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DJIが構築したクレイジーなロボコンエコシステムの中身

DJIが主催、「RoboMaster」現地レポート(3)
DJIが構築したクレイジーなロボコンエコシステムの中身

優勝した東北大学

 DJIが主催するロボットコンテスト「RoboMaster」は11日、中国・東北大学の優勝で幕を下ろした。ベスト16に残った大学はいずれも技術的な差はほぼなかった。その中で東北大学は空中ロボ(ドローン)の射撃精度が頭一つ抜けていた。この差が戦略を大きく変え、ゲームを支配した。東北大学は決して資金力のあるチームではなかった。ドローンの可能性に賭け、世界大会の頂点に立った。

 RoboMaster2019は世界から173大学・約7000人の大学生らが参加した。大会を通して技術者の卵を育て、彼らのネットワークを築く目的がある。競技自体はタワーディフェンスゲームをロボットで具体化したような内容だ。各チームは歩兵ロボや哨兵ロボ、ドローンなどの5種類7台のロボットを操作して、相手の基地を攻める。個々の機体性能を加味した連携技や戦略が求められるためゲーム性は高い。子供が観て楽しめるゲームとして競技を設計しているのは、技術者はかっこよく、面白い職業だと広めるためだ。DJIはドローンで稼ぎ、それを技術者のコミュニティーを育てるために投資している。(取材・小寺貴之)

ドローンの射撃性能に差


 東北大学は歩兵ロボや哨兵ロボなど5種類すべてのロボットを高いレベルに仕上げた。弾丸の補給や盾役をになう工兵ロボの機動力は高く、歩兵ロボの射撃性能も安定していた。だがベスト16以上に残った大学は、いずれの機体もほぼ同等のレベルに仕上げている。差がついたのはドローンの射撃性能だった。

 ドローンは弾丸を撃つたびに反動で機体が揺れる。走り回る敵機を追いかけて照準を動かせば、機体が3次元に揺れ、撃てば撃つほど姿勢が崩れてしまう。これを防ぐにはカメラや砲塔をジンバル機構で安定化させ、その上で機体自体も同じ場所に踏み留まらないといけない。RoboMasterはロボット同士で撃ち合うゲームにもかかわらず、撃つという行為に最も向かない機体がドローンだった。

 だが仮にドローンからの射撃が安定すると、地上のロボにとっては、防ぐことができない攻撃になる。フィールドの起伏は、地上ロボの射線を遮るのに十分な高さがあるが、上空からの射撃には無防備になる造りになっている。そこで多くのチームがシャワーのように弾幕を張るためにドローンを利用した。命中率は数%でも数を撃てば相手のHPを削ることができる。

決勝戦開幕 上海交通大学vs東北大学

 東北大学も空中射撃のポテンシャルに賭けた1チームだった。だが対象は敵の基地を選んだ。基地は動かないため、連射しながら照準を微調整できる。さらに一度弾を撃ち出したら、放水するように全弾を撃ち尽くす。射撃の反力を一定に保てば、反力込みで姿勢を安定化させられる。これで高い命中精度を実現した。

 19年大会はゲーム開始時に基地はバリアーで守られている設定だ。側面からのダメージは通らず、基地のてっぺんはダメージ判定があるものの、半減する仕様になっている。ドローンの弾は1発10点。基地のHPは2000あるため400発命中させないと倒せない計算になる。

 バリアーを解除するには、基地を守る哨兵ロボを倒す必要があった。哨兵ロボはレール上を動く完全自動制御のロボットだ。基地を囲うようにレールが配置され、そこを行ったり来たりしながら、敵機を認識したら自動応戦するようプログラムを組む。守りの要にもなるが、格好の的にもなる。ほぼすべてのチームが哨兵ロボを倒してバリアーを解除し、基地を囲んで集中砲火する戦略をとった。

 東北大学のドローンは哨兵撃破が要らない。攻撃力2倍のギミックを発動させると1回のドローンの放水で相手の基地を倒しきることができる。約200発を精密に相手基地のてっぺんに当て続けることができたためだ。相手は防ぐことができない。結果、攻撃力2倍のギミック発動が、そのまま勝利宣言になった。ギミック発動で会場全体が沸き、ドローンが飛び立つと勝利へのカウントダウンが始まった。上海交通大学との決勝戦の下馬評も91%が東北大学に入れるほど圧倒的な差がつくほどだった。DJIの包玉奇RoboMasterテクニカルディレクターは「いずれのチームもロボット技術には差がない。東北大学は射撃精度の違いだけでゲームの戦略を大きく変えた」と指摘する。

