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ドイツをめざせ! “水平分散”のエネルギーシフトにまい進する長野県

<情報工場 「読学」のススメ#53>『信州はエネルギーシフトする』(田中 信一郎 著)
**地方が大都市圏に電力を「売る」という発想の転換
 東日本大震災とそれに伴う福島第一原子力発電所事故から7年の歳月が経過した。とくに後者の、国際原子力事象評価尺度(INES)で最悪の「レベル7」に認定された原発事故が、避難区域の指定、農作物・水産物への(風評被害を含む)壊滅的被害など、多くの人々の生活や産業に爪痕を残したことは、改めて触れるまでもないだろう。

 さらに福島原発事故は、日本だけでなく世界各国のエネルギー政策を見直すきっかけを作ったとされている。よく知られるのはドイツだろう。いち早く脱原発を宣言し、以来、再生可能エネルギー(以下、再エネ)への転換(エネルギーシフト)を加速させており、現在、同国の再エネによる電力消費は、全電力消費量の35%ほどを占めるようになっている(日本は大規模水力発電を加えても15%未満)。

 まだまだドイツとは差があるものの、日本でも以前よりは再エネ導入が進んでいるのは確かだ。とくにいくつかの地方自治体によるエネルギーシフト政策には注目すべきものがある。

 『信州はエネルギーシフトする』(築地書館)は、ドイツをモデルの一つとして2013年頃から取り組みが始まった長野県の環境エネルギー政策を解説している。「信州エネルギーシフト」とも呼ばれるこの政策は、省エネルギー(以下、省エネ)と再エネへの転換を同時に推進するものだ。同書では、エネルギーのみならず社会システムをも大きく変える取り組みとして、その可能性を含めて論じている。

 

 著者の田中信一郎さんは、2011年10月から5年間、長野県庁の特定任期付職員として地域エネルギー政策に取り組んだ、「信州エネルギーシフト」の仕掛け人である。現在は、一般社団法人地域デザインオフィス代表理事、千葉商科大学特別客員准教授、酪農学園大学特任准教授などを務めている。

 長野県の地域エネルギー政策は、2013年2月に策定された「環境エネルギー戦略」に、その基本的な考え方が示されている。同戦略の基本目標は「経済は成長しつつ、温室効果ガス総排出量とエネルギー消費量の削減が進む経済・社会構造」だ。

 省エネは、ある程度は経済成長を犠牲にするものと思われがちだ。しかし、長野県の政策はそうではない。むしろ、再エネとともに省エネを、経済成長と地域振興のエンジンにしようとしているのだ。この方向性はドイツのエネルギーシフトも共通している。経済と環境のトレードオフの関係を切り離すことから「デカップリング(分離)政策」と呼ばれているそうだ。

 長野県は、基本目標達成のために、省エネへの設備投資や再エネの地産地消を進めている。そしてもう一つ、画期的な取り組みがある。それは、地域産の再エネを、東京などの大都市圏に「売る」というものだ。これまで地方は、大都市に本社のある大手電力会社などのエネルギーを「買う」ケースがほとんどだった。まさに逆転の発想だ。

 だが、そもそも大都市の方がエネルギー需要が高いのだから、再エネを生産できる広い土地のある地方が余ったエネルギーを提供するのは、理にかなっている。実際に長野県では、東京都世田谷区と連携し、41の区立保育園に再エネ電気を供給する取り組みを行っている。

ブロックチェーンにも通じる「垂直統合」から「水平分散」への転換


 「信州エネルギーシフト」が「社会システムをも大きく変える」と言ったのは、長野県の取り組みが、「垂直統合」から「水平分散」への仕組みの転換を促しているからだ。

 たとえば、化石燃料による電力が、どのように作られ、供給されているか。石油を例にとると、まず中東などの産油国で井戸を掘り、原油を採掘する。生産された原油はタンカーやパイプラインで製油所に送られ、さまざまな製品に分離される。そしてその一部が発電所に運ばれ、燃料として使われる。発電した電気は変電所を経由して家庭や事業所に送られる。

 だいぶ端折って書いたが、それでも複雑で規模の大きいプロセスを経ていることがわかるだろう。こうしたシステムを運用、維持していくには莫大なコストとマンパワーが必要だ。そのため、現状では一つ、あるいは少数の巨大組織が一貫して運用しているケースがほとんどだ。これは典型的な「垂直統合」の仕組みである。

 それに対して再エネはどうか。再エネには太陽光や風力、水力、地熱、潮汐などがある。これらは特定の地域でしか採掘できない化石燃料に比べれば、世界中のいたるところで生産可能な資源だ。発電パネルや風車、ボイラー、小水力発電施設なども、油田や火力発電所、原子力発電所と比較すれば、シンプルな施設設備である。つまり再エネは、世界各地に散らばった小規模な施設を使って生産され、それほど多くの中継地を経ることなく供給できる。これは「水平分散」のシステムだ。

 「分散」のシステムといえば、ビットコインの中核技術であるブロックチェーンを思い出す人もいるかもしれない。実は、ブロックチェーンを使ったエネルギー取引の実証や新たなビジネスモデルの検討が始まっているのをご存知だろうか。国内でも、新電力のエナリスが、会津大学発のベンチャー「会津ラボ」と組んで、福島県内でブロックチェーンを活用した電力取引の実証事業をスタートさせると発表している。

 また、先ほど触れた、信州エネルギーシフトの一環として地域発の再エネを大都市に販売するというのは、まさに「水平」の発想といえる。大都市と地方(農山村)というと、どうしても前者を上に見てしまいがちだ。だが、長野県の取り組みは、対等な「win-win」の需給関係によるものだ。つまり、長野県は、エネルギーシフトだけでなく、中央と地方の関係性も変えようとしているのだ。

 インターネットの根本思想やシェアリングエコノミーの台頭、そして先ほど触れたブロックチェーンの登場などを考えると、時代はいよいよ「水平分散」に向かっていると言っていいのかもしれない。

 ただし、今すぐに急進的な変化が起きるとは考えにくい。少なくともしばらくは、垂直統合と水平分散が共存していくことだろう。それぞれの長所が生かされる最適なバランスを考えるのが、これからの時代の大きな課題なのだろう。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)


『信州はエネルギーシフトする』
-環境先進国・ドイツをめざす長野県
田中 信一郎 著
築地書館
240p 1,600円(税別)
ニュースイッチオリジナル
冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
古くからあった民族や宗教の違いを要因とする国際紛争に、近年はエネルギーの利権をめぐった対立も加わっている。さながらエネルギー争奪戦だ。国際政治の取引手段にも使われているような有様だ。このような状況の中、エネルギー資源もなく食料自給率も低く、市場もシュリンク気味の日本の立場は非常に弱い。再生エネルギーへのシフトが、日本そのものの国際的な強さへの糸口にもつながることを願う。

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