進む“資産の高齢化”、金融機関がサービスに知恵絞る
「人生100年時代」と言われ、超高齢化社会の到来に直面する日本。長寿命化とともに、家計金融資産の約3分の2を60歳以上の世帯が保有する“資産の高齢化”も進展している。金融機関は多様な知恵を絞りながら、超高齢社会における金融サービスの在り方を模索。デジタル技術を生かしたきめ細かなサービスや金融分野以外のサービス主体との連携など、金融の垣根を越えた取り組みを加速している。
認知症高齢者の増加が予想されるなど、判断能力が低下した人への金銭管理支援の在り方が課題となる中、銀行業界では信託銀行が、信託機能を生かした資産管理業務などに力を入れている。大手信託銀行が取り扱う「解約制限付き信託」は、お金を信託すると払い出しには子どもなどあらかじめ指定しておいた親族や弁護士などの同意が必要となる。
みずほ信託銀行は「選べる安心信託」に解約制限の機能を取り入れている。資産の保全や承継に関する複数の金融機能と、外部企業との連携により生活支援サービスを提供している。
同商品は顧客が信託した金銭(信託財産)を元本保証で運用しつつ、顧客のライフスタイルに合わせた各種金融機能を必要な時に選んで利用できるのが最大の特徴だ。
信託財産から生活資金などを定時定額で受け取れる機能や、詐欺防止や認知症への備えに向けて本人でも簡単に解約できない機能、暦年贈与機能などを自由に組み合わせられる。信託金額は3000万円以上に設定。2018年11月末時点で同商品の契約累計数は約950件、契約者の平均年齢は84歳と「高齢者向けの金融サービスとしてはヒット商品だ」(みずほ信託銀)と力を込める。
三井住友信託銀行も金銭信託から同意者の同意を得た上で、日々の生活に必要な資金などを定期的に受け取れる「セキュリティ型信託」を提供。預けた資金はあらかじめ指定した家族などの同意がないと支払いできない仕組み。犯罪などに巻き込まれる前に家族などに相談する機会が生まれ、詐欺などを未然に防ぐ効果が期待できる。
三菱UFJ信託銀行の「みらいのまもり」は、有料老人ホームなど施設の入居一時金や1件当たり10万円以上の医療費についてのみ払い出しが可能。信託金額は1000万円以上で、上限金額は設定していない。商品購入者は認知症や老人ホーム、後見人候補となる司法書士の情報なども得られる。
証券各社は高齢者との新たな接点作りに取り組んでいる。中でも野村証券は、超高齢化社会への対応として17年4月に高齢者専門チーム「ハートフルパートナー」を発足。高齢者が抱える長生きへの不安や相続などの悩みに寄り添い、不安の解消をサポートする役割を担う。
金融商品を一方的に提案するのではなく、あくまでも相談相手に徹することで、高齢顧客からの信頼を得ることに主眼を置くことも特徴の一つだ。
森田敏夫社長は、研修で集まったハートフルパートナーに対し、「家族との連携は難しいが、壁を乗り越えてほしい。家族ぐるみで付き合えるような関係を構築してもらいたい」と呼びかけた。
インターネットによる取引が主体となる中、これまで対面営業が主力だった証券会社は環境変化に直面している。ダイレクトメールや電話による提案は減り富裕層顧客の獲得競争も激しさを増す。
一般的に顧客満足度が高まると、入金額が増える傾向にあるとされる。高齢顧客との接点を深めながら、家族との関係を構築し、いかにビジネスへとつなげることができるか。リーディングカンパニーとして野村の挑戦が続いている。
保険業界も人生100年時代に商機を見いだしている。特に増加が予想される認知症に対し、保険商品の開発や市場投入を活発化している。
認知症保険は保障対象を認知症に絞ることで保障を手厚くしながら、保険料を抑えたもの。従来の保険は死亡や病気による入院などを幅広く保障するものが一般的で、保険料も比較的高い。認知症保険を16年に業界で初めて売り出したのは太陽生命保険で、朝日生命保険や富国生命保険、損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険などの中堅生保が商品をそろえる。
さらに18年12月には生保大手の第一生命保険が認知症保険を発売。大手は大規模な営業職員組織と顧客基盤を抱え、認知症保険の販売にもこれらを活用したい考えだ。19年も大手が市場参入する可能性は高い。
一方で、長生きリスクに備える商品で、トンチン年金の発売も増えている。トンチン年金は年金の受け取り開始までの死亡保険金や解約返戻金を低くすることで、長生きするほど年金が多くもらえる仕組み。超低金利で長生きに備える資産形成が難しくなる中で、各社は老後の資金確保に関心の高いシニア層を中心に契約を伸ばす。
