天空へ深海へ…三菱重工業、挑戦の歴史
三菱重工業は135年の歴史の中で、世界約300社で構成するグローバル企業として挑戦を続け、数多くの日本初、世界初の製品を生み出してきた。4月1日には泉沢清次社長が就任、新体制が始動した。明治、大正、昭和、平成の時代を不変と革新を繰り返しながら、その時代を駆け抜けてきた同社。新しい旗手の元、令和の時代に“三菱丸”は成長に向けた針路を取る。(文=編集委員・嶋田歩)
「皆さんも歴史をつなぐメンバーとして新しいことに挑戦してほしい」―。4月1日、東京・品川で行われた2019年度の入社式で、泉沢社長は熱っぽく語った。
20年の東京五輪・パラリンピックを控える日本。三菱重工業は前回の東京五輪が開催された64年に、3分割されていた重工業のグループ企業が再度合併して、今の企業体として始動した。
以来、国家レベルのプロジェクトには常に三菱重工が関与してきた。一時期は“三菱は国家なり”とも言われた。同社の歴史には、常に“新技術への挑戦”がある。
扱い製品は石油掘削リグから発電プラント、タンカー、橋など陸海空の領域に広がる。例えば空の分野では96年のカナダ・ボンバルディアと共同開発したビジネスジェット機が初飛行した。07年には米ボーイングの中大型機「787」主翼ボックス初号機出荷、00年の「F―2」戦闘機量産初号機引き渡しなど民需、官需に対応してきた。
86年には「HIロケット」初号機打ち上げ成功を機に、宇宙開発へも参入した。09年の「HIIBロケット」初号機や宇宙ステーション用物資補給機「こうのとり」も手がけた。
海では、89年の有人潜水調査船「しんかい6500」の引き渡しのほか、90年には豪華クルーズ客船「クリスタル・ハーモニー」を完成。陸でも11年に「J形ガスタービン」が世界最高のタービン入口温度である1600度Cを達成する一方、「10式戦車」の量産初号機も完成している。
だが、技術への挑戦が業績に結び付いたか、というとそうではない。高度経済成長期やバブル期など、日本経済が右肩上がりの時代には全国の工場や事業を自由に競争させ、成長の果実を得てきた。
だが、バブル崩壊後の90年代以降、日本経済が失速し、モノづくりの海外移転が進む。日本市場への依存度が高い同社は低成長時代に突入した。米国やドイツ、中国など世界経済が大きく伸長する中、むしろ世界の競合との差は開くばかり。先端技術を磨きながらも、年間売上高は平成の約30年にわたり、3兆円前後と横ばいが続いた。
海外では新興国の成長が著しく、インフラ整備の需要も拡大していたが、需要を取り込めていなかった。事業構造改革にかじを切ったのは2010年だ。
低成長時代を踏まえ、選択と集中をメーンとした事業ポートフォリオの見直し、不採算事業の廃止・整理を進めた。米ソングス向け原子力機器事業では対策室を設け、全社精鋭チームによる対応を図った結果、当初、相手から約7000億円の請求があったのを数十億円に減額。欧アイーダ・クルーズ向け客船事業は、2742億円の累積損失を出して決着した。
10年には「戦略的事業評価制度」を導入。700以上あるといわれた製品群の区分を10分の1以下の64に見直した。「現時点では組織・体制や制度の改革は完了した」とする。
三菱重工が今後、成長が見込める重点分野として挙げるのが「パワー」「インダストリー&社会基盤」「航空・防衛・宇宙」の3ドメインだ。
「パワー」ではガスタービンを手がける三菱日立パワーシステムズ(MHPS)で大型案件の効率的な工事消化と収益改善を図る。三菱重工航空エンジン(愛知県小牧市)で生産能力増強や修理サービス事業の拡大を推進。長期的な航空機需要の拡大に対応する。
「インダストリー&社会基盤」では三菱重工フォークリフト&エンジン・ターボホールディングス(東京都千代田区)で生産性向上を徹底。三菱造船(横浜市西区)や三菱重工海洋鉄構(長崎市)で得意分野の事業拡大や液化天然ガス(LNG)船の生産性向上を進める。三菱重工サーマルシステムズ(東京都港区)は地域ニーズに適応した製品投入でシェア拡大を図る。
また、「航空・防衛・宇宙」は防衛関連で既存事業の継続的強化を図るとともに、海外展開やデュアルユース展開を加速。サイバーセキュリティー技術を化学プラントや電力プラントに転用していくことなども検討する。無人機システムを沿岸警備システムに活用することも、射程内だ。
懸案の国産初のジェット旅客機「MRJ」について、泉沢社長は「当社グループの発展を支えるだけでなく、日本の航空機産業の長年の夢であり、志高く堅実に進めていく」と明言する。資本増強で三菱航空機(愛知県豊山町)の債務超過解消を図り、北米市場に投入する主力モデル「MRJ70」の開発本格化と、型式証明(TC)の早期取得を目指す。販売やカスタマーサポートの体制も強化し、長期的事業継続性を確保する。
中長期の成長戦略「グローバル・グループ経営」では、北米やアジア・太平洋地域での受注拡大に力を入れる方針。20年度に北米市場の受注高を17年度比73・0%増の1兆2000億円に、アジア・太平洋市場を同83・0%増の6000億円にそれぞれ成長を狙う。北米の伸びはパワー、インダストリー、航空・防衛・宇宙の成長のほか「M&A(合併・買収)も視野に入れている」(泉沢社長)と、成長分野に積極投資する考えだ。
グローバル経営では、それを支える人材の確保と育成が重要になる。東京・丸の内をグローバル経営の軸とし、日本と北米、アジア・太平洋、欧州・中東・アフリカ、中国、中南米に地域統括会社を設立、役割分担と権限委譲を進める考えだ。「国内で確立されたブランドと同様に、今後は国外市場で名前を知ってもらう」。泉沢社長はこう言い切る。
