医療機器メーカーの欧州ビジネスに支障も…対応急ぐ「24年問題」とは
安全厳格化、輸出に変革の波
医療機器メーカーの欧州輸出に変革の波が押し寄せている。欧州での医療機器流通に必要な審査が指令から規制へと変わり、要求事項が厳しくなった。2024年5月までに製品を要求に適合させて認証を得なければならず、各社とも「24年問題」への対応を急ぐ。メーカー各社は作業部会の設置で規制対応を本格化。対策が遅れれば製品の市場投入が困難になったり、事業撤退したりするなど、欧州でのビジネスに支障をきたしかねない。
「市場ルールの難易度が変わった」―。独認証機関のテュフラインランドの日本法人の尾苗潤哉医療機器課長はこう話す。17年導入の欧州医療機器規制(MDR)は、欧州で販売するのに安全基準を満たしたことを証明する「CEマーク」を得るための新規制だ。
MDRに準拠しなければCEマークを取得できず、欧州で医療機器を販売できない。MDR発効で細かい臨床評価データや技術文書の提出、市販後監視の定期報告などが求められる。要求事項が増えたため、取得のハードルが上がった。製品のクラスにより、20年5月から順次適用される。
これを踏まえ、内視鏡最大手のオリンパスや画像診断装置大手の日立製作所、キヤノンメディカルシステムズ(栃木県大田原市)など、医療機器メーカーは作業部会を立ち上げ、MDRの要求と自社の状況とのギャップを分析し始めた。
「ここまで大変だとは想定しきれなかった」―。オリンパスの吉益健常務執行役員は、21年3月期に向けた中期経営計画の達成を延期した要因の一つとして、MDR対応を挙げた。新製品に加え、市場に流通する既製品も安全規格に適合する必要がある。
その数は数千アイテムと膨大。同社の場合、現認証の有効期間が切れる22年までに適用しなければならない。そのため、新製品開発の技術者の業務を一部シフトしているという。だが、それでは新製品販売に遅れが生じてしまうことから、全体の計画を見直すことになった。
特に負担になるのが医療機器の安全性や有用性を確認する臨床評価の厳格化だ。カテーテル大手のテルモの千秋和久執行役員は、「欧州向けの機器ではこれまで自主的に臨床データを集めていた。MDRで義務化され、定期的な対応が必要」と指摘。眼科用医療機器大手のトプコンの西沢裕之執行役員は、「最も大変なのは既製品でもエビデンスを作らなければならないこと。そのボリュームを見積もっている」という。
これから欧州は、米国と同等レベルに要求が厳しくなる。米国でビジネスを展開するメーカーにとって対応に特段問題はないが、文書化の作業量が増えるのは必至。少量多品種の医療機器を改めて評価して適合を示さなければならない。
技術や製品の知識に精通し、英語で文書を作成できるような人材の確保も容易ではない。この作業に手間取れば、製品の市場投入時期や製品構成を見直す必要性も出てくる。
販売地域としての欧州はこれまで審査が通りやすかったため、多くのメーカーは欧州を皮切りに世界展開を進めてきた。だが、規制強化で従来通りとはならない。
さらに欧州でCEマークという“お墨付き”を得たことで販売を受け入れる新興国は多い。そのため「欧州で売れなければ、新興国でも売れない」(トプコンの西沢執行役員)と、その影響は欧州にとどまらない。
中小メーカーにとっても痛手だ。販売力に乏しい中小メーカーは、欧州企業に医療機器をOEM(相手先ブランド)供給するケースが多い。だが、MDRで求められる技術文書の踏み込んだ内容の開示は、欧州開拓の足かせにもなる。
これまで技術情報を開示しなくても販売できたという。だがもし事故が起きれば、責任の所在が見えにくい。そのため、供給元の技術情報へのアクセスが取引の前提となり、技術流出の懸念が生じる。自社ブランドで販売するか、欧州から撤退するか―。難しい判断を迫られる。
