ニュースイッチ

新幹線はどこまで速くできるのか?「時速360km」の壁に挑む

新幹線はどこまで速くできるのか?「時速360km」の壁に挑む

時速362kmを示すN700Sの車内表示板

JR東日本とJR東海が、時速360キロメートルの新幹線走行試験に取り組んでいる。JR東は時速360キロメートル営業運転に向けた試験車両「ALFA―X(アルファ・エックス)」の走行を始めた。JR東海も来夏投入する新型車両「N700S」確認試験車で時速360キロメートル試験を進める。両社は鉄道総合技術研究所(鉄道総研)とともに、切磋琢磨(せっさたくま)して日本の鉄道技術の粋“新幹線”の安全・快適・環境性能の総合力を進化させている。

「N700S」横揺れ低減・快適性向上


 JR東海は6日、終電直後の東海道新幹線・米原―京都間で「N700S」確認試験車による時速360キロメートル走行を報道公開した。

 米原駅発車から約8分後、試験車両は滋賀県近江八幡市から野洲市の約4キロメートルで40秒程度、時速360キロメートル超のスピードを持続してみせた。

 時速300キロメートルを超えたあたりから若干、揺れが強いように感じたが、不快とまでは思わない程度だ。試験後、JR東海の上野雅之執行役員新幹線鉄道事業本部副本部長は「高いポテンシャルを確認することができた」と誇らしげに振り返った。

 N700Sは量産車でグリーン車と両先頭車、パンタグラフ搭載車に、横揺れ低減効果を見込んで「フルアクティブ制振制御装置」を採用する。高速走行時の快適性は従来に比べて、より高くなる。

 N700Sの速度向上試験は米国、台湾といった海外の売り込み先にアピールするデモンストレーションの側面が強い。もちろん過酷な条件下での走行データは、開発にフィードバックするための貴重な材料にもなる。

 JR東海は「営業車仕様の車両を使った試験運転では最高速度」と訴求したが、試験時は全車両にモーターを付けて、東海道新幹線の営業運転車両に比べて出力を15%高めた。

 住宅密集地ではなく直線かつトンネルもない条件の良い区間、軌道や架線も試験用に調整した特殊な環境下での試験走行だった。

 JR東の幹部は「最高速度で走ることは、そんなに難しいことではない。営業運転することこそが難しい」と指摘する。営業時には車両や地上設備の保守体制が欠かせず、騒音低減は永遠の課題だ。

鉄道総研、大型風洞で騒音・横風対策


 東海道新幹線・米原駅近くには、日本の新幹線技術を象徴する鉄道総研の風洞技術センターが立地する。高速化を追求する開発の過程で、走行時の車両周辺における複雑な空気の流れを解明する設備が必要となった。

 JRグループは96年に70億円超を投じて、世界トップ級の低騒音性能と時速400キロメートルの風速性能を兼ね備えた大型風洞を完成させた。

 実際の走行を再現できる環境で、音の発生源や対策の評価に取り組んできた。井門敦志所長は「ここでの研究が騒音の低減や、横風への安全性に寄与してきた」と自負する。新幹線は代を重ねるごとに先頭形状やパンタグラフを改善し、騒音低減を実現してきた。

 空力音は速度の6乗から8乗に比例して拡大するとされる。「時速300キロメートルぐらいから(グラフの)傾きが変わる」(井門所長)と解説。当初はパンタグラフの低騒音化がテーマだったが、今は、ありとあらゆる対策が欠かせなくなった。

 米原風洞の敷地内には、93年に時速425kmを達成したJR東「STAR21=写真手前」、96年に同443kmを達成したJR東海「300X」といった試験車が仲良く並ぶ
              

米原風洞の敷地内には、93年に時速425kmを達成したJR東「STAR21=写真手前」、96年に同443kmを達成したJR東海「300X」といった試験車が仲良く並ぶ

 5月中旬、同センターでは、台車部分の騒音発生源を評価して車両下部にカバーを設置する対策を検討していた。時速300キロメートルを超えるあたりから、車両下部の空力音が騒音の発生源として目立ち始めるのだという。

 約55年前、東海道新幹線は開業時の時速が210キロメートル。当時は沿線の都市化が進む前で騒音への配慮は二の次とされていた。新幹線は住宅地で70デシベル以下とする騒音基準が設定されている。

 実際は達成が難しく、全新幹線で暫定値の75デシベル以下にする対策を進めてきた。「高速化しなくても風洞実験へのニーズはある。暫定基準である騒音を低減していく義務がある」(同)と話す。
米原風洞施設の秒速100m超を再現する実験環境

「ALFA-X」到達時間短縮、400km試験も


 JR東日本は5月、北海道新幹線・札幌延伸開業時に投入する新車を念頭にした試験プラットフォーム「ALFA―X」を完成し、時速360キロメートルの走行試験を始めた。

 深沢祐二社長は「到達時間の短縮は必要な要素だ。スピードアップに、しっかり取り組まなければならない」と意義を強調する。

 時速400キロメートルの高速試験も予定する。厳しい気象環境への対応や地震発生時の安全性確保など検証テーマは数ある中、騒音や振動といった環境性能の向上は最重要課題だ。

 ALFA―Xではトンネル突入時の微気圧波抑制効果を狙い、特徴的な2種類の先頭形状を持たせ、検証を進める。先頭ノーズ部を長くすれば効果は高まるが、座席数は減ってしまうため、バランスをどう取るか課題だ。このほか、すでにパンタグラフやブレーキディスクの改善といった騒音低減のターゲットも定まっている。

 高速化に関する基盤技術を磨くため、鉄道総研の果たす役割も大きい。東京国分寺市の国立(くにたち)研究所では、11月完成予定で新棟の建設が進められている。

 高速パンタグラフ試験装置や低騒音列車模型走行試験装置、高速輪軸試験装置といった各種設備を導入して研究体制を充実させていく見通しだ。

 新幹線で営業時速の最速は東北新幹線の一部で時速320キロメートル。JR東はこれを同360キロメートルに引き上げたい考えだ。

 法律で同260キロメートルと設計速度が決められた整備新幹線区間も、国や線路を保有する鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)と調整して高速化を目指す。

 整備新幹線区間は勾配のきつい北陸や九州を除き、カーブなどの路盤は時速360キロメートルにも対応するように建設されている。トンネル出入り口や高架で対策を施し、騒音・振動が抑えられた場合に、高速化は実現できる。
JR東日本の「ALFA-X」

(文=小林広幸)
日刊工業新聞2019年6月25日

編集部のおすすめ