海洋プラ解決へ、日本の化学メーカーが欧米と主導権争い
国際的な枠組みへそろって参画
三菱ケミカルホールディングス(HD)と住友化学、三井化学は、深刻化する海洋プラスチック汚染問題の解決に向けた取り組みの手を広げる。1月に創設された廃プラの環境排出削減を目指す国際的な枠組みへそろって参画。毎年800万トン以上の廃プラが海へ流出するとも言われるが、まだ科学的な裏付けはとれていない。それでも真に実効性のある解決策を模索する上で、議論の主導権を欧米に渡すわけにはいかない。
「日本の化学メーカーにとって大きな商機となる。いくら安くてもリサイクルに貢献しない製品は使われなくなる」と三菱ケミカルHDの池川喜洋執行役常務は化学産業の未来を読む。「世界各地で『ワンウェイ・プラスチックは使うな』との機運が高まると、(米国のシェールガスやサウジアラビアの石油随伴ガスなど)原料コストの圧倒的な安さで勝負するビジネスは成り立たなくなる」と大きな構造転換を予想する。
化学業界を中心に当初28社で始動した国際的枠組み「アライアンス・トゥ・エンド・プラスチック・ウェイスト(AEPW)」のメンバー構成は、売り上げ規模や寄付金などの貢献度合いで二つに分かれる。独BASFや米ダウ、エクソンモービルなど世界の大手が並ぶ上位メンバー「エグゼクティブ・コミッティー」に入っている日本企業は三菱ケミカルHDのみだ。
AEPWの活動も2部構成で、参加企業の寄付金を集めた基金の運用と、廃プラ削減に向けた個社の投資・研究開発からなる。5年間で合計15億ドル(約1650億円)の資金供給を目指している。基金の投資先候補として現状、インド・ガンジス川の清掃や東南アジアでのゴミ焼却炉新設の支援などが挙がる。
総額15億ドルの3分の2を占める個社の活動が成否のカギを握る。三菱ケミカルHDは当面、ストローや容器に使われる生分解性プラ「バイオPBS」の普及などを念頭に置く。
「生分解性樹脂で重要な物質特許を持っており、他社が参入しようとすると我々の特許を使うことになる。お互い協力しながら市場を大きくすることも可能だ」(池川執行役常務)とそろばんを弾く。
ただ、廃プラの海洋流出を抑える最善策は、世界各国にリサイクルシステムを確立することで論をまたない。国内化学最大手も、回収されたプラゴミを再利用するマテリアルリサイクル・ケミカルリサイクル技術の開発とその実証を活動の本丸と位置付けているようだ。
住友化学はインドの農薬子会社を活用して同国での現地調査を検討する。3月までレスポンシブル・ケア(安全・環境・健康活動)担当だった村田弘一執行役員は「2016年に買収した印エクセルクロップケアは現地の農薬大手だ。いきなり国全体で大きなことは難しいが、地方都市でのパイロット事業に向けて地方行政と話す機会を探っていく」と話す。
同じくシンガポールで汎用樹脂のポリオレフィンを製造するザ・ポリオレフィン・カンパニー(TPC)を活用し、その営業活動地域である東南アジアでも実証事業の可能性を模索する。インドや東南アジア各国は海洋プラゴミ排出量順位の上位を占めるとみられ、AEPWでも最重点支援国・地域と位置付けている。
廃プラの環境排出対策ではゴミを出す一般消費者への啓発活動が、遠回りでも避けては通れない道だ。住友化学は工場近隣の小学校へ出前授業を長年行っており、そのカリキュラムに廃プラ問題を加えたい考えだ。「事業収益を教育へ回す活動として、オリセットネット(蚊帳)の関係でアフリカに学校をつくったりしている」(村田執行役員)ため、海外での啓発でも“レガシー”を生かす。
三井化学は環境系ベンチャー企業などとの連携を進める。ESG推進室長の右田健理事は「出資や緩やかな技術的連携を含めてコラボレーションしていきたい。19年は具体的に動く」と前向きだ。リサイクル技術を有するベンチャーや回収・リサイクル業者が有力候補となりそうだ。
