水素サプライチェーン本格化、日本の技術は世界をけん引できるか
エネルギー基本計画で道筋、産業界の動きも本格化
1次エネルギーの9割超を海外の化石燃料に依存する日本。エネルギー安全保障の確保と温室効果ガス排出削減を両立する有力な資源として注目を集めるのが水素だ。日本は燃料電池自動車(FCV)などの技術で世界最先端を走り、2017年末に策定された政府の「水素基本戦略」では水素技術で世界のカーボンフリーをけん引する道筋が示された。今夏の改定を目指すエネルギー基本計画の骨子にも水素利用が盛り込まれる見通し。産業界の動きも本格化する。
4月、豪ビクトリア州で開催された褐炭水素サプライチェーン・プロジェクトの公式発表式典。ターンブル豪首相をはじめ、日豪両国からハイレベルの官民関係者が駆けつけ、プロジェクトの成功に向け、緊密に連携することを確認した。
豪政府の補助金を受け、川崎重工業やJパワー(電源開発)、岩谷産業、丸紅、豪AGLエナジーの5社がコンソーシアムを組み、豪州の褐炭から製造された水素を液化し、日本へ輸送する供給網の構築で実証事業に取り組む。
二酸化炭素分離回収・貯留(CCS)技術と組み合わせており、CO2(二酸化炭素)フリーの水素という点も特徴の一つだ。
豪ビクトリア州の褐炭可採埋蔵量は推計約2000億トン。日本の総発電量の約240年分に相当する。ただ、褐炭には多くの水分が含まれ、重量当たりのカロリーが低い。輸送に向かない上に自然発火するため、使途は限定的だった。
中核メンバーの川重技術開発本部副本部長兼水素チェーン開発センター長の原田英一執行役員は「褐炭を有効活用し、クリーンエネルギーの源となる水素を製造することで両国に利益をもたらす」と意義を強調する。20年代半ばまでに商用化を見据えた実証試験に乗り出す計画だ。
日本政府は水素を再生可能エネルギーと並ぶ新たなエネルギーの選択肢として位置付ける。最大の課題は低コスト化。褐炭など安価な原料から大量に水素を製造・輸送するためのサプライチェーン構築が「供給」サイドの取り組みと、FCVや水素発電など「利用」サイドの技術開発を強力に後押しし、50年にもガソリンや液化天然ガス(LNG)と同程度のコストを実現するのが水素基本戦略の柱だ。
水素供給網では千代田化工建設、三菱商事、三井物産、日本郵船の4社によるアプローチも有力だ。ブルネイで調達した未利用資源由来の水素を有機ケミカルハイドライド法により消費地まで輸送し、火力発電の燃料として利用する。
8月から実証に必要なプラントの建設が始まる予定だ。4月下旬、ブルネイで下準備が始まった。天然ガスの液化プラントで発生する未利用のガスの供給を受けながら水素を製造し、トルエンと化学反応させることで液体化して貯蔵し、川崎市臨海部に輸送する。
実証では最大年210トンの水素を供給する。これはFCV約4万台に充填できる量に相当する。液体の水素を気体に戻し、昭和シェル石油傘下の東亜石油(川崎市川崎区)の京浜製油所で火力発電の燃料に利用する。
技術の肝は千代田化工が持つ水素を気体化する技術。水素とトルエンを分離する自社開発の触媒がカギを握る。トルエンを船に乗せて水素の調達地で再利用することにつなげる。循環型の仕組みにより、水素を安定的に供給できるようにする。石油用のタンカーやタンクなどを使える利点も大きい。
4社は17年夏から「次世代水素エネルギーチェーン技術研究組合」を運営。三菱日立パワーシステムズ(MHPS)と日本政策投資銀行とも研究面で協力関係を築く。
「利用」サイドの動きも本格化する。ポイントの一つがFCV。昨今、中国の電気自動車(EV)や蓄電池政策に加え、英国やフランスのガソリン車禁止などでEVシフトに注目が集まるが、「その背景には日本が先行するFCVへのけん制との声が一部にある」(経産省)。