優勝した東北大学の陣地とロボ

 東北大学は参加チームの中では、資金的に恵まれたチームではなかった。全員で約40人。開発資金は大学からの20万元(約300万円)で運営した。RoboMasterの参加チームの予算は5万元から60万元(約50万-900万円)だそうだ。機体に使うパーツはDJIがほぼ原価で提供してくれるが、5種7台のロボットを開発するにはお金がかかる。企業スポンサーも探して、獲得したが、チームTシャツを提供してもらう程度に留まった。

 資金的な余裕はないが、知恵は出せる。大学に攻撃力アップのギミックや基地の模型を作り、射撃練習を重ねた。ドローンの操縦者でリーダーの王法祺(正しくはネに其)大学院生は「練習場所の環境は劣悪だった。昼間は暑すぎて夜は寒すぎる。朝10時には38-39度近くなる」と振り返る。早朝と夕方に練習を重ねた。それでも「蚊が多く、耐える日々だった。優勝に向けてチームが一つになれたからここまでこれた」と説明する。

光った技術的な工夫


 技術的な工夫も光った。ドローンは一度全弾を撃ち尽くすと、それだけで機構が消耗する。3Dプリンターでジンバル機構を作り、消耗部品も製作した。インターバルの合間に簡単に交換できるよう設計してある。包玉奇テクニカルディレクターは「以前はロボットは壊れると、もう競技に参加できなかった。消耗を前提にして、3Dプリンターで安定したメンテの仕組みを作った功績は大きい」と評価する。

 RoboMasterはロボットと学生にフォーカスして、技術者コミュニティーを活性化させる。だがDJIは営利企業だ。巨大な大会を開き、人材育成に投資して、回収できるのか疑問符がつく。実際に優勝者を交えた大会総括会見では、東北大学への質問は少なく、DJIに経営合理性を問う質問が相次いだ。DJIはRoboMasterのために100人規模の技術者を配置している。全国の大学を技術的に支援し、機体の設計やチームマネジメントをサポートしている。忙しい大会期間中は営業や総務部門も動員して200-300人がRoboMasterの運営に当たる。この2-3倍のボランティアに支えられているという。15年からの累積投資額は3億元(約45億円)。さらに大会と同時に高校生向けに3週間の開発合宿を提供している。100人の高校生を世界から集めて、食費以外はすべてDJIらが負担する。

 RoboMasterの成果物としては、ようやく市販用の歩兵ロボ「S1」が製品化された。開発に2年かけて、ハードウエアやプログラミング教育ためのソフト環境を整えた。学校のプログラミング教材に採用されるために、政府と一緒にカリキュラムを検討中だ。ただ、中国のロボット教材市場は群雄割拠の状態にある。RoboMasterは商業的な成功は二の次で、人材への投資を優先させている。約7000人の参加学生は卒業すると、約5割がロボットやコンピューターサイエンスの研究者を志望し、3割が企業の技術者、2割がベンチャーを興すという。「企業やベンチャーで成功すると、次はRoboMasterを支える側の人間として戻ってくる」(包玉奇テクニカルディレクター)。

 ロボットで稼ぎ、ロボットコミュニティーに投資する。モチベーションも取り組みもシンプルだ。だが規模が違う。極めてユニークなエコシステム(産業や人材の生態系)ができている。

DJIが主催・ロボコン「RoboMaster」現地レポート


【01】歩兵ロボやドローンで戦う、中国・深圳で開催中のロボコンに学ぶべきコト(2019年8月10日配信)
【02】中国・深圳で開催中のロボコンに見る、ロボットを身近にするエンタメ力(8月11日配信)
【03】中国のロボコンが構築したユニークなエコシステムの中身(8月12日配信)
ニュースイッチオリジナル
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 日本が作りたかったコミュニティーやエコシステムがここにあります。日本はロボコンが、ロボットが好きな人のための身内イベントになってしまいました。人間はロボット好きとして生まれてくる訳ではありません。アニメや漫画、ゲームなどの、他の産業の誰かが、子供をロボット好きにしていて、その恩恵の上でコンテストを維持しています。やはりコンテストは子供の心に刺さり、大人が熱中するよう設計しないといけません。両立が難しいのですが、でないとファンの再生産すらできません。  DJIに入社してRoboMasterのチームには入れば、コンテストのためにロボットやフィールドを作って遊んで、面白いか検証して普及させる。その中でRoboMasterのための技術は論文にもなるでしょうし、論文なんか書かなくてもどんどん実装されていきます。この仕事に45億円使えるのでしょうか。ロボット技術者にとって天国のようだと思います。 RoboMasterは企業経営の視点で見ると、かなりクレイジーに見えます。ですがDJIは非上場のプライベートカンパニーなので、自分たちが大切にしていることに愚直に投資できます。ロボットで稼いでロボットのコミュニティーに投資する。これを世界規模で展開する。合理的に見えないからこそ、産業的にも社会的にも唯一無二のポジションを取れることがあります。いまはクレイジーに見えてしまう人材投資の先には何があるのか。かなり面白いです。

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