九州北部豪雨をもたらした“線状降水帯” 最新技術で被害抑制は可能か
「雲のもと」捉える最新レーダーも
福岡、大分両県に大きな傷跡を残した九州北部豪雨の発生から5日で1年を迎える。近年、豪雨の発生は局地・甚大化する傾向にあり、特に積乱雲が連なる「線状降水帯」を伴う豪雨は、河川の氾濫や浸水、土砂崩れなど大きな被害をもたらしやすい。その発生予測技術の確立は急務だ。従来は捕捉困難とされた積乱雲の動きをより早く、より高精度に捉えて防災につなげようと、最新の知見や技術を活用した取り組みが進む。(曽谷絵里子)
次々と発生する積乱雲が列をなし、同じ地域で長時間雨を降らす線状降水帯。2017年7月に発生し、41人の死者・行方不明者を出した九州北部豪雨もこの影響を受けた。
防災科学技術研究所の加藤亮平特別研究員らが95年から09年の豪雨を解析した結果、台風の直接的な影響がない集中豪雨の約3分の2は、線状降水帯に伴って発生していたことが分かった。
線状降水帯では、風上で次々と新しい積乱雲が発生し、世代交代しながら風下で雨を降らす。その結果、特定の地点では数時間にわたって積乱雲が停滞した状態となって豪雨が続く。
だが、こうした積乱雲の組織化プロセスは解明されておらず、線状降水帯に伴う降雨予測は現状では難しい。また、積乱雲発生には、気流や地表の温度傾度のほか、山地への衝突などの「トリガー」が影響する。各トリガーがどの程度寄与するかやそのメカニズムも不明な部分が多い。
そこで防災科研は、積乱雲が誕生してから発達、雨を降らす最盛期を迎えるまでの「一生観測」に取り組んでいる。高精度の観測ができる雨量レーダー「XバンドMPレーダー」をはじめ、雲レーダー、レーザー光を使って風の分布を測定する「ドップラーライダー」、マイクロ波放射計を首都圏へ高密度に展開。これらを組み合わせ、“雲のもと”になる水蒸気量や雲を発達させる気流を観測し、積乱雲の詳細な挙動解明を進める。
数値予測にこうした観測値を反映できれば、雨の降る場所や雨量の予測は格段に向上する。加藤特別研究員は、「用途によって求められる項目も精度も違う。河川の氾濫管理では、流域の積算雨量の高精度な予測が重要。ニーズを聞きながら開発し、防災・減災に役立てたい」と述べる。
豪雨の早期予測に向け、雲のもとの検知はさらに進化している。防災科研は17年11月、雲を立体的に観測する電波と、雨粒や氷粒の大きさなどを観測する電波を同時に出す最新型の気象レーダー「マルチパラメーターフェーズドアレイ気象レーダー(MP―PAWR)」を埼玉大学に設置した。
30秒で上空を立体スキャンし、雲の3次元構造を得られる。従来のレーダーでは5分以上かかり、10分程度で急速に発達する積乱雲を捉えられなかった。情報通信研究機構などが内閣府の府省連携プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の一環で開発した。
より早く、豪雨発生の可能性を捉えるための研究も進む。気象庁気象研究所は、全球測位衛星システム(GNSS)を活用し、船舶による海上水蒸気観測に取り組む。
GNSSは、豪雨予測に重要な大気中の水蒸気量計測に利用できる。水蒸気は、衛星から受信する電波に遅れを生じさせる。この遅れを解析することで、降雨時にも水蒸気量を求められる。
陸上ではGNSSによる水蒸気観測がすでに実用化され、09年から全国1300点以上で計測している。だが、陸上の予測だけでは豪雨発生の直前にしか捉えられない。
気象研の気象衛星・観測システム研究部の小司禎教室長は「四方を海に囲まれた日本では、海上での水蒸気観測が重要」と指摘。九州北部豪雨でも海上からの流入量を予測できず、予測精度を高められなかった。
従来、GNSSによる水蒸気観測は、船舶のような移動体での適用は不可能とされていた。だが、「測位衛星数の増加、ネット環境の整備、移動体の測位精度向上といった周辺技術の進展で実現できた」(小司室長)。
海洋気象観測船などで精度を確認し、今後は日本周辺を定期航行する民間フェリーの活用を目指す。年内にも、沖縄と九州を結ぶフェリーに受信機を搭載し、東シナ海で観測を始める。
一方、こうした観測結果を適切な防災行動につなげるには、通知方法の充実も重要だ。SIPに参画する日本気象協会は、MP―PAWRによる早期の警戒情報の活用を目指した社会実証を近く始める。自治体や一般のモニターを1000人規模で募集し、10分ごと1時間先までの豪雨予測をメールで通知。モニターの反応や防災への効果を調べる。
ただ、時間雨量の通知では危険度が分かりにくいという声もある。同協会の山路昭彦防災ソリューション事業部長は「通知する雨量基準やタイミング、表現方法など効果的な伝え方を見極め、実用性の高いシステムを作りたい」と話す。
ウェザーニューズは市民からの情報も活用し、大量の観測画像を人工知能(AI)で解析し、アプリで通知するサービスを始めた。従来は35分後以降は1キロメートルメッシュだった降水予測を、3時間後まで250メートルメッシュに高精度化。1時間より先の雨雲の動きを10分間隔で伝える。
