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イノベーションの担い手が語り合う、産官学の「リアルストーリー」

革新の萌芽は多様性の中に宿る
イノベーションの担い手が語り合う、産官学の「リアルストーリー」

左から小宮さん、梶原さん、佐々木さん、徳弘さん

 少子高齢化や環境・エネルギー問題といったさまざまな制約条件を乗り越えた先に、日本はどんな未来社会を描くのか-。イノベーションの担い手たちが産官学、それぞれの立場で語る「リアルストーリー」。そこから見えてくる日本の研究開発の実情とは。

 経済産業省産業技術環境局総務課成果普及・連携推進室長 小宮恵理子(以下、小宮) 
 経済産業省では新たな時代に向けた産業技術政策について議論を始めたところです。世界の技術競争も含めたジオテック、AI(人工知能)やゲノム編集などの破壊的なイノベーションの登場、少子高齢化やエネルギー制約といった社会課題も踏まえ、日本として実現すべき「イノベーション・エコシステム」はどのようなものか、というのが問題意識です。ここにお集まり頂いた皆さんは、これらについて議論を行っている委員会のメンバーです。まず「世界の中の日本」について伺いたいと思います。米国や中国を中心に熾烈(しれつ)なイノベーション創出競争が繰り広げられるいま、日本の強みや立ち位置をどう見ていますか。

 富士通理事 CTO補佐 人事本部副本部長兼ダイバーシティ推進室長 梶原ゆみ子氏(以下、梶原)
 さまざまな産業分野で日本人的なメンタリティーが再評価されていると感じています。「おもてなし」に象徴される、きめ細かいサービスや消費者ニーズを捉えた開発姿勢はほんの一例ですが、こうした日本の強みを土台としながら、企業は新たな価値創造に挑んでいます。一方で、これまでの国の産業技術政策は、さまざまな分野で、またシーズ研究から社会実装に近い領域まで幅広く、いわば「総花的」に後押ししてきた印象があります。しかし、中国や欧州のように目指すビジョンを明確に定め、リソースの集中や戦略的なポートフォリオ配分を行っている国もあります。こうした中、日本は何を目指すべきか、議論を深める時期にあるのではないでしょうか。

 名古屋大学大学院理学研究科 佐々木成江准教授(以下、佐々木)
 私は生命理学という基礎研究に携わる身であるだけに、イノベーションをめぐる議論は往々にして「出口戦略」を中心に語られてしまうので、肩身が狭いと感じているのが率直な気持ちです。ノーベル賞を受賞された先生方が一様に基礎研究の重要性に言及されるように、私も基礎研究費の低迷や研究者のポスト不足という現状に危機感を抱いています。ただ、国家主導でハイテク産業や競争分野に政策資源を集中投下する米国や中国など諸外国に比べれば、日本はまだかろうじて出口に縛られない基礎研究が残っています。基礎研究は一度、その土壌がなくなると、なかなか取り戻せない分野です。そういう意味で、日本はむしろこの状況をもっと強みにしていくべきだと思います。

 小宮 ノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑先生も「AIやロケットはデザインがあり、夢に向かってプロジェクトを組めるが、生命科学はデザインを組むこと自体が難しい」と指摘されていますよね。やはり何に役立つのか分からない基礎研究への理解が十分ではないのかという課題もここ最近よく議論が起こってきており、本当に海外に比べて恵まれているのか、国全体としての基礎研究力の低下、特に若い研究者の研究環境の悪化については、産業政策の立場からも、しっかり向き合う必要があるかもしれないですよね。
 
 佐々木 そうですね。2008年にノーベル化学賞を受賞された下村脩先生のオワンクラゲから精製された緑色蛍光タンパク質(GFP)も、2016年にノーベル医学生理学賞を受賞された大隅良典先生のオートファジーも、生命現象としてはとても面白い研究でしたが、その応用方法が見つかるまでは、何に役立つか分からない基礎研究でした。