欧米勢はすでに動きだしている。「BASFやダウ、蘭ライオンデルバセルはリサイクル業者を相次ぎ買収している。化学メーカーはプラゴミの回収ができないから、業者から素材を引き出そうとしている」(右田理事)と世界の動きは想像以上に速い。
廃プラをそのままプラ製品の原料に再利用するマテリアルリサイクルは化学産業が今後取り組むべき課題だ。三井化学もリサイクルしやすいモノマテリアル(単一素材)包装材などの開発に力を注ぐ。
「マテリアルリサイクルは従来バージン材(新品材)の競合だった。うまくコラボしてウィンウィンの関係が成り立つ可能性はある。事業部や研究部門の意識を変えていかないといけない」と右田理事は社内啓発の必要性を認識する。
昭和電工は03年から川崎事業所(川崎市川崎区)で使用済みプラのケミカルリサイクル設備を稼働している。全国の自治体から回収したプラ容器や包装を破砕成形した上で加熱してガス化させて、樹脂・繊維原料のアンモニアや水素を製造する世界唯一の仕組みだ。1日当たりの処理能力は195トンの廃プラから175トンのアンモニアをつくり出せる。
川崎事業所製造部の栗山常吉次長は「最近は海外から問い合わせが増えている。ただ、日本のような容器包装リサイクル法がないと、経済的に成り立たない。街からプラを集めるシステムづくりからやってくれないと無理だ」と冷静に分析する。使用済みプラの回収システムが整備された先進国への展開は十分可能であり、今後の展開に期待したいところだ。
燃料電池自動車(FCV)などに使う水素を製造する点も特徴の一つ。「(注目度が上がっているのは)ようやく水素世界が到来した影響も大きい」(栗山次長)と社会の変化が追い風となっている。燃料電池を設置した近隣のホテルへ水素を供給し、ホテルから出た使用済みプラを回収する環境省の実証事業に参加している。
(文・鈴木岳志)
<関連ページ>
「野武士」旭化成、競合他社からの嫉妬も
三菱ケミカル、「バイオPBS」普及促進
「日本の化学メーカーにとって大きな商機となる。いくら安くてもリサイクルに貢献しない製品は使われなくなる」と三菱ケミカルHDの池川喜洋執行役常務は化学産業の未来を読む。「世界各地で『ワンウェイ・プラスチックは使うな』との機運が高まると、(米国のシェールガスやサウジアラビアの石油随伴ガスなど)原料コストの圧倒的な安さで勝負するビジネスは成り立たなくなる」と大きな構造転換を予想する。
化学業界を中心に当初28社で始動した国際的枠組み「アライアンス・トゥ・エンド・プラスチック・ウェイスト(AEPW)」のメンバー構成は、売り上げ規模や寄付金などの貢献度合いで二つに分かれる。独BASFや米ダウ、エクソンモービルなど世界の大手が並ぶ上位メンバー「エグゼクティブ・コミッティー」に入っている日本企業は三菱ケミカルHDのみだ。
AEPWの活動も2部構成で、参加企業の寄付金を集めた基金の運用と、廃プラ削減に向けた個社の投資・研究開発からなる。5年間で合計15億ドル(約1650億円)の資金供給を目指している。基金の投資先候補として現状、インド・ガンジス川の清掃や東南アジアでのゴミ焼却炉新設の支援などが挙がる。
総額15億ドルの3分の2を占める個社の活動が成否のカギを握る。三菱ケミカルHDは当面、ストローや容器に使われる生分解性プラ「バイオPBS」の普及などを念頭に置く。
「生分解性樹脂で重要な物質特許を持っており、他社が参入しようとすると我々の特許を使うことになる。お互い協力しながら市場を大きくすることも可能だ」(池川執行役常務)とそろばんを弾く。
