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進まぬ職場のメンタルヘルス対策、管理職の対応が企業の損失を決定づける

同じ労働環境でもストレス因子は異なる。医療介入も視野に
進まぬ職場のメンタルヘルス対策、管理職の対応が企業の損失を決定づける

同じ環境でもメンタルヘルスに異常をきたす人もいれば平気な人もいる(イメージ)

 近年、メンタルヘルスの不調を原因に、休職や離職に至るケースが問題になっている。ストレスの原因とされる毎日の残業や長時間労働の解消に向けた議論がされるが、職場環境の改善にはなかなかつながらない。改善が進まない中、企業の管理者が従業員のメンタルヘルスの不調に直面したとき、どう対応するのが適切なのかはあまり議論されない。企業は従業員のメンタルヘルスにどう向き合うべきなのだろうか。

 東京大学社会科学研究所の石田浩教授らの調査で、労働時間や人間関係などの職場環境が、メンタルヘルスにどの様に影響するのか、関係性が明らかになった。2007年から17年まで、20−40歳代の男女を対象に11回行われた追跡調査では、長時間労働や残業の慢性化、締め切りに追われることが男女ともにメンタルヘルスに負の影響を与えることが明らかになった。

 一方、職場に助け合いの雰囲気がある場合はメンタルヘルスに良い影響を与えることも分かった。

 データの分析を行った同大の藤原翔准教授は、メンタルヘルスへ正または負の影響を与える因子が同時に存在する場合、互いの効果は「相殺される」としつつ、「助け合いの雰囲気がメンタルヘルスに良い影響を与えても、長時間労働や残業が慢性化するのであればメンタルヘルスは悪化する」と指摘する。

 職場環境がメンタルヘルスに関係していることがデータとして示されるなか、精神科専門医で認定産業医の渡辺洋一郎氏は「本人の生まれつきの体質や、パーソナリティーの関連も見過ごしてはいけない」と強調する。

 同じ労働環境でも、メンタルヘルスに不調をきたす人もいれば平気な人もいる。不調になった従業員にとって、人間関係や仕事量の負荷といった職場の環境因子が大きなストレスになっているのか、または本人のもともとの体質やパーソナリティーが原因の多くを占めるのかで、解決の道筋は異なる。これらの原因を早期に見極め、適切に対応することが重要だ。

 従業員に対する安全配慮義務の観点から、管理職はメンタルヘルスに関する研修を受けることが義務付けられている。こうした取り組みが進んでいるものの、「従業員のメンタルヘルス不調を認めたときにどう対応すべきか、実行性のある内容ではない場合が多い」と渡辺医師は指摘する。

 例えばミスをした部下が、当たり前の反応として落ち込んでいるのか、不向きな仕事を強いられることによって「適応障害」を発症した状態なのか、または鬱(うつ)状態であるか、一見して見極めることは難しい。

 しかしここで問題なのは、管理者が原因を特定できないことではなく、メンタルヘルスの不調が「医療的な介入が必要な問題という発想が抜けていることだ」と渡辺医師は話す。

 管理者に「落ち込んでいる部下に対し、どう対応するか」と問いかけた場合、「飲みに誘う」、「励ます」、「人事に相談し、環境を変える」といった答えは出てくるものの、「受診をすすめる」との答は少ないという。

 管理者は従業員のメンタルヘルス不調の原因特定のため、産業医の力を借りるなど医療的なアプローチを視野に入れる必要がある。

男性の方が長時間労働を受け入れやすい


 労働環境の改善が進まない理由として、メンタルヘルスに影響を与える因子が仕事継続の意思にどう作用しているかが関係しているという。藤原准教授は「長時間労働や慢性的な残業をしていても、仕事継続の意志には影響がなく、労働者は同じ仕事を継続したいと考える。この傾向は男性で特に顕著だ。これが日本の長時間労働がなかなかなくならない理由の一つではないか」としている。

 しかし長時間労働や慢性的な残業が従業員の仕事継続の意思に影響がなくても、メンタルヘルスを悪化させる。たとえ休業や退職に追い込まれなくても、メンタルヘルスの不調によって4兆円を超える経済損失が出ているとの報告もある。「長時間労働や毎日の残業が、長期的には企業にとって、そして社会全体にとって損であることをもっと知る必要がある」(藤原准教授)。

 逆にいえば、従業員のメンタルヘルスを良好に保つことが、企業にとって有益だということだ。渡辺医師は「働く意欲や良好な人間関係、良好なメンタルヘルスは、すべて同じ線上にある。いつもと様子が違う従業員には、医師に診てもらうようすすめることも含めて早期の対応が必要だ」と話す。
  

(文=安川結野)
日刊工業新聞2018年5月3日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
管理者は従業員のメンタルヘルスの不調を察知し、悪影響を与えているのが人間関係や労働時間といった環境要因なのか、あるいは本人の体質やパーソナリティーなのか多角的に探る必要がある。労働時間や仕事量に数値目標を設けて一律に管理するのではなく、ストレス因子と従業員の特性を照らし合わせるという視点が、これからの管理者のマネジメント能力に必要となりそうだ。 (日刊工業新聞社・安川結野)

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