原動力は多様性と受け入れること


 梶原 私はイノベーションの原動力はダイバーシティとインクルージョン(包摂)だと思っています。

 佐々木 名古屋大学は女性や若手を積極的に登用する自由闊達(かったつ)な気風があり、挑戦環境として恵まれていると感じます。私の所属する生命理学専攻では、ここ10年で女性教員比率を30%近くに増やすことに成功し、女性がのびのび研究しています。また、私が研究を行っているトランスフォーマティブ生命分子研究所は、文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に採択され、2013年に発足しましたが、発足当初の中心メンバーの平均年齢はおよそ40歳です。

 梶原 活気ある様子は佐々木先生のお話ぶりからよく分かりますよ(笑)。
 
 佐々木 はい。研究所のメンバーたちも、日々わくわくしながら研究に取り組んでいます。ここでは、分子合成化学と動植物科学の連携により、現代社会が直面する環境や食糧問題の解決や医療技術の発展に貢献し、私たちの生活を大きく変える生命機能分子(トランスフォーマティブ生命分子)を生み出すことを目標にしています。

未来を占うキーワード


 梶原 異分野との連携や異質なものとの融合は、イノベーションを生み出すカギとなりますね。それは最先端の研究開発現場はもとより、組織運営にとっても同様です。均質性や効率性が重視されてきた高度成長期と異なり、これからの時代、企業はテクノロジーを駆使して利便性向上のみならず、関係性構築、感動・共感といった利用者視点でビジネス価値を作り上げることが問われます。私がダイバーシティ、とりわけインクルージョンを重視するのは、背景や価値観が異なる人が単に集うだけではなく、互いに違いを認め尊重し、共感が生まれるところにイノベーションの芽は宿ると考えるからです。こうした土壌があるかどうかは、産学に共通する課題ですね。

 小宮 日本の大企業のイノベーション担当のトップに、海外の人材を登用するようなケースも出ているように、IoT(モノのインターネット)やAIをはじめとする技術革新に挑み、新たなビジネスモデルを構築する上では、さまざまな価値観を積極的に受け入れることが不可欠なのでしょうね。

 経済産業省産業技術環境局 大学連携推進室室長補佐 徳弘雅世(以下、徳弘) 
 日本の女性研究者の割合は諸外国に比べても低く、わが国の研究開発現場におけるダイバーシティの推進は重要な課題と考えます。私自身は、国の一部の研究開発事業においては、一定割合の女性の参画を義務づけるといった施策があってもよいのではないかと思っています。技術革新の観点では、厳格な定員主義など国の制度や大学における運用が技術の進歩や新たな人材育成面で十分に対応できていないケースも多く、実情を反映した規制緩和や制度整備が、今後ますます重要になると感じています。

 佐々木 これも名古屋大学の例ですが、全く異分野の学生同士が研究テーマを考え、プレゼンに通ったら研究資金を獲得できるといった取り組みも進めています。

 梶原 テーマの優劣はどなたが判断するのですか。

 佐々木 (研究室を統括する)PIです。異分野の融合、かつ固定概念を打破するようなチャレンジングな研究テーマであるかが審査基準になります。

 梶原 「異分野の融合」と「自由であること」。この二点は企業と大学の未来を占うキーワードですね。
富士通の梶原理事(左)と名古屋大学の佐々木准教

成否のカギは


 小宮 産学連携の件数は増加傾向にあり、かつ特許活用も広がっています。産学連携は質・量ともに向上しており、近年では大学の中に企業が研究所を構えるなど、従来の産学連携を深化させた「産学融合」の新たな動きも進んできたと感じています。このような動きが、もっとダイナミックに起こるような仕掛けを作るのが国の仕事ではないかと思うのですが、企業と大学の「融合」がうまくいっているように思われるケースの共通点には、何を目指し研究開発を進めるのかというビジョンづくりから、企業と大学がじっくり話し合い、それを丸ごと共有し、これらに必要な技術シーズや人材育成などをパッケージにしてお互いにニーズを充足し合っていることがあるように感じます。皆さんの目にはどう映るのでしょうか。

 梶原 それは何事においても当てはまります。企業の組織運営でも明確なビジョン・目標があって、チームメンバーが腹落ちしている、つまり納得感があれば人間は能動的に動き能力を発揮します。同時にビジョンに共感した人材が集まってくる好循環が生まれます。単に「あれやりなさい」「これもやってね」では、組織の壁を越えた連携はおろか、チーム内の活力を引き出すこともできません。