規制強化の業績への影響については「不透明」(証券アナリスト)との見方が大勢。各社ともそのインパクトを精査中だが、「UDI(機器固有識別)導入要件ではデータ登録の仕様が未確定だったり、認証機関の資格認定が完了していなかったり、現時点では読みにくい」(富士フイルム)。
欧州は日本から画像診断装置や処置用機器などが輸出され、金額ベースで米国や中国とともに輸出規模が大きい。各社が欧州市場をどの程度重視し、リソースの確保やビジネス上のリスクを取れるかが焦点となる。
MDRが導入されたのは、10年に起きた仏ポリー・インプラント・プロテーゼの豊胸用シリコーンパックの破裂事故がきっかけの一つ。認証機関が同社製のインプラントが安全規格に適合すると認証したが、後に安価な工業用シリコーンジェルを使っていることが発覚。容易に破裂しやすく、体内にもれたシリコーンジェルで炎症を起こすなど、多数の健康被害を出した。
検査業務の怠慢が指摘された欧州連合(EU)は、98年施行の医療機器指令(MDD)を改善し、新規制としてMDRを提案、20年ぶりに改編した。こうした経緯があり、医療機器メーカーへの要求のみならず、認証機関による審査の厳格化を求めている。
だが、メーカーと同様、認証機関の課題も少なくない。独医療機器メーカーで構成する業界団体は認証機関への懸念を表明した。一つは専門人材確保やキャパシティーの問題。審査の工数が増える中で審査体制が不十分なら事故が起きかねない。
さらに同じ解釈でのMDRの運用だ。メーカーと認証機関は利害関係が絡むため、過去に同じ製品でも審査にばらつきがあった。潜在リスクを抱えたまま市場に投入しかねず、患者が不利益を被ることになる。
現時点ではMDRが発効されただけで、認証機関が決まっておらず、審査も始まらない。EUによると19年7月以降、認証機関の資格認定が始まる予定。認証機関の淘汰(とうた)が進むのは必至で、「EU全体で50社以上ある認証機関は激減する」(テュフラインランドジャパンの尾苗課長)とみられる。
独業界団体は8月、EUに対し、20年から開始するMDRの適用時期延長を求めた。認証機関、メーカーの規制対応が間に合わないためだという。先行きは見通しにくい状況だが、いかに患者に有効な製品の早期投入と、厳格な審査による安全性の確保を両立できるかが問われる。
(文=清水耕一郎)
市場ルール、難易度上がる
「市場ルールの難易度が変わった」―。独認証機関のテュフラインランドの日本法人の尾苗潤哉医療機器課長はこう話す。17年導入の欧州医療機器規制(MDR)は、欧州で販売するのに安全基準を満たしたことを証明する「CEマーク」を得るための新規制だ。
MDRに準拠しなければCEマークを取得できず、欧州で医療機器を販売できない。MDR発効で細かい臨床評価データや技術文書の提出、市販後監視の定期報告などが求められる。要求事項が増えたため、取得のハードルが上がった。製品のクラスにより、20年5月から順次適用される。
これを踏まえ、内視鏡最大手のオリンパスや画像診断装置大手の日立製作所、キヤノンメディカルシステムズ(栃木県大田原市)など、医療機器メーカーは作業部会を立ち上げ、MDRの要求と自社の状況とのギャップを分析し始めた。
「ここまで大変だとは想定しきれなかった」―。オリンパスの吉益健常務執行役員は、21年3月期に向けた中期経営計画の達成を延期した要因の一つとして、MDR対応を挙げた。新製品に加え、市場に流通する既製品も安全規格に適合する必要がある。
その数は数千アイテムと膨大。同社の場合、現認証の有効期間が切れる22年までに適用しなければならない。そのため、新製品開発の技術者の業務を一部シフトしているという。だが、それでは新製品販売に遅れが生じてしまうことから、全体の計画を見直すことになった。
特に負担になるのが医療機器の安全性や有用性を確認する臨床評価の厳格化だ。カテーテル大手のテルモの千秋和久執行役員は、「欧州向けの機器ではこれまで自主的に臨床データを集めていた。MDRで義務化され、定期的な対応が必要」と指摘。眼科用医療機器大手のトプコンの西沢裕之執行役員は、「最も大変なのは既製品でもエビデンスを作らなければならないこと。そのボリュームを見積もっている」という。
