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【岩瀬大輔】オンライン診断、テクノロジーでエンパワーされる高齢者

日本の医療が大きく変化することを予感
 スマートフォンを用いてかかりつけ医との定期的な診察を行う「オンライン診療」を初めて体験した。予約時間直前まで社内の会議に参加し、数分前に自席に戻ってスマホとイヤホンを設定すると、約束した時間に医師が画面上に現れた。

 「特にお変わりないですか」と一般的なやりとりを経て診察は終了し、すぐに仕事に戻ることができた。処方箋は数日後に郵送される仕組みだ。病院への移動時間や待ち時間に加えて、平日の日中に職場を抜け出す手間を考えると利便性は極めて高く、広く普及することでわが国の医療が大きく変化することを予感させられる。

 医療の未来については「ビッグデータによる予防医療」といった先進的な取り組みが話題になりがちだが、臨床の現場ではもっと基本的な課題があり、遠隔診療の普及がその解決の一助となりうるという。

 まずは医療機関へのアクセス。足が悪いお年寄りや近くに病院がない患者だけでなく、会社勤めをする人が通院のために日中仕事を離れなければ行けないこと自体が、適切なタイミングや頻度で医療を受ける上での障害となりうる。

 この点、先進的な取り組みで知られる千葉県の亀田総合病院は2018年2月、専門医によるがん治療のセカンドオピニオンをオンラインで受けられるサービスを開始した。

 主治医を通じて事前に検査結果などを郵送しておくことで、鴨川市内にある病院まで足を運ばなくとも質の高いアドバイスを受けられるというものだ。これはライフネット生命が保険契約者向けの「がん生活サポートサービス」の一環として発案し、働きかけたことが契機となって実現したものでもある。

 次に、病状の適切なコミュニケーション。本来医師の診察に最も有意義な情報は診察時のいっときだけの数値でなく、時系列の変化だそうだ。多くの場合、医師は極めて限られた情報の下で判断を求められるという。

 最後に、医師が指示する服薬の順守。薬を出しても最後まで正しく服用できていないケースがほとんどだ。担当医と患者がスマホやタブレット端末を通じてつながれば、よりタイムリーに身体の状態と変化を捉えられ、適正な服薬を守ることができよう。

 このような遠隔診療は対面による診察を原則とする医師法との関係が問題となっていた。厚生省(現厚生労働省)は1997年の健康政策局長通知(当時)で(1)へき地・離島にいる患者が(2)特定の慢性疾患について(3)対面での初診を経た場合には医師法に抵触しない―という旨を通知したため、遠隔診療は極めて限定的な場面でしか認められないと理解されてきた。

 規制緩和が大きく動いたのは2015年。規制改革会議の問題提起を経て、対面診療との組み合わせによる遠隔診療を明確にする旨の措置を講じる閣議決定がなされたのだ。

 直近ではオンライン診療に関するガイドラインの策定と報酬評価の見直し作業が進められており、医療のメインストリームの一つに組み込まれていくことが期待される。

 筆者は10年と13年、医薬品のネット販売に関する規制改革を議論する政府の委員会に参加したが、当時、非対面による医療行為への厚労省の反発は相当強いものだった。

 それが現在、対面診療との組み合わせという前提条件付きであれ、遠隔診療を広く普及させる方向で動いていることは隔世の感すらある。

 それを可能にしたのは強い政治的リーダーシップに加え、「対面診療との組み合わせ」「かかりつけ医と患者との関係強化」といったように、賛成せざるを得ない文脈を作ってきた政治的巧拙による。
             

【略歴】いわせ・だいすけ 98年(平10)東大法卒。ボストンコンサルティンググループなどを経て、米ハーバード大経営大学院留学。06年副社長としてライフネット生命を立ち上げ、13年6月から現職。埼玉県出身、41歳。著書に『がん保険のカラクリ』など。
日刊工業新聞2018年2月12日
外部コメンテーター
外部コメンテーター commentator
テクノロジーは若者のためのものと思われがちだが、利便性を最も享受できるのはそれによってエンパワーされる高齢者や社会的弱者である。導入時には既存業者の反発を受けがちな新しいサービスも、このような視点で受け入れていくべきだ。 (ライフネット生命保険社長・岩佐大輔)

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