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「中西経団連」始動、デジタル省は実現するか

分かりにくい「ソサエティー5・0」の具体策に
「中西経団連」始動、デジタル省は実現するか

経団連新会長(日立製作所会長)中西宏明氏

 「中西経団連」が始動する。経団連は31日に定時総会を開き、新たな会長に日立製作所の中西宏明会長を選任する。デジタル技術で社会課題を解決するSociety(ソサエティー)5・0(超スマート社会)の実現を通じ、民間主導の経済成長でデフレ脱却を果たせるか。歴史的な産業のパラダイムシフトや保護主義が台頭する中、日本企業の変革を促し、国際ルール作りを主導する発信力に期待がかかる。

 「軽快なフットワークとデジタル技術への造詣の深さ、日立の構造改革で見せた決断力は今の時代にふさわしい」。経団連副会長経験者の一人は話す。

 ソサエティー5・0は、2016年1月に策定された政府の第5期科学技術基本計画で初めて提唱され、17年の政府の未来投資戦略に盛り込まれた。政権の経済政策「アベノミクス」3本目の矢の一つである成長戦略の柱に位置付けられる。

 中西氏が尽力し、榊原定征経団連の下、官民挙げて推進する道筋を付けた。次の4年は実行フェーズ。行程表を作成、官民でゴールを共有する。

 17年6月の未来投資会議の席上、委員を務める中西氏は安倍晋三首相を前にデジタル革命について説明し、「業界を再編し、我々の事業基盤の根底を揺るがすようなことも起きる。これをネガティブに捉えてはいけない。ダイナミックな動きをするポジティブな捉え方を日本が先頭を切ってやっていく」と決意表明した。

 ソサエティー5・0は、日本発のコンセプト主導型の戦略だが、「分かりにくい」との指摘は根強く、否定的な見方もある。しかし、本質は産業の新陳代謝を伴う社会課題の解決で、人工知能(AI)やロボットの技術進化は必要条件だ。

 中西氏は日本企業に足りない点を「挑戦したいというプラス思考の雰囲気をもっとつくらないといけない。『我が社の状況を考えるとそこまでは(やらなくてもいい)』というのは脱却しなければならない」とマインドセットの改善を促す。

 また、「経団連が提言を書き、政府が号令をかけるだけでソサエティー5・0がどんどん進むとは思わない」とも述べており、行政推進体制にも意見を言う。

 具体的には今月提言した「デジタル省(情報経済社会省)」の創設だ。総務省、経済産業省、内閣官房IT総合戦略室などの情報通信・デジタル政策を統合し、予算権限を持った強い司令塔を求めた。

 世界では中国のインターネット安全法、欧州連合(EU)の一般データ保護規則など、データの越境移転を規制するデータローカライゼーションの動きが顕在化。環境保護と経済成長を両立する「サーキュラーエコノミー(循環経済)」には各国が産業政策の視点を含める公算が大きい。

 サイバーセキュリティーを含め、国際ルールの議論を主導できなければ市場から弾き出されかねない。

 デジタル政策に対する政府のスピード感に半ば疑問を呈した形のデジタル省の提案は、「まずは省庁間の連携を強めることに全力を注ぐ」(世耕弘成経済産業相)と一石を投じた。

 一方で、日本の企業風土の変化も実感している。例えばコーポレートガバナンス(企業統治)のあり方。4年前の経団連には副会長企業ですら社外取締役を増やすことに否定的な見方があったが、「今ではそういう発言の人はいない」。

 その上で「政府が事細かに細則を決めることは望ましくない」と述べ、各社が市場との対話を通して長期展望に沿った企業価値向上を図るべきだと説く。

 経団連は6月1日、「ソーシャル・コミュニケーション本部」を発足。海外機関投資家との意見交換や情報発信を進め、国連の持続可能な開発目標(SDGs)と連動する形で企業がESG(環境・社会・企業統治)投資を呼び込んでいく動きを後押しする。

