スーパーフォーミュラにデジタル革命、ドライバーの役割どう変わる?
レースデータの“見える化”進む
アジア最高峰のフォーミュラーカーレース「全日本スーパーフォーミュラ選手権」の舞台で情報通信技術(ICT)によるレースデータの“見える化”が進んでいる。参戦チームを支援するICT各社が刻々と変化するマシンの荷重やドライバーの生体情報などをデジタル化。このデジタルデータを解析して最適なレース戦略の策定につなげる狙いだ。IT各社の最先端技術は、顧客への自社サービスのアピールにもなる。
10月27―28日に三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで開催された2018年シーズン最終戦。4人の年間王者を輩出した名門「TCSナカジマレーシング」のピットには、複数台のノートパソコンを並べてレースデータを収集する日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)の社員の姿があった。
インドのITサービス最大手TCSは、17年からナカジマレーシングのタイトルスポンサーを務める。ITによる技術支援もしており、ライバルチームを含む各車両のセクター(区間)ごとのレースタイムと最高速を収集し、モニターに一覧表示するシステムを18年に本格導入した。
スーパーフォーミュラではTVモニターによる直近の周回情報しか公式からは各チームに提供されない。刻々と更新するレースタイムや最高速は従来、チームスタッフが手書きで記録するしかなかった。
このため、日本TCSはモニターに映し出された周回情報の画面を、1秒ごとに画像ファイル化。文字認識システムでデータ化し、データベースに保存するシステムを構築した。
日本TCSの井原一氏は、「クラウド基盤を通じ、エンジニアのタブレットにもデータを配信できるようにした」と工夫を話す。
NTTドコモがタイトルスポンサーの「ドコモチームダンディライアンレーシング」は、東レとNTTグループが共同開発した新素材「ヒトエ」でドライバーの生体情報を計測する実証実験を実施。ヒトエを用いたアンダーシャツで、ドライバーの心電波形や心拍数、上腕部や胸部の筋電を計測した。
車両の速度やブレーキ圧などの走行情報、車載カメラの映像を合わせて分析することでレース中のドライバーのメンタルを数値化。このデジタルデータを蓄積し、ビッグデータ(大量データ)として解析すれば、優れたドライバーをより効率的に育成できる。
さらに、ジャパンディスプレイ(JDI)とは透過率80%の透明カラーディスプレーをヘルメットに装着し、温度や燃費などの車両情報を表示する実証も行った。ダンディライアンレーシングの村岡潔監督は、「レースに勝つ技術を活用したいチーム側と、最先端技術を実証する“極限の場”の欲しい企業との間でウインウインの関係ができていることが大切だ」と語る。
元レーシングドライバーの金石勝智監督が率いる「リアルレーシング」も、アビームコンサルティング(東京都千代田区)の支援を受け、レース中の各種データをリアルタイムで得られるデータベースをクラウド上に構築している。
特徴はデータを音声化し、後続車との差が詰まってくると、人工知能(AI)の支援を受けたスマートスピーカーを通じ、自動的にチームスタッフやドライバーに伝達できるようにしたことだ。チームに帯同する同社の竹井昭人氏は、「直近のレースタイムを尋ねるとスマートスピーカーが答えてくれる」と胸を張る。
同社はハンドルやブレーキの操作、マシンにかかる荷重などを可視化。ドライバーごとのコーナーの曲がり方の違いを比較できる動画解析システムも持つ。燃費を良くし、安全性を高めるデジタル解析は他産業に応用可能なだけに、「例えば保険会社と組んで自動車事故を減らす支援を行える。動画技術は工場向け故障検知システムに応用できる」(竹井氏)。スーパーフォーミュラはIT各社の技術を顧客にアピールする場にもなっている。
自動車レース界では着実にデジタル変革が進んでいる。今後さらなる進展が予想される中、ドライバーの役割やレース戦略はどう変わるのか。日本人初のF1フルタイムドライバーで、総監督としてTCSナカジマレーシングを率いる中嶋悟氏に聞いた。
―中嶋さんが現役だった1980年代は現在のようなデジタル技術はありませんでした
「我々の現役時代はドライバーやエンジニアの持つ勘や経験がレースの多くの部分を占めていた。この部分を頼りにして、エンジニアと会話を重ねてマシンを仕上げていったが、現在は非常に細かいところまでしっかり数値化される。我々の時代には見えなかったさまざまなデータが見えるようになったことで、ドライバー間のタイム差は着実に縮まった」
―デジタル化はドライバーにどんな影響を与えていますか。
「自分の勘とITシステムが示す数値が一致しないこともあるが、現在のドライバーは示された数値を消化しつつ、両方の中間をうまくとっている。ただ、人間の力だけでは分からないことをそのままにせず、ITで示せるようになったことで、次レースへの対応は確実に早くなった」
―大雨だった89年の豪州GPで4位入賞するなど“雨の中嶋”と呼ばれました。
「実は雨でハンドルもブレーキも軽くなり、運転が楽になった。一方で視界が見えづらい中、『エイヤ!』と飛び込む勇気も必要だった。データで数値化されてもレースが始まれば、不測の事態に対応するのはドライバー。(F1で3度ワールドチャンピオンを獲得した)アイルトン・セナなど一流ドライバーは時速300キロメートルの世界で私が1秒しか見られない光景を、2―3秒も見られる能力を持っていたのだろう」
―現在の技術を用いればセナの速さを“見える化”できるかもしれません。