ゴールはただひとつ


 小宮 すると「産学融合」のカギはどこにあるのでしょう。

 佐々木
 狭い目標設定をすべきはないと思います。私が在籍するトランスフォーマティブ生命分子研究所は、世界を変えるような、生命に関わる機能分子を作る。ゴールはただ一点です。しかしアプローチは多様です。

 梶原 いまのお話で印象的なのは、「世界を変える」という意気込み、矜恃(きょうじ)ですよね。イノベーションは一人では起こせません。その思いを共有する人をいかに巻き込むかがポイントであり、それこそ「イノベーション・エコシステム」だと思います。

 小宮 今回の座談会をきっかけに、佐々木先生の研究室と富士通との「産学融合」が実現したりして(笑)。情報とバイオでは分野が違いすぎますか。

 佐々木 違うからこそ、可能性を秘めているんです。

 梶原 そうそう。

大学のパラダイムシフト


 徳弘 大学のパラダイムシフトも必要だと感じています。テーマ設定や相乗効果をいかに発揮するかといった産学連携における課題はありますが、誤解を恐れずに言えば、企業が大学を作ってしまうぐらいの大胆な発想があってもいいのではないでしょうか。実際に、英ダイソンは未来のデザインエンジニアを育てるために大学を設立していますし、ソフトバンクもしかりです。また、文部科学省は現在、私立大学の学部を譲渡できる制度の導入を検討しており、制度を応用すれば、企業立の大学も設置しやすい環境になってくるのではないかと考えています。

 佐々木 博士課程に進み、研究に打ち込んだ人材を、社会でどう生かしイノベーションにつなげていくかも、とりわけ生命科学の分野では大きな課題です。ここ最近、私たちの研究室の2名の若手研究者が、科学技術振興機構(JST)のイノベーション創出に関わるプログラムにそれぞれ採択されました。しかし、二人とも非常に優秀であるにも関わらず、大学内にポストがないため、このままでは支援を受ける資格がないという問題に直面しました。いわゆるポスドク問題です。工学部系ではあまりこうした現象が見られないようなのですが、研究ペースの違いや産学間の人材の流動性の問題が背景にあるようです。

 梶原 産学連携、産学融合の意義が叫ばれますが、学部や学科によってさまざまな事情を抱えているわけですね。政府は柔軟に制度を見直していく必要があるのでは。

 小宮 イノベーションのあり方は分野によって異なる面があるので、分野ごとの施策の検討も必要ではないかと思います。AIやIoTなどの領域では、異分野との連携は必須で、例えばエンジニアリングなどの専門分野に加え、ITやデザイン思考も必要ですよね。さらに言えばアジャイル型でオープンに開発を進めているものも多く、施策立案においても、柔軟性やスピード感が一層求められてきていると感じます。

施策立案に新たな発想を


 梶原 私たちも、仕様を決めて工程通りに作業を進める「ウォーターフォール型」の開発に長らく携わってきましたが、変化の激しいいま、開発を短期のサイクルで回し、現場の実情に合わせ機能を追加、改善していく「アジャイル型」が広がっています。政策手法においてもこうした発想転換が必要かもしれませんね。

 小宮 率直に言って、アジャイルな研究開発と政府のフレームワークの親和性はあまり良くないですよね。政府の施策は目標に向けて、リニアにアウトプットを出すことが求められますし、そもそも予算は原則、年に1回しか編成されないので、アジャイルな対応が難しいと感じることもあります。ただ、できることからスピード感を持って取り組んでいくことは可能だと思っています。いずれにせよ、今回の委員会(産業構造審議会 産業技術環境分科会 研究開発・イノベーション小委員会)でしっかり議論して、2025年、2050年に向けて、世界や社会はどう変化し、その中で日本の産業はどうやって競争力を維持、生み出し社会課題を解決していくのか、日本全体の将来ビジョンを描き、それに基づいて日本のリソースを戦略的に投資していく流れを作るのが重要と感じています。
左から徳弘さん、梶原さん、佐々木さん、小宮さん
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
METIジャーナル2月号の政策特集は「社会課題に挑むイノベーション新潮流」です。最新テクノロジーを駆使して、社会課題の解決に挑む研究開発の最前線に迫ります。

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