 中西氏は安倍首相と親しい経済人とともに会食を重ねる仲だ。原発などエネルギー政策や社会保障政策、財政再建などの課題に是々非々で臨めるのかを問う声があるのも事実。ただ、グローバル経済の不確実性が増す中、経団連のプレゼンスをとやかく言う暇はない。中西経団連には実行あるのみだ。
                  

インタビュー「デジタルが最も大事な横断的施策だ」


 ―就任の抱負は。
 「中西色を大きく打ち出す考えはない。榊原経団連の副会長として経済成長、構造改革、経済外交を進めてきた。結果を具体的な形にしたい。デジタル技術を活用した自動化では日本は最先端。日本が遅れているという前提に立つ必要ない」

 ―デフレ脱却に必要なことは。
 「力強い経済成長さえあれば物価水準は安定的な上昇気流に乗る。経済成長にはソサエティー5・0を軸とした、ITが社会のあらゆる分野に入る『デジタルトランスフォーメーション』が必要。デジタル技術を社会基盤として活用できれば、日本には成長機会がたくさんある。政府も全面賛成しているが、言葉ほど進んでいない。いかにブレークスルーさせるかが大きな宿題だ」

 ―任期中にどこまで進められますか。
 「技術革新の問題ではない。いかに人が幸せを感じられるか、人間味の勝負だ。社会課題と結びつけ、人間本位の社会がどのように出来上がるのか、ゴールを共有しながら解答を創造しなければならない。最もやりたいことはゴールの共有だ」

 ―ソサエティー5・0推進で政府の役割は。
 「製造・流通・サービスなど業界の垣根がなくなる中、産業構造を真正面から捉え、従来型産業を守る姿勢より、新産業をつくり上げていくアプローチが必要だ。そのような経済界、産業界の動きを政府が助けていくのが基本スタンスになるだろう」

 ―デジタル省創設を提言しました。
 「従来型の縦割り行政では片づかない課題が多く出てきた。政府も認識しており、内閣府に(司令塔機能を)集めているが、予算権限なしでは進まない。省庁横断が問題ではなく、今の時代認識からデジタルが最も大事な横断的施策だ」

 ―財政再建の課題は。
 「財政再建の最大のボトルネックは社会保障関連費用。少子高齢化で構造的に無理がきて国民が将来不安を覚える中、一歩も二歩も明確に踏み出さねばならない。共通理解があれば多少の痛みを伴う改革もできる」

 ―政権との距離感については。
 「経済界と意見の対立があることが望ましいとは思わない。ただ、互いに背負っている社会的責任は異なる。見解に相違があるのは当たり前。意見交換できる関係を築くことが政治との距離感だ」

 ―働き方改革関連法案の成立が大詰めを迎えています。
 「(働き方改革は)基本的には経営者と従業員で決める問題。ただ、やる気を引き出す賃上げをしなければ企業は競争力を失う。賃金体系の変更と働き方改革は一体だ。政府が一緒にやろうと音頭を取っていただけるのは非常によいことだ」

 ―経済外交の課題と米国との関係は。
 「地政学的リスクが企業経営で無視できない。(日米は)国同士の率直な対話をぜひやってほしい。ただ、それだけで全ては片付かない。米国は典型。州単位などコミュニケーションの多様化が重要になる」

 ―エネルギー政策について。
 「遠い将来ではなく、化石燃料が枯渇した時に再生可能エネルギーだけでは賄えない。大型原発の安全性は良く議論すべきだが、原子力エネルギーの利用技術は人類にとって必要。経団連としてもしっかり言っていくべきだ」
                  

(聞き手=鈴木真央)
日刊工業新聞2018年5月31日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
中西さんとのお付き合いは記者時代からかれこれ10年くらいになる。経団連的なものに最も距離のあった中西さんが会長に。このパラドックスを楽しんで見て行きたい。

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