保険ではなくサービスで高齢者対応を拡充する動きも活溌だ。生保最大手の日本生命保険は生前の身元保証や生活支援、死亡後の葬儀や遺品整理などまでを総合的にパッケージ化した有償サービスの提供を4月に始める。
高齢化とともに未婚の人や核家族が増える中で、頼れる子や親類のいない人を支援するのが狙い。実際にサービスを展開するのは特定非営利活動法人りすシステム(東京都千代田区)で、日生は自社の保険契約者とサービスを仲介する。高齢者対応の新サービスが保険業界でも広がりそうだ。
高齢化が深刻化する中で、注目を集めているのが「老年学(ジェロントロジー)」と呼ばれる学問だ。
慶応義塾大学は16年、ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センターを設立した。「ファイナンシャル・ジェロントロジー」とは、高齢者の経済活動や資産選択など、高齢化によって発生する経済課題を、経済学を中心にしつつ関連分野と連携して課題解決を見出す新たな研究領域だ。同センターでは、経済学だけでなく、医学などを含めて総合的な見地から研究を進めている。
駒村康平同センター長の現状認識は厳しい。高齢化による認知機能の低下が資産選択に影響を与えうることから、「高齢者個人の資産運用に影響を及ぼす」(駒村センター長)と警鐘を鳴らす。膨大な個人資産が正常に運用されずお金の循環を阻害すれば、「経済成長の足かせになる可能性もある」(同)。
金融庁は18年7月「高齢社会における金融サービスのあり方について」と題した中間報告を発表した。家計金融資産の約3分の2を60歳以上の世帯が保有すると分析するほか、35年には有価証券保有者のうち70歳以上の割合が半分を占める時代が到来する可能性があるという。65歳以上の3人に1人が認知症になる可能性があり、有価証券全体のうち、15%を認知症患者が保有することになる。
認知症になった場合の対策として成年後見制度がある。本人に代わり財産や権利を守り、本人を法的に支援する制度だ。ただ同制度の利用者は20万人にとどまっている。駒村センター長は「現行制度は利用しにくい」と指摘する。
長寿化が進む中、資産や就労、世帯構成などが多様化しており、「モデル世帯」が存在しなくなっている。金融サービスはこうした多様化の対応が課題となる。高齢者が安心して資産を運用できる環境整備が急務となっている。
(文=長塚崇寛、浅野文重、小野里裕一、浅海宏規)
銀行、信託機能で資産管理
認知症高齢者の増加が予想されるなど、判断能力が低下した人への金銭管理支援の在り方が課題となる中、銀行業界では信託銀行が、信託機能を生かした資産管理業務などに力を入れている。大手信託銀行が取り扱う「解約制限付き信託」は、お金を信託すると払い出しには子どもなどあらかじめ指定しておいた親族や弁護士などの同意が必要となる。
みずほ信託銀行は「選べる安心信託」に解約制限の機能を取り入れている。資産の保全や承継に関する複数の金融機能と、外部企業との連携により生活支援サービスを提供している。
同商品は顧客が信託した金銭(信託財産)を元本保証で運用しつつ、顧客のライフスタイルに合わせた各種金融機能を必要な時に選んで利用できるのが最大の特徴だ。
信託財産から生活資金などを定時定額で受け取れる機能や、詐欺防止や認知症への備えに向けて本人でも簡単に解約できない機能、暦年贈与機能などを自由に組み合わせられる。信託金額は3000万円以上に設定。2018年11月末時点で同商品の契約累計数は約950件、契約者の平均年齢は84歳と「高齢者向けの金融サービスとしてはヒット商品だ」(みずほ信託銀)と力を込める。
三井住友信託銀行も金銭信託から同意者の同意を得た上で、日々の生活に必要な資金などを定期的に受け取れる「セキュリティ型信託」を提供。預けた資金はあらかじめ指定した家族などの同意がないと支払いできない仕組み。犯罪などに巻き込まれる前に家族などに相談する機会が生まれ、詐欺などを未然に防ぐ効果が期待できる。
三菱UFJ信託銀行の「みらいのまもり」は、有料老人ホームなど施設の入居一時金や1件当たり10万円以上の医療費についてのみ払い出しが可能。信託金額は1000万円以上で、上限金額は設定していない。商品購入者は認知症や老人ホーム、後見人候補となる司法書士の情報なども得られる。
証券各社 悩み解消に専門組織
証券各社は高齢者との新たな接点作りに取り組んでいる。中でも野村証券は、超高齢化社会への対応として17年4月に高齢者専門チーム「ハートフルパートナー」を発足。高齢者が抱える長生きへの不安や相続などの悩みに寄り添い、不安の解消をサポートする役割を担う。