「あらゆるモノが数値化されるようになった中で私が伝えられることは、自分が何を目指すのか強い信念を持つこと。皆がトップドライバーを目指す中、ITシステムが示した課題を克服する強い気持ちや肉体が必要だと若いドライバーに伝えている」
全チームのタイム、即収集し一覧表示
10月27―28日に三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで開催された2018年シーズン最終戦。4人の年間王者を輩出した名門「TCSナカジマレーシング」のピットには、複数台のノートパソコンを並べてレースデータを収集する日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)の社員の姿があった。
インドのITサービス最大手TCSは、17年からナカジマレーシングのタイトルスポンサーを務める。ITによる技術支援もしており、ライバルチームを含む各車両のセクター(区間)ごとのレースタイムと最高速を収集し、モニターに一覧表示するシステムを18年に本格導入した。
スーパーフォーミュラではTVモニターによる直近の周回情報しか公式からは各チームに提供されない。刻々と更新するレースタイムや最高速は従来、チームスタッフが手書きで記録するしかなかった。
このため、日本TCSはモニターに映し出された周回情報の画面を、1秒ごとに画像ファイル化。文字認識システムでデータ化し、データベースに保存するシステムを構築した。
日本TCSの井原一氏は、「クラウド基盤を通じ、エンジニアのタブレットにもデータを配信できるようにした」と工夫を話す。
メンタル数値化、育成に活用
NTTドコモがタイトルスポンサーの「ドコモチームダンディライアンレーシング」は、東レとNTTグループが共同開発した新素材「ヒトエ」でドライバーの生体情報を計測する実証実験を実施。ヒトエを用いたアンダーシャツで、ドライバーの心電波形や心拍数、上腕部や胸部の筋電を計測した。
車両の速度やブレーキ圧などの走行情報、車載カメラの映像を合わせて分析することでレース中のドライバーのメンタルを数値化。このデジタルデータを蓄積し、ビッグデータ(大量データ)として解析すれば、優れたドライバーをより効率的に育成できる。
さらに、ジャパンディスプレイ(JDI)とは透過率80%の透明カラーディスプレーをヘルメットに装着し、温度や燃費などの車両情報を表示する実証も行った。ダンディライアンレーシングの村岡潔監督は、「レースに勝つ技術を活用したいチーム側と、最先端技術を実証する“極限の場”の欲しい企業との間でウインウインの関係ができていることが大切だ」と語る。
元レーシングドライバーの金石勝智監督が率いる「リアルレーシング」も、アビームコンサルティング(東京都千代田区)の支援を受け、レース中の各種データをリアルタイムで得られるデータベースをクラウド上に構築している。
特徴はデータを音声化し、後続車との差が詰まってくると、人工知能(AI)の支援を受けたスマートスピーカーを通じ、自動的にチームスタッフやドライバーに伝達できるようにしたことだ。チームに帯同する同社の竹井昭人氏は、「直近のレースタイムを尋ねるとスマートスピーカーが答えてくれる」と胸を張る。
同社はハンドルやブレーキの操作、マシンにかかる荷重などを可視化。ドライバーごとのコーナーの曲がり方の違いを比較できる動画解析システムも持つ。燃費を良くし、安全性を高めるデジタル解析は他産業に応用可能なだけに、「例えば保険会社と組んで自動車事故を減らす支援を行える。動画技術は工場向け故障検知システムに応用できる」(竹井氏)。スーパーフォーミュラはIT各社の技術を顧客にアピールする場にもなっている。
インタビュー/TCSナカジマレーシング総監督 中嶋悟氏
自動車レース界では着実にデジタル変革が進んでいる。今後さらなる進展が予想される中、ドライバーの役割やレース戦略はどう変わるのか。日本人初のF1フルタイムドライバーで、総監督としてTCSナカジマレーシングを率いる中嶋悟氏に聞いた。
―中嶋さんが現役だった1980年代は現在のようなデジタル技術はありませんでした
「我々の現役時代はドライバーやエンジニアの持つ勘や経験がレースの多くの部分を占めていた。この部分を頼りにして、エンジニアと会話を重ねてマシンを仕上げていったが、現在は非常に細かいところまでしっかり数値化される。我々の時代には見えなかったさまざまなデータが見えるようになったことで、ドライバー間のタイム差は着実に縮まった」
―デジタル化はドライバーにどんな影響を与えていますか。
「自分の勘とITシステムが示す数値が一致しないこともあるが、現在のドライバーは示された数値を消化しつつ、両方の中間をうまくとっている。ただ、人間の力だけでは分からないことをそのままにせず、ITで示せるようになったことで、次レースへの対応は確実に早くなった」
―大雨だった89年の豪州GPで4位入賞するなど“雨の中嶋”と呼ばれました。
「実は雨でハンドルもブレーキも軽くなり、運転が楽になった。一方で視界が見えづらい中、『エイヤ!』と飛び込む勇気も必要だった。データで数値化されてもレースが始まれば、不測の事態に対応するのはドライバー。(F1で3度ワールドチャンピオンを獲得した)アイルトン・セナなど一流ドライバーは時速300キロメートルの世界で私が1秒しか見られない光景を、2―3秒も見られる能力を持っていたのだろう」
―現在の技術を用いればセナの速さを“見える化”できるかもしれません。
「あらゆるモノが数値化されるようになった中で私が伝えられることは、自分が何を目指すのか強い信念を持つこと。皆がトップドライバーを目指す中、ITシステムが示した課題を克服する強い気持ちや肉体が必要だと若いドライバーに伝えている」
日刊工業新聞2018年11月13日