州では欧州委員会が事業の一部譲渡を求めていた。これに対し、大陽日酸の市原裕史郎社長はかねて「知識も経験もある領域で、経営する自信もある」と明言。買収に名乗りを上げる意向を示していた。

 大陽日酸にとって、欧州市場は特別だ。競合する欧米各社の寡占状態にある中で、世界1位の仏エア・リキードや独リンデなど欧州勢のお膝元。プラクスエアと米エア・プロダクツの米国勢を加えた“海外メジャー”と地元の鉄鋼や化学などの老舗企業とは、歴史的な結びつきも強い。日本最大手といえども、アジアの企業が簡単に手を出せる領域ではない。

 それが買収による欧州進出によって、世界の産業ガス市場における「TAIYO NIPPON SANSO」の存在感は一気に高まる。なぜなら今回の買収対象がいずれも、プラクスエアが工場や販売網、顧客基盤を構築済みの“優良物件”だからだ。高い収益性も確約されており、大陽日酸にしてみれば「まさに時間を買うM&A(合併・買収)」(市原社長)の好機だった。

 そもそも日本国内の産業ガス市場は、急速に進んだ製造業各社の海外移転の影響を受け頭打ちが続く。当然、今後の大きな成長は見込めない。このため大陽日酸はアジアや米国での合弁設立やM&Aを進め、新たな収益の柱に育ててきた。主な対象は空気分離装置(ASU)のような生産設備を構える同業と、各種ガスを仕入れて充填・供給する販売会社だ。

 その成果は大きい。19年3月期の業績予想では、国内ガス事業の売上高3600億円に対し、米国とアジア・オセアニアを足した海外ガス事業は2820億円と迫る。16年には米エアガスとの統合を決めたエア・リキードから米国の一部事業を買収し、一気に規模を拡大した。米国と同程度とされる欧州事業が加われば、海外ガス事業は国内を上回る大きさになる。

 買収した企業のテコ入れにも力を注ぐ。4月には豪州東部と南部の同業2社を統合し、豪州全域での事業展開を加速。主力のLPガスのほか、各種ガスでもシドニーやメルボルンなど主な需要地で一元的な営業・販売体制を敷いた。

 また約10億円を投じ、ドライアイスの生産能力を増強。グループの経営資源を集約し、現中計が終わる20年度まで年7%の事業成長を狙う。

 

インタビュー/大陽日酸社長・市原裕史郎氏


 ―戦略市場に据える北米を避け、欧州参入を優先しました。独禁法の壁があったのでしょうか。
 「北米では16年にエア・リキードの一部事業を買収し、大きなシェアを手に入れた。このため“フリーハンド”では動きにくく、18年の春ごろに制限を受けない欧州に狙いを定めると決めた。対象となる12カ国の事業は、大陽日酸の米国事業と同規模の売上高と高い利益率を誇る。売上高1兆円という長期目標を早期に達成するためにも、有効な手段だと判断した」

 ―これでアジアと米国、欧州の3極に強固な事業基盤が整います。
 「北米では中規模の販売会社を買収して市場を押さえ、最終的に自社プラントを設けてシェアを広げる戦略で臨む。ここにきて、鉄鋼など大口ユーザーの足元に進出するオンサイトの受注も伸びてきた。50年以上の技術や知見が米国でも花開いた感触で、これを欧州にも展開したい。半導体用ガスやネット通販向けが好調なドライアイスでも、3極の相乗効果を引き出せる」

 ―買収案件としては過去最高の50億ユーロを投じました。
 「EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の12・5倍の水準で、内容を考えれば決して高額ではない。これまで存在感を示せずにいた地域で、一気に高いポジションを獲得する意味は大きい。現中計で掲げる『グローバル化』にも弾みが付く。世界規模での業界再編はひとまず収束しそうだが、もう一段のグローバル化に向けさらなるM&Aを検討する」

 ―欧州事業の買収によって、大陽日酸の世界シェアは約6%から11%に高まります。
 「この数字は、世界3位のエア・プロダクツに肩を並べるということでもある。まずは欧州事業をしっかり継承した上で、各地域の実情に合わせて足元のプランを上回る果実を生み出していく。さらに現中計で進める構造改革やイノベーションの効果を組み合わせ、売上高1兆円を射程に捉える。世界3位という新たな姿にも、確実に近付くはずだ」

大陽日酸社長・市原裕史郎氏

(文=堀田創平)
日刊工業新聞2018年8月29日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
大陽日酸の世界シェアは現時点で約6%とみられ、世界5位につける。プラクスエアに対する今回の買収が完了すれば、これまで無名に近かった欧州での競争力は確実に底上げされる。それでも合計で約80%の世界シェアを誇る欧米3社には及ばないが、その名を知らしめるには十分。全世界で高品質なガスを生産・供給するグローバルカンパニーを志向する。

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