「人が働く現場」をAIで最適化するために大切なこと
「サイバーフィジカルシステム」の構築が不可欠
人工知能(AI)技術を社会に実装するにはデータ収集と技術投資の好循環を起こす必要がある。データと現場力がともに増加していく仕組み「サイバーフィジカルシステム」の構築が不可欠だ。まずはロボットやセンサーなどを配置しやすい工場、介護施設などの限られた空間から導入が進むと期待される。これを社会に広げるには社会制度との連結がカギになる。データの取得を前提とした制度設計が求められる。(文=小寺貴之)
AIにとってデータは燃料に例えられる。データが増えるとAIの精度が上がり、サービスが向上してユーザーが増える。ユーザーが増えるとより多彩なデータが集まり、AIはさらに多様な仕事ができるようになる。この好循環が回り出すと、後発組はなかなか追いつけない。巨大IT企業はサービスで稼いだ利益をAI技術の開発や計算資源の整備に投じてきた。だが好循環を実現したのはウェブサービスに限られる。それはサイバー空間だけでデータ収集とサービス提供が完結したためだ。
多くの事業では実社会(フィジカル空間)からデータを集める必要がある。IoT(モノのインターネット)のセンサーや計測装置を配置してデータを集め、現場作業者の働き方を含めて全体を修正していく。サービスの質はデータだけではなく現場が決めるためだ。産業技術総合研究所人工知能研究センターの辻井潤一センター長は「実社会でのAI活用は製造業や介護、医療など、日本の強みが生きる」と期待する。
では、どのようなデータを集め、どこにセンサーを配置するか、どう現場の運用を修正するか。それらはすべて費用対効果に跳ね返ってくる。そこで経済産業省は産総研に「サイバーフィジカルシステム研究棟」を整備した。機械加工組立工場や半導体製造工場、コンビニエンスストアや研究室などの模擬環境を整えた。データ収集やAI処理、人と機械の協働作業を試しながら最適化できる。
従来の生産ラインの最適化と違うのは、装置稼働率だけではなく、作業者の行動や負荷をAI技術などでより多彩に計れるようになった点だ。カメラ映像から動作や姿勢、視線、ウエアラブルセンサーなどから生体情報や活動量などを推定し、中長期的に追跡する手段ができた。辻井センター長は「新研究棟で標準的なデータを集め、各現場のデータと組み合わせて再学習させればAIが使いやすくなる」と自信をのぞかせる。
人が働く現場は多様で常に変化している。優れた現場ほどよく改善され変化が速い。データやAIを駆使して最適解を見つけても、半年もたつと環境が変わってしまっていた。だが観測手段の進化で現場の変化を追跡しながら全体を最適化できるようになる。
OKIと日鉄ソリューションズ、三菱電機、産総研は人と機械の協調を研究するコンソーシアムを立ち上げた。人の能力や体調に応じて力を発揮できる環境づくりやマネジメント法を確立する。三菱電機の藤田正弘常務執行役は「人が主役のモノづくりの確立に向けて力を注ぐ」と力を込める。
工場や倉庫、コンビニなど、環境を整えられる空間からデータが豊かになる。VAAK(バーク、東京都千代田区)は万引検出AIを開発した。カメラの死角に入ってしまえば検出できないが、田中遼社長は「万引犯は慣れるとカメラがあっても万引してしまう」と同AIの効果を強調。費用対効果が見合えば投資がされ、活用方法が洗練されていく。
課題が多いのは、より環境が複雑でデータが乏しい屋外や公的な領域だ。投資が小さくセンサーが少ない。カメラを整備するとしても、プライバシーや撮影されることへの忌避感もある。
技術的な対策は進んでいる。イメージセンサーで映像を撮るとすぐにAIで処理し、識別結果のみのデータを送る。画像は残さずに、通行人の数や性別、年齢だけを報告したり、ヘルメットのかぶり忘れや路上喫煙、客引きなどの特定行為のみを検出したりできる。もちろん禁止行為の画像を送ることも可能だ。安全管理や取り締まりを効率化できる。
交通量調査や社会調査も高度化する。高齢者や車いすなどの移動弱者の移動状況や、公園の利用実態の把握が、カメラ1台で実施できるようになる。常設にすれば公的スペースの利用状況に応じて料金や予約枠を変動させたり、パトロールを市民や警察に割り振ったりと、動的な運用が可能になる。
課題はAIの再学習やデータの多用途展開だ。識別AIは状況が変化するにつれて徐々に精度が落ちていく。精度の寿命はさまざまだが、データを学習した時から環境が変われば再学習が必要になる。取り締まりなどに使うAIはデータの偏りを含めて過学習が起きると、AIの判断は公平なのか問われる。米国では犯罪予測に人種を含むデータが使われ、新しい形の差別だと社会問題になった。元の映像から識別結果へと情報をそぎ落とせばデータの用途が狭まり、過学習の検証が難しくなる。辻井センター長は「技術よりも社会的な問題が大きい」と指摘する。
データやAIを社会として、いかに運用するか。その試金石となる取り組みが始まった。東京大学と産総研、千葉県柏市が連携し、データを活用したサービス開発や地域課題の解決に挑む。柏市で三井不動産などが交通やエネルギー、健康、医療などのデータプラットフォームを構築する。産総研人間拡張研究センターの持丸正明研究センター長は「研究者が地域に出ていき、地域と一緒に技術やサービスをつくっていきたい」という。
例えば健康増進施策では、効果検証のために運動後に市民にアンケートをとれば「8割は取り組みたいと答える。実際は9割が脱落する。論文は書けても社会は変わらない」(持丸センター長)。だがセンサーなどで継続的にモニターすれば、脱落の兆候を捉えてテコ入れできる可能性がある。市民からデータをもらうことで、サービスの改善や政策の効果検証が進む。市民や制度など、社会の中に計測点を組み込むことで施策を動的に最適化できる。
