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地方創生のカギは“ゆるい”つながり?可能性を広げる「関係人口」とは

<情報工場 「読学」のススメ#48>『関係人口をつくる』(田中 輝美 著)
 だいぶ昔のことなので、どこに行ったか覚えていないのだが、夫婦で近場に日帰り旅行をした時のことだ。当時は寺社めぐりが好きで、一般にあまり知られていない観光地にもよく出かけた。

 その界隈には、ガイドブックに載るような観光スポットはそれほど多くない。3、4カ所、順番に巡っていくと、別のスポットにもいた同じ観光客を見かけることがよくあった。

 3カ所目にある寺院を見物していると、一人の中年女性が後ろからスタスタと早歩きでやってきて、私たちを追い抜いていった。姿格好に見覚えがある。確か一つ前に行ったスポットでも会った観光客だ。彼女は追い抜いた後も歩くスピードを緩めずに、ずんずん歩いていく。ちょっと見晴らしのいい場所に着くと、立ち止まって写真をパチリ。シャッターを押すやいなや再び早歩きだ。

 彼女は、その先にある本殿に到着すると、軽く手を合わせ秒速でお辞儀、そして再び写真をパチリ。即座にUターンして門の前のバス停に向かった。立ち止まった時間は、おそらく1分にも満たないだろう。

 「直線的」にスポットを攻略していくような観光の仕方に、少し違和感を覚えた。彼女にとって「観光地に行くこと」が目的であり、「行った」という事実に満足感を覚えているのだろう。もちろん、その人なりの楽しみ方はあってしかるべきだ。だが、「もっと違う楽しみ方もあるのに、もったいないな」とアドバイスしてあげたい気持ちになったのを覚えている。

 目的ややり方を「こうでなければならない」と固定的に考えすぎると、さまざまな可能性を見失うリスクがある。しかし、各地の「地方創生」の現状をみていると、「こうでなければならない」という意識が強すぎるようにも思う。

 『関係人口をつくる』(木楽舎)では、そうした「もったいない」従来の地方創生、地域振興のあり方とは正反対の概念が示されている。
 

 これまでの自治体が考える地域振興策は、人口減少への危機感からか、とにかく「移住者を増やす」ことに躍起になっている感がある。むろん地元に移住、あるいはUターンして定住する人が増えるに越したことはない。だが、その地方に興味を持った人にとって「定住しなければならない」というプレッシャーは、高いハードルになりがちだ。

 そこで同書は、新しい地域の関わり方として「関係人口」を提唱。移住してその地で暮らす人たちを「定住人口」、イベントなどで短い間訪れる人たちを「交流人口」というが、そのどちらでもない(あるいはどちらでもある)第三の関わり方である。

「圧倒的にその地域が好き」だけでもOK


 関係人口は、その土地に住んでいなくても、多様な方法で関わる人々(=仲間)を指す言葉だ。この「多様な方法」というのが最大の特徴。つまり関わり方や、どの程度まで関わるかの幅が、きわめて広い。

 「ロハス」「スローフード」といった言葉を流行らせた雑誌「ソトコト」の編集長、指出一正さんは、著書の中で関係人口の具体例として次の4つを挙げている。

(1)地域のシェアハウスに住んで、行政と協働でまちづくりのイベントを企画・運営するディレクタータイプ
(2)東京でその地域のPRをするときに活躍してくれる、都市と地方を結ぶハブ的存在
(3)都市暮らしをしながら、地方にも拠点を持つ「ダブルローカル」を実践する
(4)「圧倒的にその地域が好き」というシンプルな関わり方

 そう、(4)でもいいのだ。また、「好き」が高じて(1)(2)(3)に変わっていくケースもあるだろう。そうした変化の可能性も含め、「多様」が許されるのが関係人口なのだ。言うならば、その地方の「ファン」が関係人口ということだ。アイドルのファンにもいろいろなレベルがあるだろう。それと同じことだ。

 『関係人口をつくる』の著者で島根県を拠点として活躍する「ローカルジャーナリスト」の田中輝美さんは同書で、関係人口を増やすことで、どれだけ「社会的インパクト」を与えられるかが重要と言っている。そして、ヒト・モノ・カネに「アイデア」を加えた4要素それぞれが与える社会的影響こそが、関係人口の意義に他ならないという。

 すなわち関係人口とは、その地方から離れた場所にいても、ファンを増やす(ヒト)、地方の特産品を売買する(モノ)、投資を呼び込む(カネ)、そして新しいアイデアをもたらす存在として定義できるのだ。

 ある地方に関心を持ったとしても、具体的にどう関わっていいかわからない、という人もいるだろう。指出さんは、そんな人のために「関係案内所」が必要としている。地域の面白い人やスポットなどを紹介し、アイデアを膨らませてもらうための「場」だ。

 現在、日本で関係案内所の機能を果たしている「場」の一つに、同書で詳しく紹介されている「しまコトアカデミー」がある。島根県が主催し、東京在住者を対象に島根や地域づくりが学べる5カ月全7回の講座だ。

 しまコトアカデミーでは、短期インターンシップとして島根に訪れたりもしながら、最終的に「しまコトプラン(島根おこしプラン)」を各自で作成し、発表する。このしまコトプランは、「プラン」と名がついているものの、事業スキームも資金計画も特に必要ない。「自分がやりたいこと」を実現可能性など考えずに自由に発表すればいい。こうした「ゆるさ」は同講座の魅力であり、関係人口のコンセプトにも合致する。

 講座の雰囲気も、とにかく「ゆるい」のだという。だが、ゆるいからこそ、多様なアイデアが生まれやすいのではないだろうか。「ゆるさ」は「こうでなければならない」とは対極にあり、「豊かさ」「可能性」につながる。

 世の中、先行きが不透明だからこそ、あえて「ゆるめる」のが重要なのではないか。ゆるくすることで、手探りで可能性を見つけていきやすくなる。少なくとも観光地を「直線的」に巡るだけでは何の発見もないし、「豊かさ」に到達することは決してないだろう。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

『関係人口をつくる』
-定住でも交流でもないローカルイノベーション
田中 輝美 著
木楽舎
256p 1,400円(税別)
ニュースイッチオリジナル
冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
 どんなビジネスであっても「こうでなければならない」と硬直的に考えるのはご法度であり、誰しも頭では理解しているのだと思う。だが、日々定型的な業務に追われ、考え方から柔軟性が失われてしまいがちになることも、よくあるのではないか。普段から、意識して考え方を「ゆるめる」習慣をつけたほうがいいのだろう。そうした心がけがイノベーション的発想にもつながるはずだからだ。

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