これを実現したのが“実況”情報量の多さだ。国内約1万3000点の独自観測網に加え、全国の「ウェザーリポーター」から1日平均18万通の観測結果が届く。これらの画像をAIで自動判別し、雲の発達や移動速度を予測する。リポーターから届く写真にはレーダーに映らない雲も含まれ、予測の補正に役立つ。スマホの普及で、市民による気象観測も広まりつつある。
積乱雲の停滞状態 “一生”を観測、挙動解明
次々と発生する積乱雲が列をなし、同じ地域で長時間雨を降らす線状降水帯。2017年7月に発生し、41人の死者・行方不明者を出した九州北部豪雨もこの影響を受けた。
防災科学技術研究所の加藤亮平特別研究員らが95年から09年の豪雨を解析した結果、台風の直接的な影響がない集中豪雨の約3分の2は、線状降水帯に伴って発生していたことが分かった。
線状降水帯では、風上で次々と新しい積乱雲が発生し、世代交代しながら風下で雨を降らす。その結果、特定の地点では数時間にわたって積乱雲が停滞した状態となって豪雨が続く。
だが、こうした積乱雲の組織化プロセスは解明されておらず、線状降水帯に伴う降雨予測は現状では難しい。また、積乱雲発生には、気流や地表の温度傾度のほか、山地への衝突などの「トリガー」が影響する。各トリガーがどの程度寄与するかやそのメカニズムも不明な部分が多い。
そこで防災科研は、積乱雲が誕生してから発達、雨を降らす最盛期を迎えるまでの「一生観測」に取り組んでいる。高精度の観測ができる雨量レーダー「XバンドMPレーダー」をはじめ、雲レーダー、レーザー光を使って風の分布を測定する「ドップラーライダー」、マイクロ波放射計を首都圏へ高密度に展開。これらを組み合わせ、“雲のもと”になる水蒸気量や雲を発達させる気流を観測し、積乱雲の詳細な挙動解明を進める。
数値予測にこうした観測値を反映できれば、雨の降る場所や雨量の予測は格段に向上する。加藤特別研究員は、「用途によって求められる項目も精度も違う。河川の氾濫管理では、流域の積算雨量の高精度な予測が重要。ニーズを聞きながら開発し、防災・減災に役立てたい」と述べる。
「雪のもと」捉える 30秒で3次元画像
豪雨の早期予測に向け、雲のもとの検知はさらに進化している。防災科研は17年11月、雲を立体的に観測する電波と、雨粒や氷粒の大きさなどを観測する電波を同時に出す最新型の気象レーダー「マルチパラメーターフェーズドアレイ気象レーダー(MP―PAWR)」を埼玉大学に設置した。
30秒で上空を立体スキャンし、雲の3次元構造を得られる。従来のレーダーでは5分以上かかり、10分程度で急速に発達する積乱雲を捉えられなかった。情報通信研究機構などが内閣府の府省連携プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の一環で開発した。
より早く、豪雨発生の可能性を捉えるための研究も進む。気象庁気象研究所は、全球測位衛星システム(GNSS)を活用し、船舶による海上水蒸気観測に取り組む。
GNSSは、豪雨予測に重要な大気中の水蒸気量計測に利用できる。水蒸気は、衛星から受信する電波に遅れを生じさせる。この遅れを解析することで、降雨時にも水蒸気量を求められる。
陸上ではGNSSによる水蒸気観測がすでに実用化され、09年から全国1300点以上で計測している。だが、陸上の予測だけでは豪雨発生の直前にしか捉えられない。
気象研の気象衛星・観測システム研究部の小司禎教室長は「四方を海に囲まれた日本では、海上での水蒸気観測が重要」と指摘。九州北部豪雨でも海上からの流入量を予測できず、予測精度を高められなかった。
従来、GNSSによる水蒸気観測は、船舶のような移動体での適用は不可能とされていた。だが、「測位衛星数の増加、ネット環境の整備、移動体の測位精度向上といった周辺技術の進展で実現できた」(小司室長)。
海洋気象観測船などで精度を確認し、今後は日本周辺を定期航行する民間フェリーの活用を目指す。年内にも、沖縄と九州を結ぶフェリーに受信機を搭載し、東シナ海で観測を始める。
防災につなげる 通知方法の充実重要
一方、こうした観測結果を適切な防災行動につなげるには、通知方法の充実も重要だ。SIPに参画する日本気象協会は、MP―PAWRによる早期の警戒情報の活用を目指した社会実証を近く始める。自治体や一般のモニターを1000人規模で募集し、10分ごと1時間先までの豪雨予測をメールで通知。モニターの反応や防災への効果を調べる。
ただ、時間雨量の通知では危険度が分かりにくいという声もある。同協会の山路昭彦防災ソリューション事業部長は「通知する雨量基準やタイミング、表現方法など効果的な伝え方を見極め、実用性の高いシステムを作りたい」と話す。
ウェザーニューズは市民からの情報も活用し、大量の観測画像を人工知能(AI)で解析し、アプリで通知するサービスを始めた。従来は35分後以降は1キロメートルメッシュだった降水予測を、3時間後まで250メートルメッシュに高精度化。1時間より先の雨雲の動きを10分間隔で伝える。
これを実現したのが“実況”情報量の多さだ。国内約1万3000点の独自観測網に加え、全国の「ウェザーリポーター」から1日平均18万通の観測結果が届く。これらの画像をAIで自動判別し、雲の発達や移動速度を予測する。リポーターから届く写真にはレーダーに映らない雲も含まれ、予測の補正に役立つ。スマホの普及で、市民による気象観測も広まりつつある。
日刊工業新聞2018年7月4日