未来の災害対応は「SNS×ドローン×AI」
実運用に向けて実証段階に
市民やロボットが連携して災害対応に当たる社会が現実になろうとしている。東日本大震災ではソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)が被災地の状況把握に活躍した。当時は人海戦術だったが、現在は投稿を人工知能(AI)技術で解析する技術開発が進む。さらに飛行ロボット(ドローン)やIoT(モノのインターネット)カメラの映像も有効になる。投稿の真偽を確認できるためだ。多人数の共同作業基盤や通信技術がこれを支える。いずれも実運用に向けて実証段階にあり災害訓練の形を変えている。
「AI技術は使えると現場の手応えは大きい。『より便利に』と次の課題が明確になり開発が加速している」と慶応義塾大学の山口真吾准教授はシステムに自信を見せる。静岡県下田市とLINE、アビームコンサルティング(東京都千代田区)などとSNSを使った被害状況把握の実証訓練を開いた。市役所職員が40人、地域の自主防災組織から約20人、地元警察や消防本部などから30人、市民を含めて100人規模で運用性を検証した。
下田市に大型台風が直撃し、河川が氾濫して床上まで浸水する状況を想定し、LINEでさまざまな投稿を試みた。被災直後は倒木や土砂崩れ、浸水。発災3日後は避難所での生活物資の過不足、断水、トイレ状況など、さまざまな投稿を集めて解析し、災害本部が状況把握に使えるか検証した。結果は「どこに重点対応すべきか、下田市単独で対応できるか、判断する上で有用」(福井祐輔下田市長)。市民の力を借りると被害把握が迅速に進むと確かめられた。
課題は情報の整理だ。災害本部は大量の情報であふれるため、AI技術の活用が必須だ。下田市の実証訓練ではチャットボット(自動応答AI)が活躍した。市民にはAIが解析しやすい文章の投稿が求められる。“てにをは”や地名、施設名を省略しない、事実を断定的に言い切る、など自然言語処理に向く文章は普段交わす言葉とは乖離(かいり)がある。だが被災者には文章を推敲(すいこう)する余裕はない。そこでチャットボットが聞き直すことで情報の過不足を補った。山口准教授は「音声対話も有効になる。実用化に向けてユーザーインターフェースが重要になる」と説明する。
一方でAI技術だけでは難しい課題もある。情報の優先順位は氾濫しやすい河川や崩落しやすい斜面など、地域の弱点を知る人間が判断する必要がある。情報の真偽判定は現地を見たり、電話で問い合わせたりして確認する必要がある。東日本大震災以降も災害時にデマが拡散している。
ここでドローンやIoTカメラと、クラウドソーシング技術が注目される。筑波大学と富山大学、京都大学、新潟県燕市は災害時にドローンが撮影した映像を、人が見て判定するクラウドソーシングシステムを防災訓練に取り入れた。ドローンの空撮映像をまずAIで前処理し、画像を多くの人に配って目で見て判断していく。
クラウドソーシングは、この共同作業をネットを介して無数の協力者にバラまき、結果を集約する仕組みだ。筑波大の森嶋厚行教授は「被災地に駆け付けられない遠隔地とも協力体制を作れる」と説明する。
そして自治体の災害対応職員などの専門家が集まれば、情報の優先順位判断や真偽判定ができる。
こうした情報技術は通信網が前提になる。情報通信研究機構や芝浦工業大学、東京工業大学、国立病院機構災害医療センターは病院や救急車を結ぶ無線通信網を構築した。都立病院の避難訓練に新技術を導入し、救急車の位置や患者の脈拍などを多病院で共有した。
情通機構耐災害ICT研究センターの熊谷博研究統括は「病院などの重要拠点は自前の通信網を備えた方が良い。有線では一般回線と一緒に災害で切れてしまう。無線の自前通信網が有効だ」と強調する。実証訓練では災害医療センターと都立広尾病院、日赤医療センターの間、約30キロメートルを結んだ。ウェブブラウザーから救急車で搬送中の患者の状態を確認できる。屋上にアンテナ付きのポールを立てれば通信網を構築でき、医療機関に限らず通信網の用途は広い。
森嶋教授は「平時から使い慣れた仕組みでないと緊迫した環境では使えないというのが東日本大震災の教訓だ」と指摘する。SNSやクラウドソーシングはすでに実用化されていて防災訓練に使いやすい。膨大な災害情報を整理するために人とAIが連携する要素技術は整い、防災訓練として運用性の検証が進む。次は全体設計だ。必要人員や維持コスト、通信量などをすり合わせる必要がある。