ただ、廃プラの海洋流出を抑える最善策は、世界各国にリサイクルシステムを確立することで論をまたない。国内化学最大手も、回収されたプラゴミを再利用するマテリアルリサイクル・ケミカルリサイクル技術の開発とその実証を活動の本丸と位置付けているようだ。
住友化学 インド・東南アで事業化調査
住友化学はインドの農薬子会社を活用して同国での現地調査を検討する。3月までレスポンシブル・ケア(安全・環境・健康活動)担当だった村田弘一執行役員は「2016年に買収した印エクセルクロップケアは現地の農薬大手だ。いきなり国全体で大きなことは難しいが、地方都市でのパイロット事業に向けて地方行政と話す機会を探っていく」と話す。
同じくシンガポールで汎用樹脂のポリオレフィンを製造するザ・ポリオレフィン・カンパニー(TPC)を活用し、その営業活動地域である東南アジアでも実証事業の可能性を模索する。インドや東南アジア各国は海洋プラゴミ排出量順位の上位を占めるとみられ、AEPWでも最重点支援国・地域と位置付けている。
廃プラの環境排出対策ではゴミを出す一般消費者への啓発活動が、遠回りでも避けては通れない道だ。住友化学は工場近隣の小学校へ出前授業を長年行っており、そのカリキュラムに廃プラ問題を加えたい考えだ。「事業収益を教育へ回す活動として、オリセットネット(蚊帳)の関係でアフリカに学校をつくったりしている」(村田執行役員)ため、海外での啓発でも“レガシー”を生かす。
三井化学、環境系VBと連携加速
三井化学は環境系ベンチャー企業などとの連携を進める。ESG推進室長の右田健理事は「出資や緩やかな技術的連携を含めてコラボレーションしていきたい。19年は具体的に動く」と前向きだ。リサイクル技術を有するベンチャーや回収・リサイクル業者が有力候補となりそうだ。
欧米勢はすでに動きだしている。「BASFやダウ、蘭ライオンデルバセルはリサイクル業者を相次ぎ買収している。化学メーカーはプラゴミの回収ができないから、業者から素材を引き出そうとしている」(右田理事)と世界の動きは想像以上に速い。
廃プラをそのままプラ製品の原料に再利用するマテリアルリサイクルは化学産業が今後取り組むべき課題だ。三井化学もリサイクルしやすいモノマテリアル(単一素材)包装材などの開発に力を注ぐ。
「マテリアルリサイクルは従来バージン材(新品材)の競合だった。うまくコラボしてウィンウィンの関係が成り立つ可能性はある。事業部や研究部門の意識を変えていかないといけない」と右田理事は社内啓発の必要性を認識する。
先行する昭和電工、使用済みプラをリサイクル
昭和電工は03年から川崎事業所(川崎市川崎区)で使用済みプラのケミカルリサイクル設備を稼働している。全国の自治体から回収したプラ容器や包装を破砕成形した上で加熱してガス化させて、樹脂・繊維原料のアンモニアや水素を製造する世界唯一の仕組みだ。1日当たりの処理能力は195トンの廃プラから175トンのアンモニアをつくり出せる。
川崎事業所製造部の栗山常吉次長は「最近は海外から問い合わせが増えている。ただ、日本のような容器包装リサイクル法がないと、経済的に成り立たない。街からプラを集めるシステムづくりからやってくれないと無理だ」と冷静に分析する。使用済みプラの回収システムが整備された先進国への展開は十分可能であり、今後の展開に期待したいところだ。
燃料電池自動車(FCV)などに使う水素を製造する点も特徴の一つ。「(注目度が上がっているのは)ようやく水素世界が到来した影響も大きい」(栗山次長)と社会の変化が追い風となっている。燃料電池を設置した近隣のホテルへ水素を供給し、ホテルから出た使用済みプラを回収する環境省の実証事業に参加している。
(文・鈴木岳志)
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日刊工業新聞2019年4月9日