金融商品を一方的に提案するのではなく、あくまでも相談相手に徹することで、高齢顧客からの信頼を得ることに主眼を置くことも特徴の一つだ。
森田敏夫社長は、研修で集まったハートフルパートナーに対し、「家族との連携は難しいが、壁を乗り越えてほしい。家族ぐるみで付き合えるような関係を構築してもらいたい」と呼びかけた。
インターネットによる取引が主体となる中、これまで対面営業が主力だった証券会社は環境変化に直面している。ダイレクトメールや電話による提案は減り富裕層顧客の獲得競争も激しさを増す。
一般的に顧客満足度が高まると、入金額が増える傾向にあるとされる。高齢顧客との接点を深めながら、家族との関係を構築し、いかにビジネスへとつなげることができるか。リーディングカンパニーとして野村の挑戦が続いている。
認知症保険に相次ぎ参入
保険業界も人生100年時代に商機を見いだしている。特に増加が予想される認知症に対し、保険商品の開発や市場投入を活発化している。
認知症保険は保障対象を認知症に絞ることで保障を手厚くしながら、保険料を抑えたもの。従来の保険は死亡や病気による入院などを幅広く保障するものが一般的で、保険料も比較的高い。認知症保険を16年に業界で初めて売り出したのは太陽生命保険で、朝日生命保険や富国生命保険、損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険などの中堅生保が商品をそろえる。
さらに18年12月には生保大手の第一生命保険が認知症保険を発売。大手は大規模な営業職員組織と顧客基盤を抱え、認知症保険の販売にもこれらを活用したい考えだ。19年も大手が市場参入する可能性は高い。
一方で、長生きリスクに備える商品で、トンチン年金の発売も増えている。トンチン年金は年金の受け取り開始までの死亡保険金や解約返戻金を低くすることで、長生きするほど年金が多くもらえる仕組み。超低金利で長生きに備える資産形成が難しくなる中で、各社は老後の資金確保に関心の高いシニア層を中心に契約を伸ばす。
保険ではなくサービスで高齢者対応を拡充する動きも活溌だ。生保最大手の日本生命保険は生前の身元保証や生活支援、死亡後の葬儀や遺品整理などまでを総合的にパッケージ化した有償サービスの提供を4月に始める。
高齢化とともに未婚の人や核家族が増える中で、頼れる子や親類のいない人を支援するのが狙い。実際にサービスを展開するのは特定非営利活動法人りすシステム(東京都千代田区)で、日生は自社の保険契約者とサービスを仲介する。高齢者対応の新サービスが保険業界でも広がりそうだ。
注目集める「金融老年学」
高齢化が深刻化する中で、注目を集めているのが「老年学(ジェロントロジー)」と呼ばれる学問だ。
慶応義塾大学は16年、ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センターを設立した。「ファイナンシャル・ジェロントロジー」とは、高齢者の経済活動や資産選択など、高齢化によって発生する経済課題を、経済学を中心にしつつ関連分野と連携して課題解決を見出す新たな研究領域だ。同センターでは、経済学だけでなく、医学などを含めて総合的な見地から研究を進めている。
駒村康平同センター長の現状認識は厳しい。高齢化による認知機能の低下が資産選択に影響を与えうることから、「高齢者個人の資産運用に影響を及ぼす」(駒村センター長)と警鐘を鳴らす。膨大な個人資産が正常に運用されずお金の循環を阻害すれば、「経済成長の足かせになる可能性もある」(同)。
金融庁は18年7月「高齢社会における金融サービスのあり方について」と題した中間報告を発表した。家計金融資産の約3分の2を60歳以上の世帯が保有すると分析するほか、35年には有価証券保有者のうち70歳以上の割合が半分を占める時代が到来する可能性があるという。65歳以上の3人に1人が認知症になる可能性があり、有価証券全体のうち、15%を認知症患者が保有することになる。
認知症になった場合の対策として成年後見制度がある。本人に代わり財産や権利を守り、本人を法的に支援する制度だ。ただ同制度の利用者は20万人にとどまっている。駒村センター長は「現行制度は利用しにくい」と指摘する。
長寿化が進む中、資産や就労、世帯構成などが多様化しており、「モデル世帯」が存在しなくなっている。金融サービスはこうした多様化の対応が課題となる。高齢者が安心して資産を運用できる環境整備が急務となっている。
(文=長塚崇寛、浅野文重、小野里裕一、浅海宏規)
日刊工業新聞2019年1月1日