災害対応は人とAIの連携を多くの人が体験する優れたテーマになる。
(文=小寺貴之)
被害把握の迅速化
「AI技術は使えると現場の手応えは大きい。『より便利に』と次の課題が明確になり開発が加速している」と慶応義塾大学の山口真吾准教授はシステムに自信を見せる。静岡県下田市とLINE、アビームコンサルティング(東京都千代田区)などとSNSを使った被害状況把握の実証訓練を開いた。市役所職員が40人、地域の自主防災組織から約20人、地元警察や消防本部などから30人、市民を含めて100人規模で運用性を検証した。
下田市に大型台風が直撃し、河川が氾濫して床上まで浸水する状況を想定し、LINEでさまざまな投稿を試みた。被災直後は倒木や土砂崩れ、浸水。発災3日後は避難所での生活物資の過不足、断水、トイレ状況など、さまざまな投稿を集めて解析し、災害本部が状況把握に使えるか検証した。結果は「どこに重点対応すべきか、下田市単独で対応できるか、判断する上で有用」(福井祐輔下田市長)。市民の力を借りると被害把握が迅速に進むと確かめられた。
課題は情報の整理だ。災害本部は大量の情報であふれるため、AI技術の活用が必須だ。下田市の実証訓練ではチャットボット(自動応答AI)が活躍した。市民にはAIが解析しやすい文章の投稿が求められる。“てにをは”や地名、施設名を省略しない、事実を断定的に言い切る、など自然言語処理に向く文章は普段交わす言葉とは乖離(かいり)がある。だが被災者には文章を推敲(すいこう)する余裕はない。そこでチャットボットが聞き直すことで情報の過不足を補った。山口准教授は「音声対話も有効になる。実用化に向けてユーザーインターフェースが重要になる」と説明する。
人の目で真偽判断
一方でAI技術だけでは難しい課題もある。情報の優先順位は氾濫しやすい河川や崩落しやすい斜面など、地域の弱点を知る人間が判断する必要がある。情報の真偽判定は現地を見たり、電話で問い合わせたりして確認する必要がある。東日本大震災以降も災害時にデマが拡散している。
ここでドローンやIoTカメラと、クラウドソーシング技術が注目される。筑波大学と富山大学、京都大学、新潟県燕市は災害時にドローンが撮影した映像を、人が見て判定するクラウドソーシングシステムを防災訓練に取り入れた。ドローンの空撮映像をまずAIで前処理し、画像を多くの人に配って目で見て判断していく。
クラウドソーシングは、この共同作業をネットを介して無数の協力者にバラまき、結果を集約する仕組みだ。筑波大の森嶋厚行教授は「被災地に駆け付けられない遠隔地とも協力体制を作れる」と説明する。
そして自治体の災害対応職員などの専門家が集まれば、情報の優先順位判断や真偽判定ができる。
病院と救急車結ぶ
こうした情報技術は通信網が前提になる。情報通信研究機構や芝浦工業大学、東京工業大学、国立病院機構災害医療センターは病院や救急車を結ぶ無線通信網を構築した。都立病院の避難訓練に新技術を導入し、救急車の位置や患者の脈拍などを多病院で共有した。
情通機構耐災害ICT研究センターの熊谷博研究統括は「病院などの重要拠点は自前の通信網を備えた方が良い。有線では一般回線と一緒に災害で切れてしまう。無線の自前通信網が有効だ」と強調する。実証訓練では災害医療センターと都立広尾病院、日赤医療センターの間、約30キロメートルを結んだ。ウェブブラウザーから救急車で搬送中の患者の状態を確認できる。屋上にアンテナ付きのポールを立てれば通信網を構築でき、医療機関に限らず通信網の用途は広い。
森嶋教授は「平時から使い慣れた仕組みでないと緊迫した環境では使えないというのが東日本大震災の教訓だ」と指摘する。SNSやクラウドソーシングはすでに実用化されていて防災訓練に使いやすい。膨大な災害情報を整理するために人とAIが連携する要素技術は整い、防災訓練として運用性の検証が進む。次は全体設計だ。必要人員や維持コスト、通信量などをすり合わせる必要がある。
災害対応は人とAIの連携を多くの人が体験する優れたテーマになる。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2019年3月11日