国家の夢担い、新技術次々と
「皆さんも歴史をつなぐメンバーとして新しいことに挑戦してほしい」―。4月1日、東京・品川で行われた2019年度の入社式で、泉沢社長は熱っぽく語った。
20年の東京五輪・パラリンピックを控える日本。三菱重工業は前回の東京五輪が開催された64年に、3分割されていた重工業のグループ企業が再度合併して、今の企業体として始動した。
以来、国家レベルのプロジェクトには常に三菱重工が関与してきた。一時期は“三菱は国家なり”とも言われた。同社の歴史には、常に“新技術への挑戦”がある。
扱い製品は石油掘削リグから発電プラント、タンカー、橋など陸海空の領域に広がる。例えば空の分野では96年のカナダ・ボンバルディアと共同開発したビジネスジェット機が初飛行した。07年には米ボーイングの中大型機「787」主翼ボックス初号機出荷、00年の「F―2」戦闘機量産初号機引き渡しなど民需、官需に対応してきた。
86年には「HIロケット」初号機打ち上げ成功を機に、宇宙開発へも参入した。09年の「HIIBロケット」初号機や宇宙ステーション用物資補給機「こうのとり」も手がけた。
海では、89年の有人潜水調査船「しんかい6500」の引き渡しのほか、90年には豪華クルーズ客船「クリスタル・ハーモニー」を完成。陸でも11年に「J形ガスタービン」が世界最高のタービン入口温度である1600度Cを達成する一方、「10式戦車」の量産初号機も完成している。
ガスタービンなど重点3事業
だが、技術への挑戦が業績に結び付いたか、というとそうではない。高度経済成長期やバブル期など、日本経済が右肩上がりの時代には全国の工場や事業を自由に競争させ、成長の果実を得てきた。
だが、バブル崩壊後の90年代以降、日本経済が失速し、モノづくりの海外移転が進む。日本市場への依存度が高い同社は低成長時代に突入した。米国やドイツ、中国など世界経済が大きく伸長する中、むしろ世界の競合との差は開くばかり。先端技術を磨きながらも、年間売上高は平成の約30年にわたり、3兆円前後と横ばいが続いた。
海外では新興国の成長が著しく、インフラ整備の需要も拡大していたが、需要を取り込めていなかった。事業構造改革にかじを切ったのは2010年だ。
低成長時代を踏まえ、選択と集中をメーンとした事業ポートフォリオの見直し、不採算事業の廃止・整理を進めた。米ソングス向け原子力機器事業では対策室を設け、全社精鋭チームによる対応を図った結果、当初、相手から約7000億円の請求があったのを数十億円に減額。欧アイーダ・クルーズ向け客船事業は、2742億円の累積損失を出して決着した。
10年には「戦略的事業評価制度」を導入。700以上あるといわれた製品群の区分を10分の1以下の64に見直した。「現時点では組織・体制や制度の改革は完了した」とする。
三菱重工が今後、成長が見込める重点分野として挙げるのが「パワー」「インダストリー&社会基盤」「航空・防衛・宇宙」の3ドメインだ。
「パワー」ではガスタービンを手がける三菱日立パワーシステムズ(MHPS)で大型案件の効率的な工事消化と収益改善を図る。三菱重工航空エンジン(愛知県小牧市)で生産能力増強や修理サービス事業の拡大を推進。長期的な航空機需要の拡大に対応する。
「インダストリー&社会基盤」では三菱重工フォークリフト&エンジン・ターボホールディングス(東京都千代田区)で生産性向上を徹底。三菱造船(横浜市西区)や三菱重工海洋鉄構(長崎市)で得意分野の事業拡大や液化天然ガス(LNG)船の生産性向上を進める。三菱重工サーマルシステムズ(東京都港区)は地域ニーズに適応した製品投入でシェア拡大を図る。
また、「航空・防衛・宇宙」は防衛関連で既存事業の継続的強化を図るとともに、海外展開やデュアルユース展開を加速。サイバーセキュリティー技術を化学プラントや電力プラントに転用していくことなども検討する。無人機システムを沿岸警備システムに活用することも、射程内だ。
懸案の国産初のジェット旅客機「MRJ」について、泉沢社長は「当社グループの発展を支えるだけでなく、日本の航空機産業の長年の夢であり、志高く堅実に進めていく」と明言する。資本増強で三菱航空機(愛知県豊山町)の債務超過解消を図り、北米市場に投入する主力モデル「MRJ70」の開発本格化と、型式証明(TC)の早期取得を目指す。販売やカスタマーサポートの体制も強化し、長期的事業継続性を確保する。
中長期の成長戦略「グローバル・グループ経営」では、北米やアジア・太平洋地域での受注拡大に力を入れる方針。20年度に北米市場の受注高を17年度比73・0%増の1兆2000億円に、アジア・太平洋市場を同83・0%増の6000億円にそれぞれ成長を狙う。北米の伸びはパワー、インダストリー、航空・防衛・宇宙の成長のほか「M&A(合併・買収)も視野に入れている」(泉沢社長)と、成長分野に積極投資する考えだ。
グローバル経営では、それを支える人材の確保と育成が重要になる。東京・丸の内をグローバル経営の軸とし、日本と北米、アジア・太平洋、欧州・中東・アフリカ、中国、中南米に地域統括会社を設立、役割分担と権限委譲を進める考えだ。「国内で確立されたブランドと同様に、今後は国外市場で名前を知ってもらう」。泉沢社長はこう言い切る。
日刊工業新聞2019年5月2日