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たった一行で全てを伝えるコピーライティングの「技」

 古くは「プレイステーション」や「一番搾り」、最近では「VAIO」や「ヘルシア」など誰もが知る商品の広告を手掛けきたクリエイティブディレクターでコピーライターの小霜和也氏に、ネットが発達した現代ならではのコミュニケーション、コピーライティング、広告の「今」と「これから」を聞いた。

 —ネットやデジタルツールが普及した今のコミュニケーションに関する問題意識を教えてください。

 「文脈を重視するカルチャーが失われている。背景に情報過多があると思う。情報があまりにも多いためコミュニケーションの時間を短くしなくてはならない。会話はLINEのスタンプででき、僕自身スタンプを多用する。絵で伝えた方が速い。言葉も「了解」が「りょ」になって、今は「り」で通じる」

「良い仕事」と「文脈」の関係


 「速くて短いコミュニケーションは前後の文脈が疎かになる。例えば裁判で判決を下す時は前後の文脈が基準になる。「盗んだ」という現象だけで量刑は決められない。飢えて魔が差したのか常習なのかで量刑は変わる。「この場合はこういう判断がふさわしい」ということを作っていくのが法律という学問。法律ですら文脈を重視するのに人同士のコミュニケーションは法律よりも条文主義的になっている。言葉の背景や文脈を見ないで、その一言で判断してしまいがちだ」

 —どのような弊害が生じていますか?

 「仕事の質に悪い影響を及ぼしている。最近は仕事で要望を伝える時に「理由は不要」「単に用件のみを伝えれば良い」という風潮が目立つ。「気持ち」が抜けている。要望が生まれた背景まで伝えるべきだが、そのやり方では良い仕事はできない」

 「良い仕事をするためにはコミュニケーションの中に文脈が必要。「ここを大事にしようという話になったので、こう修正したい」と言われれば、「だったらこうした方がもっと良くなりますよ」とより良い提案を返せる。クリエイティブディレクターとしてスタッフにディレクションする時も機械的な依頼は極力しない。「なぜそう考えたのか」という気持ちを語る。それを怠ればちぐはぐな企画が出て来てしまう」

かつての名作コピーは今でも通じる?


 —コピーライティングで重要なことは何ですか?

 「広告コピーは一行の世界。コピーとは一行で文脈を伝える技。色々な要素を一行に込め、色々な連想をしてもらう。最も重要なことは、読み手に「そのコピーは自分に向けたものだ」と思ってもらうこと。自分事として受け取ってもらい「自分にとって価値がありそうだ」と感じてもらうこと。付け加えるならば、広告主がどんな気持ちで商品やサービスを提供しようとしているのかまで感じ取ってもらいたい」

 —今の時代ならではの難しさはありますか?

 「一瞬で全てを伝えることが求められている。そのため、キャッチコピーに求められる基準が変わって来ている。これまでの広告のようにキャッチコピーに含みを与え「それってどういう意味だ?」と感じてもらい、文章(ボディコピー)を読んで「なるほど」と分かってもらう、という構成は難しくなっている。30年前の名作コピーを今に持ってきても効果は出ないと思う。「これ、どう言う意味だ?」と思われた時点で去られてしまう。広告はそのように変わってきた」

 ー数年前に電車で見た、ガムの広告の「息はほぼ、顔。」(ロッテ「ACUO」)というキャッチコピーが今でも印象的なんです。

 「良いコピーですよね。なぜなら、その一行の中で、「口臭がひどいとビジネスシーンなどで人格まで疑われますよ」ということを説教臭くなくカジュアルに連想させているし、「息が良いのは人の美しさのうち」と真理を突くような言い方にもなっているし、当然、「このガムを噛めば良い息になりますよ」ということも伝えている。これらがまさに文脈であり、それを一行に集約できている」

「バカの法則」とは?


 ー主宰している広告学校では、文脈に関してどのようなことを教えているのですか?

 「例えば、バカの法則。「バカ」には色々な意味がある。辞書を引くと「頭の悪い人」だろう。しかし、「愛してる」や「一筋」という意味にもなる。以前、プレイステーションで「ゲームひとすじ。」というコピーを書いた。例えばこれが「ゲームバカです。プレイステーション」というコピーだったとしても、「ゲーム一筋なんだな」と伝わる。また、あえてバカという言葉を使うことで、エンターテインな企業文化も伝わる。企業姿勢や生活者の状況を踏まえた文脈によって「バカ」という言葉も色々な意味に変化したり拡がったりする。コピー一行で、色々なものを連想させるということは、そういうこと」

 ーこれからの時代、コピーライターに求められるものは何ですか?

 「広告もデジタル化が進んでいる。それはターゲティングの精度が上がるということとほぼイコールで、誰がどんな商品に興味があるのかどんどん推測できるようになるということ。人の興味を「キャッチ(引く)」する役割を持ったコピーをキャッチコピーと言うが、その人がその商品に興味があるということが分かっていれば、コピーなどによる興味付けはいらない。極端に言えば商品を見せるだけで良い。ターゲティングの精度によってコピーを書き分ける必要性が出て来た」

 「また、デジタル化によってメディアが様々な役割を持つようになり、これらをどう連携させるかが重要となって来た。そのため、広告コピーも一つ決めれば良い、とはいかなくなっている。「テレビCMでは記憶してもらうフックにしよう」とか「ウェブでは自分にとって価値があると感じてもらうコピーにしよう」とか「この内容ならテキストよりビジュアルの方がスピーディに伝わるんじゃない」といった範囲まで全て見極めて言葉を書き分けていくことがこれからのコピーライターの仕事になっていくと思う。これまでのマス広告的世界ではコピーは誰もがある程度理解してくれる最大公約数的なものを目指していたが、ある意味、その固定的な評価軸が、今後はどんどん流動的になっていくだろう」
(文・平川 透)

プロフィール
こしも・かずや クリエイティブディレクター、コピーライター。86年、東京大学法学部卒業、同年コピーライターとして博報堂入社。98年退社。現在、ノープロブレム合同会社、株式会社小霜オフィス代表。「プレイステーション」や「一番搾り」、「ドラゴンクエストX」、「VAIO」など多くの広告に携わる。マス・Web広告統合の先駆を務める。広告賞受賞多数。著書に「急いでデジタルクリエイティブの本当の話をします。」「ここらで広告コピーの本当の話をします。」などがある。
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
「企画」というテーマで改めて小霜さんに取材し、記事にする予定です。小霜さんは企画の良いヒントを得るために大切にしていることがあります。それは何でしょうか? 近日公開いたします。

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