例えばドイツは水素ステーションを23年に400カ所整備することを目指し、米カリフォルニア州では官民連携組織主導の下で25年までに200カ所(17年時点51カ所)の整備を目指す。中国では上海同済大学や清華大学が自動車メーカーと開発で連携し、25年にFCV5万台の導入目標を掲げる。
トヨタ自動車と独BMW、独ダイムラーと日産自動車、米ゼネラル・モーターズ(GM)とホンダなど国際的な共同開発も進められ、韓国・現代自動車も18年に量産型FCVを投入する見通し。「各国のFCV開発はむしろ活発化」(同)するとの見方がある。
水素の大量利用実現に欠かせないのが発電分野だ。現状、国内の水素調達量はわずか年0・02万トン。水素基本戦略では20年に同0・4万トン、商用サプライチェーンが動きだす30年に同30万トンまで増やす方針。年30万トンはおよそ原子力発電所(100万キロワット級)1基分の発電容量に相当する。
50年には発電容量1500万キロ―3000万キロワット程度に相当する年間500万―1000万トン程度を目安とし、水素発電のコストをLNG火力発電と同等に引き下げる計画だ。この青写真は「発電での消費量に大きく依存する」(同)という。
4月20日、大林組と川重が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業として市街地における水素燃料100%のガスタービン発電でコージェネレーション(熱電併給)を世界で初めて達成したと発表した。
17年12月に神戸ポートアイランド(神戸市中央区)に完成した出力1000キロワット級水素ガスタービンを核とした熱電併給システムでさまざまな技術検証を進める中、システム全体が問題なく稼働することを確認したことは大きな前進だ。
また、MHPSはオランダのエネルギー企業ヌオンが運営する出力132万キロワット級の天然ガス焚きガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)発電所を水素焚きに転換するプロジェクトに参画。初期段階の事業化調査(FS)を実施し、3月に水素燃焼への転換が可能だと確認したと発表した。
FCVと並び、発電分野でも日本は世界をリードできる技術基盤を保有する。引き続き官民連携を強めて国際競争力を高め、将来の水素社会を迎えたい。
(文=鈴木真央、孝志勇輔)
4月、豪ビクトリア州で開催された褐炭水素サプライチェーン・プロジェクトの公式発表式典。ターンブル豪首相をはじめ、日豪両国からハイレベルの官民関係者が駆けつけ、プロジェクトの成功に向け、緊密に連携することを確認した。
豪政府の補助金を受け、川崎重工業やJパワー(電源開発)、岩谷産業、丸紅、豪AGLエナジーの5社がコンソーシアムを組み、豪州の褐炭から製造された水素を液化し、日本へ輸送する供給網の構築で実証事業に取り組む。
二酸化炭素分離回収・貯留(CCS)技術と組み合わせており、CO2(二酸化炭素)フリーの水素という点も特徴の一つだ。
豪ビクトリア州の褐炭可採埋蔵量は推計約2000億トン。日本の総発電量の約240年分に相当する。ただ、褐炭には多くの水分が含まれ、重量当たりのカロリーが低い。輸送に向かない上に自然発火するため、使途は限定的だった。
中核メンバーの川重技術開発本部副本部長兼水素チェーン開発センター長の原田英一執行役員は「褐炭を有効活用し、クリーンエネルギーの源となる水素を製造することで両国に利益をもたらす」と意義を強調する。20年代半ばまでに商用化を見据えた実証試験に乗り出す計画だ。
日本政府は水素を再生可能エネルギーと並ぶ新たなエネルギーの選択肢として位置付ける。最大の課題は低コスト化。褐炭など安価な原料から大量に水素を製造・輸送するためのサプライチェーン構築が「供給」サイドの取り組みと、FCVや水素発電など「利用」サイドの技術開発を強力に後押しし、50年にもガソリンや液化天然ガス(LNG)と同程度のコストを実現するのが水素基本戦略の柱だ。