好循環起こす データ収集・再学習を効率化
AIにとってデータは燃料に例えられる。データが増えるとAIの精度が上がり、サービスが向上してユーザーが増える。ユーザーが増えるとより多彩なデータが集まり、AIはさらに多様な仕事ができるようになる。この好循環が回り出すと、後発組はなかなか追いつけない。巨大IT企業はサービスで稼いだ利益をAI技術の開発や計算資源の整備に投じてきた。だが好循環を実現したのはウェブサービスに限られる。それはサイバー空間だけでデータ収集とサービス提供が完結したためだ。
多くの事業では実社会(フィジカル空間)からデータを集める必要がある。IoT(モノのインターネット)のセンサーや計測装置を配置してデータを集め、現場作業者の働き方を含めて全体を修正していく。サービスの質はデータだけではなく現場が決めるためだ。産業技術総合研究所人工知能研究センターの辻井潤一センター長は「実社会でのAI活用は製造業や介護、医療など、日本の強みが生きる」と期待する。
工場・コンビニから導入
では、どのようなデータを集め、どこにセンサーを配置するか、どう現場の運用を修正するか。それらはすべて費用対効果に跳ね返ってくる。そこで経済産業省は産総研に「サイバーフィジカルシステム研究棟」を整備した。機械加工組立工場や半導体製造工場、コンビニエンスストアや研究室などの模擬環境を整えた。データ収集やAI処理、人と機械の協働作業を試しながら最適化できる。
従来の生産ラインの最適化と違うのは、装置稼働率だけではなく、作業者の行動や負荷をAI技術などでより多彩に計れるようになった点だ。カメラ映像から動作や姿勢、視線、ウエアラブルセンサーなどから生体情報や活動量などを推定し、中長期的に追跡する手段ができた。辻井センター長は「新研究棟で標準的なデータを集め、各現場のデータと組み合わせて再学習させればAIが使いやすくなる」と自信をのぞかせる。
人が働く現場は多様で常に変化している。優れた現場ほどよく改善され変化が速い。データやAIを駆使して最適解を見つけても、半年もたつと環境が変わってしまっていた。だが観測手段の進化で現場の変化を追跡しながら全体を最適化できるようになる。
OKIと日鉄ソリューションズ、三菱電機、産総研は人と機械の協調を研究するコンソーシアムを立ち上げた。人の能力や体調に応じて力を発揮できる環境づくりやマネジメント法を確立する。三菱電機の藤田正弘常務執行役は「人が主役のモノづくりの確立に向けて力を注ぐ」と力を込める。
工場や倉庫、コンビニなど、環境を整えられる空間からデータが豊かになる。VAAK(バーク、東京都千代田区)は万引検出AIを開発した。カメラの死角に入ってしまえば検出できないが、田中遼社長は「万引犯は慣れるとカメラがあっても万引してしまう」と同AIの効果を強調。費用対効果が見合えば投資がされ、活用方法が洗練されていく。
「公共」高い壁 計測点増やし精度向上
課題が多いのは、より環境が複雑でデータが乏しい屋外や公的な領域だ。投資が小さくセンサーが少ない。カメラを整備するとしても、プライバシーや撮影されることへの忌避感もある。
技術的な対策は進んでいる。イメージセンサーで映像を撮るとすぐにAIで処理し、識別結果のみのデータを送る。画像は残さずに、通行人の数や性別、年齢だけを報告したり、ヘルメットのかぶり忘れや路上喫煙、客引きなどの特定行為のみを検出したりできる。もちろん禁止行為の画像を送ることも可能だ。安全管理や取り締まりを効率化できる。
交通量調査や社会調査も高度化する。高齢者や車いすなどの移動弱者の移動状況や、公園の利用実態の把握が、カメラ1台で実施できるようになる。常設にすれば公的スペースの利用状況に応じて料金や予約枠を変動させたり、パトロールを市民や警察に割り振ったりと、動的な運用が可能になる。
課題はAIの再学習やデータの多用途展開だ。識別AIは状況が変化するにつれて徐々に精度が落ちていく。精度の寿命はさまざまだが、データを学習した時から環境が変われば再学習が必要になる。取り締まりなどに使うAIはデータの偏りを含めて過学習が起きると、AIの判断は公平なのか問われる。米国では犯罪予測に人種を含むデータが使われ、新しい形の差別だと社会問題になった。元の映像から識別結果へと情報をそぎ落とせばデータの用途が狭まり、過学習の検証が難しくなる。辻井センター長は「技術よりも社会的な問題が大きい」と指摘する。
データやAIを社会として、いかに運用するか。その試金石となる取り組みが始まった。東京大学と産総研、千葉県柏市が連携し、データを活用したサービス開発や地域課題の解決に挑む。柏市で三井不動産などが交通やエネルギー、健康、医療などのデータプラットフォームを構築する。産総研人間拡張研究センターの持丸正明研究センター長は「研究者が地域に出ていき、地域と一緒に技術やサービスをつくっていきたい」という。
例えば健康増進施策では、効果検証のために運動後に市民にアンケートをとれば「8割は取り組みたいと答える。実際は9割が脱落する。論文は書けても社会は変わらない」(持丸センター長)。だがセンサーなどで継続的にモニターすれば、脱落の兆候を捉えてテコ入れできる可能性がある。市民からデータをもらうことで、サービスの改善や政策の効果検証が進む。市民や制度など、社会の中に計測点を組み込むことで施策を動的に最適化できる。
日刊工業新聞2019年5月24日