宇宙誕生直後のビッグバン再現、〝リニアコライダー”って何だ?
東北が建設候補地に、政府が2018年中にも可否を判断
宇宙誕生直後のビッグバンの再現を目指す、全長20キロメートル以上の巨大加速器が日本に誕生するかもしれない。政府は2018年中にも建設の可否を判断する。このビッグプロジェクトに青信号が灯(とも)れば、候補地である東北は世界の素粒子物理学者が集う科学の一大拠点になる。医療や材料、エネルギーなど新産業が生まれる波及効果も期待される。ただ数千億円と見込まれる巨額の建設費が大きなハードルだ。実現には国民の理解が欠かせない。
30年の運転開始を目指して構想中の超大型加速器「国際リニアコライダー」(ILC)は、電子と陽電子を加速して衝突させる次世代の直線型加速器。岩手、宮城両県にまたがる北上山地が建設候補地だ。
宇宙誕生から1兆分の1秒後のビッグバンを再現し、物質に質量を与える素粒子「ヒッグス粒子」を精密測定する。ヒッグス粒子を大量に作り出す“ヒッグス工場”として機能させることで、素粒子物理学で主流の「標準理論」の枠組みを超えるような新たな物理現象の発見を狙う。
12年にヒッグス粒子を発見したスイスにある欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、陽子と陽子をぶつける円形の加速器だ。衝突エネルギーが高く、新粒子探索には適するが、精密測定には不向きだ。これに対し、ILCでは素粒子反応のすべてを直接観測できる。
研究者組織である国際将来加速器委員会(ICFA)は04年、世界にただ一つだけ建設する「ILC計画」として推進することを決定。日本の高エネルギー物理学研究者会議はすぐに名乗りを上げ、13年に北上山地が事実上の「世界唯一の候補地」に決まった。
だが、国内の研究方針を定める日本学術会議は「素粒子物理学としての学術的意義は認める」としつつ、当初計画が約1兆円と見積もられた巨額の建設コストなどを理由に「誘致は時期尚早」と判断し、決定を先送りした経緯がある。
こうした中、高エネルギー物理学研究者会議は17年7月、ILCの衝突エネルギーを従来計画半分の250ギガ電子ボルト(ギガは10億)に下げる案を提案し、同年11月にICFAが承認した。これは計画を縮小するような措置ではなく、LHCの最近の研究結果から、「そこがヒッグス粒子を最も効率的に生成できる衝突エネルギーだと分かってきた」(リニアコライダーコラボレーション物理作業部会の藤井恵介共同議長)ためだ。段階的にエネルギーを拡張できる可能性は残した。
この提案を基に加速器の全長は当初計画の31キロメートルから20キロメートルに短縮され、本体の建設費は約8300億円から約5000億円に抑えられる見通しが立った。ホスト国の負担額を半分程度と見込むと、日本は建設期間の約10年間で毎年200億―300億円を投じる計算だ。18年1月には日本の産学官チームが欧州を訪問し、「日本として欧州とようやく踏み込んだ対話ができた」と東京大学素粒子物理国際研究センターの山下了特任教授は手応えを感じる。
現在の素粒子物理学ではヒッグス粒子が最大のテーマ。ILCの実験が進めば、「時空の概念が拡張されるか、物質により深い階層性があるか、複数宇宙のような全く新しい原理があるかといった『三つの道』のいずれに進むべきかが分かる」(早稲田大学の駒宮幸男上級研究員)とされる。ヒッグス粒子の正体が分かれば、ノーベル賞の受賞も視野に入る。
日本ではさまざまな種類の加速器が普及しており、学術研究だけでなく、医療や材料開発、エネルギー、環境分野など産業面でも貢献する。日本電機工業会によると、加速器とその関連製品の16年度の国内生産金額は10年前に比べ、およそ2倍の約450億円に膨らんだ。日本にILCを誘致すれば、産業界にとっては加速器の開発に携われるだけでなく、そこから新たな産業の芽が生まれるとの期待もある。
産業界が中心となって推進する先端加速器科学技術推進協議会の西岡喬会長(三菱重工業特別顧問)は、「科学技術創造立国を掲げる日本にとって、ILCの実現に貢献することは極めて重要」とし、日本誘致に向けて活発な活動を続ける。文部科学省は15年、ILCの約20年間にわたる建設と初期の運転期間に見込まれる経済効果として、約4兆5000億円と試算した。
東北地方の受け入れ態勢を整える「東北ILC準備室」室長の鈴木厚人岩手県立大学長は、「ILCを契機とした『地域からの開国』が日本の未来を切り開く」と声を上げ、政府の早期の決断を待ち望む。ただ、科学者の間からは、「ILCの建設によって他の基礎研究などの予算配分が制約される」と懸念する声は根強い。当初よりは縮小したとはいえ、実現には数千億円単位の税金が投じられる。
