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これが会社?本社を移転する企業たち、「働く」の概念変える

これが会社?本社を移転する企業たち、「働く」の概念変える

東急不動産が本社を移す「渋谷ソラスタ」。共用ラウンジはテナントが自由に使える

社内に新風を吹き込む―。働き方改革、業務効率化、イノベーション創出などさまざまな効果を狙い、各社が本社移転計画を進めている。テレワークやフリーアドレス制の導入など働き方改革を推進したくても、既存の体制では対応が難しく、なかなか踏み切れないケースもある。本社移転は多大なコストがかかり、何度も行われるものではない。社内の仕組みを一変できる本社移転は、改革を進める上で逃してはならない絶好の機会だ。

随所に“理想”表現


 東急不動産は8月14日から、旧本社など4棟を一体で建て替えたオフィスビル「渋谷ソラスタ」(東京都渋谷区)に本社を移す。屋上にテナントも利用できる共用ラウンジや庭園などを設けたほか、各フロアには仕事の合間に新鮮な空気に触れることができるテラスも整備した。多様化する働き方の実現に向け、デベロッパーとして提案する“理想のオフィス”のタネを詰め込んだ。

 同社だけではなく、最先端ビルに本社やオフィスを移転する入居企業もさまざまな恩恵を受けられる。渋谷ソラスタはIoT(モノのインターネット)技術でソフト面でも差別化を図った。センサーや設備機器をネットに接続し、スマートフォンでの空調制御や共用設備の状況を確認できる仕組みを整えた。フリーアドレス制の導入に合わせ、在席の有無を把握する機能も搭載する。移動や待ち時間に感じるストレスや無駄を軽減し、生産性の向上につながる。

 同社は7月から新しい服装規定も試行している。シャツの裾を出すことやスニーカーに合わせてくるぶし丈の靴下も認めた。「上司の印象が変わり、距離感が縮まった」「はじめは抵抗があったが、社外からも好評。着こなしを楽しみたい」と反応は上々だ。通年での実施も視野に同社は新本社とともに「日本一おしゃれなデベロッパーを目指す」。

拠点に縛られない


 東急不動産が東京・竹芝地区で建設中のオフィスビルには、ソフトバンクグループ(SBG)とソフトバンクが2020年度下期に本社を移転する。SBGとソフトバンクも移転を機に働き方改革を加速する。新オフィスはシェアオフィス大手のウィーワークがデザインを担当し、部署をまたいでオープンイノベーションを創出できるようにする。19年内にも国内30カ所に増えるウィーワークの拠点も活用し、場所や空間、コミュニティーに縛られない働き方を取り入れる。

 移転後はビル内外に設置したカメラやセンサーから温度や湿度、人流データを収集してリアルタイム解析も行う。この情報を基にトイレや飲食店の空き状況を見える化する。 

 ビル入り口周辺の混雑を予測し、社員に最適な通勤時間を提案できるようにする。ソフトバンクと東急不動産はスマートビルの構築に加え、第5世代通信(5G)や飛行ロボット(ドローン)など最先端技術を活用した検証も行い、竹芝地区をスマートシティー(次世代環境都市)のモデルケースにする。検証を行いたい企業も募集する。

 京浜急行電鉄は本社移転によってグループ力を高める。みなとみらい21地区(横浜市西区)の新本社ビル「京急グループ本社」に9月17日から順次移り、グループ会社11社と約1200人の社員を集約して業務効率化を図る。

 東京都と神奈川県に点在するグループ会社を集約することで、会議などによる移動で発生する時間ロスを軽減。新本社ビルでは会議室を増設し、グループ会社間の連携を一層深める。18年9月に導入した時間差勤務では7時半から13時半まで30分ごとに出社時間を選べるようにしており、今後も継続する。テレワークなどの導入も検討する。
ソフトバンクの新オフィスのデザインはウィーワークが担当

社員の健康増進


 生命保険業界でも働き方改革が進みそうだ。住友生命保険は22年度に東京本社機能を移転する。18年度に始動した働き方改革プロジェクトを本社移転までに深化させていく方針だ。18年に健康増進型保険「Vitality」を発売。顧客だけではなく販売側職員の健康増進も必要として、取り組みを進めている。

 すでにスニーカー通勤は浸透し、子どもを送り迎えする女性職員らに好評という。「テレワークチャレンジ」と称し、役員から順次在宅勤務を体験する取り組みも展開。働く場所の柔軟性を高める基盤をつくる。

 20年に本社を移転する朝日生命保険も移転を機にフリーアドレス制の導入など新たなワークスタイルを構想する。これまでもさまざまな取り組みを進めており、7月には時間単位の年次休暇の取得制度を導入。朝のラッシュ時間を避け、通勤するといった利用例がある。今後のフレックス制度の導入に向けた準備の側面もある。

ラボ併設で産学官連携


 「会社も本気。全社員が向かうべきベクトルを示したかった」。JX金属の村山誠一社長は本社移転を決めた理由をこう明かす。同社は20年6月をめどに本社を「オークラプレステージタワー」(東京都港区)に移転する。

 村山社長は6月に社長就任後、成長分野と位置付ける事業戦略を盛り込んだ「2040年JX金属グループ長期ビジョン」を発表。旗印に掲げたのは“技術立脚型企業”への転身だ。

 この観点から、新しいオフィス空間では競争に勝ち抜ける体制づくりをスピードを上げて進める。製造や研究開発を高度化させるため、スタートアップ企業や産学官などとの連携拠点となる「ラボ併設型ショールーム」を設置。オープンイノベーション推進や協業拡大につながるオフィス空間を創造する。

 日本航空電子工業は本社移転に伴い、1日に本社ロビーに展示・協創スペース「コネクティング・プラス」を開設した。名称には同社のコネクターなど「つなぐ技術」と顧客の独創的なアイデアを足し合わせることで社会に新たな価値を提供するという思いを込めた。

 顧客への技術説明は、都内であれば生産拠点の昭島事業所(東京都昭島市)で応対することが多かった。展示・協創スペースの開設で、都心にあり交通の便が良い本社でも来訪した人にモノづくり技術を紹介し、事業の方向性を伝えられるようにした。

 同スペースの敷地面積は約280平方メートルで、中央にメーンの展示コーナーを設置。その奥に顧客とのコラボレーションを実践する「協創ルーム」を設けた。協創ルームにはネットワーク接続が可能な電子白板も導入し、本社、昭島事業所、各生産拠点と遠隔会議を効率的に行えるようにした。会議のための事業所間移動を削減することで業務効率化にもつなげる。
日本航空電子が1日に開設した展示スペース
日刊工業新聞2019年7月26日

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