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産総研、理研、物材機構が三者三の産学連携イノベーション

特定国立研究開発法人開始から1年半
産総研、理研、物材機構が三者三の産学連携イノベーション

  

 世界トップレベルの成果を目指し、柔軟な予算配分措置と大胆な権限などを研究機関に持たせる「特定国立研究開発法人制度」。2016年10月から始まったこの制度の下、指定された産業技術総合研究所、理化学研究所、物質・材料研究機構が、所管省庁や理事長のカラーから三者三様の産学連携を進めている。3機関の奮闘から日本式のイノベーションモデルが生まれようとしている。
                  

産総研、1年半で続々と大型連携


 産総研は経済産業省、理研は文部科学省、物材機構は内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の問題意識が色濃く現れる。省庁と特定研発は、科学技術政策を立案する“経営”とそれを具体化する“現場”の関係に近い。

 産総研は指定を受けてからの1年半、企業や大学との大型連携を次々にまとめた。予算1億円を超える企業との大型連携が8件、大学との連携が7件。研究者同士の共同研究でなく、組織同士での連携を進める。この推進力の一つが相対契約だ。企業と産総研の強みをすり合わせ、チームを一体的に運用しようと相手ごとに契約条件を変える。

 元ソニー社長の中鉢良治理事長は、「両者がチームとして一体となれるかどうかが、研究のレベルやスピードを決める」と狙いを説明する。半面、交渉や調整作業は膨れ上がった。中鉢理事長は「業務量が増え、いま手をつけないと事務方が爆発してしまう」と漏らす。そこで現在取り組んでいるのが働き方改革。職員の多能工化や負荷の平準化などのカイゼンを進め、業務の効率化を図る。

 一方で中鉢理事長本人も、「月の半分も理事長室にいられない」と苦笑いする。“地方巡業”に出ているためだ。産総研は福島や熊本の産業復興のため、地域企業への技術支援を展開する。都道府県の公設試験研究機関と連携して技術展示会や相談会を開き、組織の顔として理事長が全国を巡る。

 18年度は産学連携の目玉として温めていた人工知能(AI)特化のスーパーコンピューターが稼働する。工場や小売店、大学研究室を模したAI実証環境も整える。企業や大学、地域との連携は増える見込みだ。柔軟な連携体制を保つため、筋肉質な組織へと肉体改造を進める。
  

理研、事業会社でVB発掘


 理研の目玉は「理研イノベーション事業法人」という事業会社。新会社に知財管理やベンチャー支援、共同研究の折衝機能を持たせ、民間から優秀な人材を招く。理研発ベンチャーに新会社経由で出資し、他のベンチャーキャピタルなどからも投資を集める。ベンチャーの株式上場などでリターンを狙う。

 元京都大学総長の松本紘理事長は、「法律上、会社に出資できないが、6月に法改正できたら、すぐにできるように体制を準備している。秋にも第1号の会社を作る」と力を込める。

 産学連携を進める理研の「科技ハブ産連本部」には、新会社にそのまま出て行ける組織を作った。

 理研は文部科学省や内閣府に法改正を働きかけてきた。事業会社の構想を描いて産業界と折衝し、省庁に国研の出資機能追加を推すなど、研究開発力強化法の改正に向け準備万端だ。ただ同法は議員立法。国会が落ち着くまで、法案審議にはもう少し時間がかかるかもしれない。

 より根本的な課題は時間のかかる基礎研究に投資を集めることだ。そこで基礎から社会変革までシナリオを描く「イノベーションデザイナー」を置いた。松本理事長は、「成功するSF作家は科学のことを知らないような人。『こんなことはできない』と思わない人にシナリオを作ってもらう」と期待する。
  

物材機構、理事長自ら“調整役”に


 物材機構は鉄鋼産業や化学産業などの業界をとりまとめる産学連携を進める。業界の主要企業を集めてコンソーシアムを組み、物材機構が音頭をとって共同研究を進める。普段はライバルでも、基礎研究や新領域研究などは連携して研究した方が効率の良いテーマがある。このテーマ設定のために物材機構の研究者が数十回、各社を巡り、研究計画をすり合わせた。

 二つの業界コンソーシアムを組み、それぞれ新領域と基礎研究に挑戦する。CSTIの議員を兼務する橋本和仁理事長は、「新領域を研究する業界は半年経つころ、自社がリードする部分は様子見し、自社が弱い部分を勉強しようという雰囲気を感じた」と振り返る。

 これはまずいと、「すぐに戦略会議を開いた。日曜日に各社のCTO(最高技術責任者)が集まり、方針を議論した」という。この会議を受けて現場が方針を修正した。理事長やCTOが直接仲裁を試みる効果は大きい。

 もう一つの業界は、各社がやりたくても手をつけられなかい基礎研究で連携しており、「基礎的なため各社が本気になってくれるか心配していた」と明かす。現在は各社が若手を送り込み、自然と人員が増える状況にある。将来必要になるテーマであり人材育成の側面もある。「協業がうまくいっている間に実用に近いテーマに挑戦し、イノベーションの方法として有効性を示したい」と意気込む。

 特定研発はそれぞれ理事長が対応に奔走する。省庁と現場をつなぎ、研究者たちの試行錯誤が政策立案の場に届くようになった。この知見が他の国研や大学の戦略に反映されることが望まれる。
  

(文・小寺貴之)
日刊工業新聞2018年4月19日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 産学連携は「組織」と「組織」の連携になり、大型化が進んでいます。トップがコミットするだけでうまくいくなら、これまで問題にならなかったはず、と初めて聞いたときは半信半疑でした。ですが理事長とCTOの効果はてきめんでした。一度、袋小路に落ちかけたプロジェクトも、立ち直るのだと驚きました。反対に、これまでうまくいかなかったプロジェクトもトップが深く介入すれば救えたのかもしれません。研究者たちは複数のプロジェクトを抱え、みな忙しいので、うまくいかずに優先順位が低くなれば、そのプロジェクトはいつの間にか閑散として最低限の結果をそろえるのでやっとになります。トップが現場巡りで忙しくなるのは問題ですが、組織連携の数に応じて先にトップの時間を確保してしまう方が、打率が上がっていいのではないかと思います。

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