これから欧州は、米国と同等レベルに要求が厳しくなる。米国でビジネスを展開するメーカーにとって対応に特段問題はないが、文書化の作業量が増えるのは必至。少量多品種の医療機器を改めて評価して適合を示さなければならない。
技術や製品の知識に精通し、英語で文書を作成できるような人材の確保も容易ではない。この作業に手間取れば、製品の市場投入時期や製品構成を見直す必要性も出てくる。
販売地域としての欧州はこれまで審査が通りやすかったため、多くのメーカーは欧州を皮切りに世界展開を進めてきた。だが、規制強化で従来通りとはならない。
さらに欧州でCEマークという“お墨付き”を得たことで販売を受け入れる新興国は多い。そのため「欧州で売れなければ、新興国でも売れない」(トプコンの西沢執行役員)と、その影響は欧州にとどまらない。
中小の新規開拓に足かせ
中小メーカーにとっても痛手だ。販売力に乏しい中小メーカーは、欧州企業に医療機器をOEM(相手先ブランド)供給するケースが多い。だが、MDRで求められる技術文書の踏み込んだ内容の開示は、欧州開拓の足かせにもなる。
これまで技術情報を開示しなくても販売できたという。だがもし事故が起きれば、責任の所在が見えにくい。そのため、供給元の技術情報へのアクセスが取引の前提となり、技術流出の懸念が生じる。自社ブランドで販売するか、欧州から撤退するか―。難しい判断を迫られる。
規制強化の業績への影響については「不透明」(証券アナリスト)との見方が大勢。各社ともそのインパクトを精査中だが、「UDI(機器固有識別)導入要件ではデータ登録の仕様が未確定だったり、認証機関の資格認定が完了していなかったり、現時点では読みにくい」(富士フイルム)。
欧州は日本から画像診断装置や処置用機器などが輸出され、金額ベースで米国や中国とともに輸出規模が大きい。各社が欧州市場をどの程度重視し、リソースの確保やビジネス上のリスクを取れるかが焦点となる。
MDRが導入されたのは、10年に起きた仏ポリー・インプラント・プロテーゼの豊胸用シリコーンパックの破裂事故がきっかけの一つ。認証機関が同社製のインプラントが安全規格に適合すると認証したが、後に安価な工業用シリコーンジェルを使っていることが発覚。容易に破裂しやすく、体内にもれたシリコーンジェルで炎症を起こすなど、多数の健康被害を出した。
検査業務の怠慢が指摘された欧州連合(EU)は、98年施行の医療機器指令(MDD)を改善し、新規制としてMDRを提案、20年ぶりに改編した。こうした経緯があり、医療機器メーカーへの要求のみならず、認証機関による審査の厳格化を求めている。
だが、メーカーと同様、認証機関の課題も少なくない。独医療機器メーカーで構成する業界団体は認証機関への懸念を表明した。一つは専門人材確保やキャパシティーの問題。審査の工数が増える中で審査体制が不十分なら事故が起きかねない。
さらに同じ解釈でのMDRの運用だ。メーカーと認証機関は利害関係が絡むため、過去に同じ製品でも審査にばらつきがあった。潜在リスクを抱えたまま市場に投入しかねず、患者が不利益を被ることになる。
現時点ではMDRが発効されただけで、認証機関が決まっておらず、審査も始まらない。EUによると19年7月以降、認証機関の資格認定が始まる予定。認証機関の淘汰(とうた)が進むのは必至で、「EU全体で50社以上ある認証機関は激減する」(テュフラインランドジャパンの尾苗課長)とみられる。
独業界団体は8月、EUに対し、20年から開始するMDRの適用時期延長を求めた。認証機関、メーカーの規制対応が間に合わないためだという。先行きは見通しにくい状況だが、いかに患者に有効な製品の早期投入と、厳格な審査による安全性の確保を両立できるかが問われる。
(文=清水耕一郎)
日刊工業新聞2018年10月8日