水素供給網では千代田化工建設、三菱商事、三井物産、日本郵船の4社によるアプローチも有力だ。ブルネイで調達した未利用資源由来の水素を有機ケミカルハイドライド法により消費地まで輸送し、火力発電の燃料として利用する。
8月から実証に必要なプラントの建設が始まる予定だ。4月下旬、ブルネイで下準備が始まった。天然ガスの液化プラントで発生する未利用のガスの供給を受けながら水素を製造し、トルエンと化学反応させることで液体化して貯蔵し、川崎市臨海部に輸送する。
実証では最大年210トンの水素を供給する。これはFCV約4万台に充填できる量に相当する。液体の水素を気体に戻し、昭和シェル石油傘下の東亜石油(川崎市川崎区)の京浜製油所で火力発電の燃料に利用する。
技術の肝は千代田化工が持つ水素を気体化する技術。水素とトルエンを分離する自社開発の触媒がカギを握る。トルエンを船に乗せて水素の調達地で再利用することにつなげる。循環型の仕組みにより、水素を安定的に供給できるようにする。石油用のタンカーやタンクなどを使える利点も大きい。
4社は17年夏から「次世代水素エネルギーチェーン技術研究組合」を運営。三菱日立パワーシステムズ(MHPS)と日本政策投資銀行とも研究面で協力関係を築く。
「利用」サイドの動きも本格化する。ポイントの一つがFCV。昨今、中国の電気自動車(EV)や蓄電池政策に加え、英国やフランスのガソリン車禁止などでEVシフトに注目が集まるが、「その背景には日本が先行するFCVへのけん制との声が一部にある」(経産省)。
例えばドイツは水素ステーションを23年に400カ所整備することを目指し、米カリフォルニア州では官民連携組織主導の下で25年までに200カ所(17年時点51カ所)の整備を目指す。中国では上海同済大学や清華大学が自動車メーカーと開発で連携し、25年にFCV5万台の導入目標を掲げる。
トヨタ自動車と独BMW、独ダイムラーと日産自動車、米ゼネラル・モーターズ(GM)とホンダなど国際的な共同開発も進められ、韓国・現代自動車も18年に量産型FCVを投入する見通し。「各国のFCV開発はむしろ活発化」(同)するとの見方がある。
発電利用で大量消費実現
水素の大量利用実現に欠かせないのが発電分野だ。現状、国内の水素調達量はわずか年0・02万トン。水素基本戦略では20年に同0・4万トン、商用サプライチェーンが動きだす30年に同30万トンまで増やす方針。年30万トンはおよそ原子力発電所(100万キロワット級)1基分の発電容量に相当する。
50年には発電容量1500万キロ―3000万キロワット程度に相当する年間500万―1000万トン程度を目安とし、水素発電のコストをLNG火力発電と同等に引き下げる計画だ。この青写真は「発電での消費量に大きく依存する」(同)という。
4月20日、大林組と川重が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業として市街地における水素燃料100%のガスタービン発電でコージェネレーション(熱電併給)を世界で初めて達成したと発表した。
17年12月に神戸ポートアイランド(神戸市中央区)に完成した出力1000キロワット級水素ガスタービンを核とした熱電併給システムでさまざまな技術検証を進める中、システム全体が問題なく稼働することを確認したことは大きな前進だ。
また、MHPSはオランダのエネルギー企業ヌオンが運営する出力132万キロワット級の天然ガス焚きガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)発電所を水素焚きに転換するプロジェクトに参画。初期段階の事業化調査(FS)を実施し、3月に水素燃焼への転換が可能だと確認したと発表した。
FCVと並び、発電分野でも日本は世界をリードできる技術基盤を保有する。引き続き官民連携を強めて国際競争力を高め、将来の水素社会を迎えたい。
(文=鈴木真央、孝志勇輔)
日刊工業新聞2018年5月3日