一方で、「“真の国際拠点”を作るという日本にとって初めてのチャレンジ」(山下特任教授)と関係者の期待は大きい。
(文・藤木信穂)
ビッグバン再現―ヒッグス粒子精密測定
30年の運転開始を目指して構想中の超大型加速器「国際リニアコライダー」(ILC)は、電子と陽電子を加速して衝突させる次世代の直線型加速器。岩手、宮城両県にまたがる北上山地が建設候補地だ。
宇宙誕生から1兆分の1秒後のビッグバンを再現し、物質に質量を与える素粒子「ヒッグス粒子」を精密測定する。ヒッグス粒子を大量に作り出す“ヒッグス工場”として機能させることで、素粒子物理学で主流の「標準理論」の枠組みを超えるような新たな物理現象の発見を狙う。
12年にヒッグス粒子を発見したスイスにある欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、陽子と陽子をぶつける円形の加速器だ。衝突エネルギーが高く、新粒子探索には適するが、精密測定には不向きだ。これに対し、ILCでは素粒子反応のすべてを直接観測できる。
研究者組織である国際将来加速器委員会(ICFA)は04年、世界にただ一つだけ建設する「ILC計画」として推進することを決定。日本の高エネルギー物理学研究者会議はすぐに名乗りを上げ、13年に北上山地が事実上の「世界唯一の候補地」に決まった。
だが、国内の研究方針を定める日本学術会議は「素粒子物理学としての学術的意義は認める」としつつ、当初計画が約1兆円と見積もられた巨額の建設コストなどを理由に「誘致は時期尚早」と判断し、決定を先送りした経緯がある。
衝突エネルギー低減―建設コスト圧縮
こうした中、高エネルギー物理学研究者会議は17年7月、ILCの衝突エネルギーを従来計画半分の250ギガ電子ボルト(ギガは10億)に下げる案を提案し、同年11月にICFAが承認した。これは計画を縮小するような措置ではなく、LHCの最近の研究結果から、「そこがヒッグス粒子を最も効率的に生成できる衝突エネルギーだと分かってきた」(リニアコライダーコラボレーション物理作業部会の藤井恵介共同議長)ためだ。段階的にエネルギーを拡張できる可能性は残した。
この提案を基に加速器の全長は当初計画の31キロメートルから20キロメートルに短縮され、本体の建設費は約8300億円から約5000億円に抑えられる見通しが立った。ホスト国の負担額を半分程度と見込むと、日本は建設期間の約10年間で毎年200億―300億円を投じる計算だ。18年1月には日本の産学官チームが欧州を訪問し、「日本として欧州とようやく踏み込んだ対話ができた」と東京大学素粒子物理国際研究センターの山下了特任教授は手応えを感じる。
現在の素粒子物理学ではヒッグス粒子が最大のテーマ。ILCの実験が進めば、「時空の概念が拡張されるか、物質により深い階層性があるか、複数宇宙のような全く新しい原理があるかといった『三つの道』のいずれに進むべきかが分かる」(早稲田大学の駒宮幸男上級研究員)とされる。ヒッグス粒子の正体が分かれば、ノーベル賞の受賞も視野に入る。
普及進む加速器―ILC経済効果4.5兆円
日本ではさまざまな種類の加速器が普及しており、学術研究だけでなく、医療や材料開発、エネルギー、環境分野など産業面でも貢献する。日本電機工業会によると、加速器とその関連製品の16年度の国内生産金額は10年前に比べ、およそ2倍の約450億円に膨らんだ。日本にILCを誘致すれば、産業界にとっては加速器の開発に携われるだけでなく、そこから新たな産業の芽が生まれるとの期待もある。
産業界が中心となって推進する先端加速器科学技術推進協議会の西岡喬会長(三菱重工業特別顧問)は、「科学技術創造立国を掲げる日本にとって、ILCの実現に貢献することは極めて重要」とし、日本誘致に向けて活発な活動を続ける。文部科学省は15年、ILCの約20年間にわたる建設と初期の運転期間に見込まれる経済効果として、約4兆5000億円と試算した。
東北地方の受け入れ態勢を整える「東北ILC準備室」室長の鈴木厚人岩手県立大学長は、「ILCを契機とした『地域からの開国』が日本の未来を切り開く」と声を上げ、政府の早期の決断を待ち望む。ただ、科学者の間からは、「ILCの建設によって他の基礎研究などの予算配分が制約される」と懸念する声は根強い。当初よりは縮小したとはいえ、実現には数千億円単位の税金が投じられる。
一方で、「“真の国際拠点”を作るという日本にとって初めてのチャレンジ」(山下特任教授)と関係者の期待は大きい。
(文・藤木信穂)
日刊工業新聞2018年4月10日