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問い合わせが殺到するトヨコーの光レーザー新技術とは?

インフラ老朽化対策の切り札に
7月3日。東京流通センター(東京都大田区)の展示会場は700人を超える来場者の熱気に包まれていた。お目当てはトヨコーが開発した「クーレーザー」。高エネルギーのレーザー光でサビを弾き飛ばして除去する装置だ。デモでレーザー光が当たった部分がみるみるサビの赤褐色から、素材本来の銀色に変化すると会場から「おお」とどよめきがあがった。

 クーレーザーは10月に本格的な事業展開を始める。しかし、技術発表後の反響は大きく、春先から建設、電力、プラント関連などさまざまな業界から1000件以上の問い合わせが殺到した。

 しかし同社は正社員14人の中小企業。個別には対応しきれないと判断し、自社展「クーレーザー・EXPO2018」の開催を決めた。商談コーナーでは待ち時間が最長2時間となる長蛇の列ができた。

新技術に挑む


 豊澤一晃社長は2003年に家業のトヨコーに入社。もともと同社は工場修繕の塗装・防水事業が主力だったが、「塗装だけでは経営が厳しい」(豊澤社長)と感じ、工場屋根の蘇生工法を独自開発した。塗料と樹脂を組み合わせ3層吹き付ける同工法は、アスベストを含むスレート屋根を、樹脂でまるごと封じ込め延命することができる。

 蘇生実績は約70万平方メートルで、樹脂による屋根修繕では全国トップ。今後は自動車大手を主要顧客とする施工実績や施工ノウハウ、品質面での強みを生かし、「SOSEI事業」として拡大を図る。現在は静岡県内が中心の施工業者を全国に広げるとともに、営業網も拡充する方針だ。

地元大学と共同研究


 一方、「クーレーザー事業」は、アイデアマンの豊澤社長が二つのキーワード、“光エネルギー”と“公共事業”に着目したのが始まり。橋やトンネルなどインフラの老朽化は、日本の重大な社会問題になっている。

 橋梁(きょうりょう)など大型構造物を維持、延命するには再塗装するための下地処理技術が重要であり不可欠。しかし、サビが起きやすい橋脚と橋桁をつなぐ部分などは、構造が複雑で作業しにくい。砂をぶつけてサビをとる従来のサンドブラスト工法では、粉じんが飛散し、産廃物の回収も困難であった。

 そこでレーザーによる下地処理に着想した豊澤社長は、光技術を用いて新しい産業を創成することを目指している地元の光産業創成大学院大学の門をたたいた。当初は共同研究でスタートしたが、08年に自ら入学。藤田和久教授らとの共同研究開発を始めた。6年間、最低週に1度通い続け、修了後にクーレーザーを完成させた。

 鉄などの金属はもともと光を反射する。しかし錆びると光を吸収しやすくなり、クーレーザーはこの性質を利用した。当時、レーザークリーニング技術として研究されていたのは断続的に短い時間間隔で高エネルギーのレーザー光を出射することができるパルスレーザー。

 しかしパルスレーザーは高価であり、橋梁などの塗膜やサビを処理する上でのパワー不足や処理速度が課題だった。そこで、クーレーザーは比較的安価で高出力化が進んでいる連続発振型のファイバーレーザーをベースに装置化する決断をした。

 次にファイバーレーザーでの実用化実現のためのステップとして、手持ちで長時間作業ができることや比較的広範囲を効率良く除去できるレーザーヘッドの開発が必要だった。

 豊澤社長はふとアイデアを思いつく。「塗装業で使うグラインダーのように、レーザーを高速回転させれば、ムラなく広範囲を対象にできるのではないか」。藤田教授に相談すると「レーザーをプリズムで屈折させ、プリズムを高速回転させれば円の軌跡を作れる」と実現への道筋が示された。

 クーレーザーはレーザーの波長や照射する時間の工夫によってサビだけを弾き飛ばし、本体の金属のダメージを最小限に抑えた。重さは約3キログラムと軽量で、狭いところでも動かしやすいのも利点だ。

事業拡大へ資本増強


 事業拡大に向け、資本も増強した。鈴与建設(静岡市清水区)と土木施設の塗膜やさびの除去工事を行う施工会社「フォーカス・エンジニア」(静岡市清水区)を共同で設立。新会社の出資比率はトヨコーが60%、鈴与建設が40%。クーレーザーを使った塗膜やサビの除去工法を核に、老朽化が進む橋の補修工事で需要を開拓する。

 さらに18年5月には前田建設工業、第一カッター興業、デジタル・インフォメーション・テクノロジーの3社が計2億円をトヨコーに出資した。

 4月には2025年3月期を最終年度とする新中期経営計画をスタート。SOSEI事業とクーレーザー事業を経営の2本柱とする、新たな成長戦略に向けた大きな一歩を踏み出した。

 経営は豊澤社長と茂見副社長のツートップ体制。豊澤社長は豊かな発想と行動力で新しいアイデアや事業を生み出す。茂見副社長は、トーマツ出身でマネジメントや経営戦略のエキスパートだ。「事業を拡大するには人が必要。まず当期中には20人体制にしたい」(茂見副社長)と人材の採用に奔走する。

地域の産業と融合


 「クーレーザーは、浜松地域が長年に渡って蓄積してきた『光』に関する科学・産業技術と豊澤社長というアントレプレナーが結びつき、生み出されたもの」。こう語るのは、同社を後押しする関東経済産業局の麻生浩司氏。クーレーザーは地元の関連企業への波及だけでなく、インフラ業界が長年抱える課題を広く解決できる可能性がある。「地域・業界を照らす新たな『光』となってもらいたい」(同)。

 各業界から注目を集めるクーレーザーだが、責任を持って施工するため、導入期は自社施工のみで行う。成長期と位置づける2020年以降にレンタルを開始。将来はIoT(モノのインターネット)のサービスモデルを確立するほか、海外展開も視野に入れる。ビジョンの実現に向け、社外の協力会社とも積極的な協業体制を構築する方針だ。8月には日本郵船と海事分野の腐食対策などで共同事業を展開する検討を始めた。

 「パイは自分で焼く」と豊澤社長。限られた市場でパイ取り合戦をするのではなく、「積極的に新技術を開発し、顧客の困り事を解決する。キレイに、未来へつなげたい」と新市場の創出へ、意欲を燃やす。
豊澤社長
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
日本郵船との取り組みは、トヨコーの持つレーザーでさびを除去する技術を用いて、甲板や船底などの鋼材についたさびを取り除く構想。乗組員の作業負担軽減や、粉じんの排出削減につながるとして、船舶での実用化を目指して検証や改良に取り組む。 両社は今後、共同でレーザー照射が鋼材に与える影響や、塗膜の付着、施工方法を検証。現場に合わせた施工方法を確立し、ドックで実船に対するトライアルを実施する。実用化できれば、コスト縮減にもつながるとみる。  甲板上に生じるさびは、乗組員が航海中に工具を使って、さび落としと塗装作業を行っている。さびやすい環境にあるため、効果は長持ちせず、多大な労力が必要だ。船底のさびは、修繕時に砂を吹き付けるサンドブラスト法で磨き落とすが、大量の粉じんや廃棄物が発生してしまう。

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