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水素社会引き寄せる、NEDOが挑む19年度の“目玉”

NEDO・石塚博昭理事長インタビュー
水素社会引き寄せる、NEDOが挑む19年度の“目玉”

NEDO理事長・石塚博昭氏

 国立研究開発法人は科学技術の基盤を支える研究を役割とする。大学の研究室では難しい規模で組織一丸となった産学連携を推進する。2018年度の法改正でベンチャーなどへの出資が解禁され、研究開発から社会実装まで重責がさらに増した。新技術を開発しながらビジネスや社会で活用できるか運用モデルも模索する。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の石塚博昭理事長に19年度の展望と、イノベーションを加速する方策を聞いた。

 -三菱ケミカルからNEDOの理事長に就任され1年がたちます。この1年を振り返って何か印象に残ったことは。
 「この1年、たくさんの研究現場に足を運んだ。福島県南相馬市の福島ロボットテストフィールド(RTF)では、2月末に、開発中のドローンの運航管理システム(UTM)を用いて、宅配や警備などのドローンが次々に飛び立つ実験に立ち会った。将来、たくさんのドローンが飛び交う中、例えば、孫の手紙を郵便ドローンが山間部や離島の祖父母の家に運んでくれるようになる」

 「準天頂衛星により測位精度が格段に向上した。従来、飛行中のドローンの測位精度は数メートル程度だったが、NEDOの実験で、準天頂衛星で10センチメートル程度にできると分かった。ドローンの正確な運航に活用したい。自動運転などへも活用が期待できる。課題先進国の日本で、少子高齢化などの課題を技術で一つ一つ解決していきたい」

 -NEDOの組織経営はいかがですか。
 「NEDOは固有職員(プロパー)、官庁、民間などの出向者から構成されている。この多様性をいかに引き出すかが経営の役割になる。まず週に1度、理事を集めて検討会を始めた。NEDOは領域ごとに担当理事を置いているが、この会では理事同士で共通の課題について話し合う」

 「また、役員のみならず、若手を含むプロパーとの検討会も始めた。現場の視点でNEDOの経営課題や将来のあるべき姿など意見を出してもらった。プロパーから聞き取った問題意識を理事との検討会でも議論している。役員とプロパーとそれぞれ何に悩んでいるか整理でき、タテとヨコ、どちらにも風通しが良くなった。約1カ月かけて組織改革案をまとめた。例えば開発助成事業や国プロ、国際実証事業など、プロジェクトによってプロジェクトマネージャー(PM)に求められる資質が変わる。PMの選考に反映していく。また、組織の共通課題を解決していくために総務部経営企画室を4月に新設した」

 -2019年度の目玉事業は。
 「目下、取り組んでいるのはムーンショット型研究開発制度とカーボンリサイクル(炭素循環)だ。ムーンショットは極めて挑戦的な研究を支援する事業だ。ハイリスク・ハイリターンを狙うため、繊細なマネジメントが求められる。内閣府や経済産業省と検討を進めている」

 「カーボンリサイクルは、二酸化炭素(CO2)を炭素資源と捉え、回収し、再利用しようという大胆なコンセプトだ。G20に向けても、NEDOは経済産業省と連携して技術面での検討を進めている。NEDOは現在、関連技術の開発に取り組んでいる。大崎クールジェン(広島県大崎上島町)と進めている石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)実証事業では、19年度にCO2の分離回収設備を追設した実証が始まる。また、NEDOはCO2を地中に埋蔵する『CO2回収・貯留(CCS)技術』や人工光合成技術で炭化水素を合成するなどの『CO2回収・利用(CCU)技術』を開発している」

 -19年は東京五輪・パラリンピックの前年でもあります。
 「東芝エネルギーシステムズ(川崎市幸区)と東北電力、岩谷産業と福島県浪江町に1万キロワットの水素エネルギーシステムを建設中で19年秋ごろに完成予定だ。東京オリンピック・パラリンピックへの水素の供給も視野に取り組んでいる。太陽光で発電し、水素としてエネルギーをためて使う。福島の復興と水素社会到来の一助となればと考えている」

 「また20年には、愛知県国際展示場と福島ロボットテストフィールドで、NEDOは経産省とロボット国際大会『ワールド・ロボット・サミット2020(WRS2020)』を開催する。大いに盛り上げていくために、19年は競技参加者などを世界中から広く募っていく」

 -ベンチャー支援についてはいかがですか。
 「NEDOは大企業とベンチャーを結び付けたり、一緒に技術開発する事業を支援してきた。事務局を務めるオープンイノベーション・ベンチャー創造協議会(JOIC)は1000を超える会員が参画している。一方で日本には企業が300万社以上、ベンチャーは1万社以上あるといわれる。日本は面白いベンチャーが多い。ベンチャーのシーズと大企業のニーズをマッチングできればイノベーションを加速できる」

 「また川崎市とNEDOで起業家支援拠点を開設した。起業経験者や投資家、知財やマーケティングなどの専門家との相談窓口を設け、企業や人材との交流の機会を設ける。地域と組むことで面白いベンチャーを発掘できると期待している。JOICの全国的な連携と、地域との連携を組み合わせ、厚い支援体制を構築したい」

 -オープンイノベーションでは企業間でのデータシェアリングも注目されるようになりました。
 「ビッグデータ(大量データ)と人工知能(AI)技術を駆使して、技術開発そのもののスピードを上げる。この有効性はみな理解している。一方で、ライバル企業が互いにデータを共有できるかというと難しい。例えばまず協力して共通のデータベースを作り、各社で自社のデータと混ぜて解析して開発を効率化する。このメリットを実感すればデータ共有の範囲をさらに広げる。実績を積み上げていく必要がある」

 「また大学や国研、企業がジョイントベンチャーを作り、そこでデータを構築する方法もあるだろう。出資や貢献に応じてデータの利用範囲を調整できる。業界を挙げて基盤技術を育成したり、特定の企業が買い上げることも可能だ。進捗に合わせて柔軟な出口を設計しやすい。さまざまな形のオープンイノベーションが模索されるだろう」

 
【略歴】いしづか・ひろあき 72年(昭47)東大理卒、同年三菱化成工業(現三菱ケミカル)入社。07年三菱化学(現三菱ケミカル)執行役員、12年社長、15年社長兼三菱ケミカルホールディングス副会長、18年から現職。兵庫県出身、69歳。

日刊工業新聞2019年4月1日記事に加筆
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
国研の役割が技術開発から社会実装、ビジネスモデル開発などに広がる。業界を挙げたデータシェアは高度な経営判断そのものだ。研究者だけでは産業界を納得させられない。石塚理事長は経営判断に資するプロジェクト設計を指揮することになる。民間出身のトップを抱える国研は貴重だ。大学など周囲を巻き込んだ展開が期待される。

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