【連載】なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか? ②アクリフーズの農薬混入事件
総括責任部署が存在せず
本事件では、外部の調査機関に分析を依頼するのが遅れて、農薬混入が判明するまでに相当な時間を要した。その背景として、グループ内に苦情対応の総括責任部署(対応全体にわたって責任を持つ部署)が存在しなかったことが挙げられる。
マルハニチログループの苦情対応フローでは、ホールディングス、マルハニチロ食品、アクリフーズの本社と群馬工場のそれぞれの品質保証部署(以下、品証)で、苦情処理の仕事を分担していた。本来であれば、グループ内の最上級機関であるホールディングス品証が総括責任部署となるべきだが、苦情の受付や返金などの顧客対応に特化していた。
この苦情対応フローによれば、原因調査の担当は群馬工場である。しかし群馬工場品証では、なかなか異臭の原因が見つからなかった上に、通常の苦情品と違って石油臭がしていたため、普段の苦情案件とは違うと危惧した。
そこで、外部の調査機関に臭気分析を依頼しようと指示伺いを行ったが、苦情対応フローでは群馬工場単独での調査が困難な事態を想定しておらず、指示伺いに回答する部署が決まっていなかった。そのために関係者の間で無責任なやり取りが続き、外部調査機関への発注が2週間も遅延してしまったのである。
現実の危機管理では、このように想定外の問題が発生することは避けられない。そうした事態に際しては、総括責任部署がリーダーシップを発揮して関係部署を取りまとめ、臨機応変に処置していくことが必要である。しかしマルハニチログループの苦情対応フローには総括責任部署が存在せず、何処もイニシアティブを取ろうとしなかったのである。
ミスリーディングな毒性評価
マラチオンが検出されたのは12月27日であるが、実際に対策に着手したのは、29日の危機対策本部会議においてホールディングス社長の最終判断を仰いだ後だった。このように対応が遅かったのは、マラチオンの毒性評価がミスリーディングだったためである。
アクリフーズ品証は、27日にマラチオンの毒性について調査し、LD50 (半数致死量: 投与した動物の半数が死亡する用量)が1g/kg体重であることから、体重20kgの子供に対するLD50値を20gと計算した。その上で、含有率2,200ppmのピザを1kg摂取してもマラチオン量は2.2gにとどまるので、「直ちに健康に影響を与えるものではない」と判断した。
同28日には、15,000ppmという高濃度のマラチオンが検出された。アクリフーズ品証は、LD50値の20gに達するには、15,000ppmのコーンクリームコロッケを60個も摂食する必要があるとして、やはり「直ちに健康に影響を与えるものではない」と評価した。
グループ内でこれらの毒性評価が報告された結果、「それほど切迫した案件ではない」と関係者が思い込み、その後の対応が迅速さを欠いてしまったのである。ところが、致死量のLD50を毒性評価の指標としたことは大きな間違いであった。
D50以下の摂取量でも、ARfD(急性参照用量: 一過性の摂取をしても健康に悪影響を与えない一日当たりの用量)を超えていた場合には、健康被害が発生するおそれがある。マラチオンのARfDは2mg/kg体重であり、体重20kgの子供の場合には40mgとなる。含有率15,000ppmの食品であれば、わずか2.7g(コロッケ1/8個相当)を摂取した段階でARfD値に達するため、直ちに健康への影響があると評価すべき事態であった。
以上の説明だけでは物足りない方へ
(疑問点1)
日本では、2007年暮れに中国企業が製造した冷凍餃子を食べた人が下痢や嘔吐などの中毒症状を訴える事件が発生し、マスコミでも大きく取り上げられた。犯人は中国企業の従業員で、給料・待遇に対する不満から農薬を混入したとされ、アクリフーズ事件との共通点が非常に多い。まさに格好の「他山の石」が存在したにもかかわらず、従業員に対する監視措置が不十分であったのはどうしてだろうか?
(疑問点2)
本事件では、一般消費者の健康被害が発生するおそれがあるため、消費者向けに活発な広報を実施して、農薬混入の疑いがある商品を一刻も早く回収することが必要であった。しかし、マルハニチロは広報対策でも商品回収でも様々な不手際を重ね、信頼をさらに損ねる結果となってしまった。それはどうしてだろうか?
(疑問点3)
犯行の動機は、成果主義の新人事制度により収入が減少したことに対する不満だったが、そもそも契約社員に成果主義を適用することに問題はなかったのだろうか? さらに言えば、成果主義に伴って従業員のモラルが低下するのを予防するためには、どのような工夫が必要なのだろうか?
この事例をもっと深く理解し、以上の疑問点の答えを知りたい方は・・・・
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樋口晴彦(ひぐち・はるひこ)
東京大学経済学部卒業後、上級職として警察庁に勤務。愛知県警察本部警備部長、四国管区警察局首席監察官のほか、外務省情報調査局、内閣官房内閣安全保障室に出向。現在、警察大学校教授として、危機管理・リスク管理分野を担当し、企業不祥事とマネジメントについて研究。米国ダートマス大学MBA、博士(政策研究)。>
(第3回は9月2日掲載予定)