AI・ITの社会人講座、相次ぎ開講。大学は企業や生徒の囲い込み狙う
乱立で見えてきた課題
2018年度に人工知能(AI)技術やITの社会人教育講座が相次いで開講する。文部科学省の人材育成拠点形成事業「エンピット・プロ」(enPiT―Pro)は早稲田大学や名古屋大学など5大学、経済産業省系の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)はNEDO特別講座として、大阪大学と東京大学で即戦力AI人材育成講座を開講する。課題は予算終了後の自立だ。各大学は生徒や企業の囲い込み、修了者の継続支援策などに知恵を絞る。
AIなど情報分野の人材獲得競争は激しく、経済産業省の「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」によると、20年にはトップ人材だけで約4万8000人が不足すると試算されている。
一方、旧帝大や早慶などの11大学の大学院を卒業するAI人材は年間約1000人。新卒だけでは足りない。社会人の教育講座が相次ぎ開講するのもこのためだ。
早大は国立情報学研究所や電子情報技術産業協会(JEITA)などの13大学、21組織と連携し、社会人教育事業を立ち上げる。カリキュラムは機械学習やデータマイニング、セキュリティーなど多彩だ。4年間で4億円を投じ3000人育成する計画だ。
文科省から公的予算を受けている間にカリキュラムや体制を整え、企業と連携して社会人教育の需要を囲い込む。早大の鷲崎弘宜教授は「首都圏だけでなく、連携大学を通して地方に展開する。地域展開分を加えると受講者数はもっと増える」という。
さらに早大は学部生や大学院生向けにデータ科学やAIを教える「データ科学総合研究教育センター」を設立。野村証券やみずほ銀行などが24機関とコンソーシアムを組み、理系と文系の両方にキャリア教育を展開する。
この学生が就職後も社会人教育講座に通う流れができる。AI技術は変化が激しく、卒業して数年で状況が一変しうる。学生時代から社会人まで一貫して学び続けられる環境は、社会人一人ひとりにとっても武器になる。
北九州市立大学は熊本大や広島市立大など5大学で立ち上げる。熊本大と半導体産業、宮崎大と農林畜産業など、各大学が産学連携で培った研究を教育に応用する。情報技術の実践を重視したカリキュラムになる。
梶原昭博北九州市大副学長は「中小企業の人材育成を支援したい」と説明する。中小企業はIT人材が文系出身だったり、製造や総務を兼務していたりする。
そこで受講生が集まるフューチャーセンターを設ける。同センターでは受講生や卒業生、教員がアイデアを出し合い、新しいサービスや連携を紡いでいく。
「卒業後もフォローアップし、互いに補える関係を築きたい」という。中小企業の人材育成を担うことで息の長い関係をつくる。
名古屋大学はIoT(モノのインターネット)用や車載用の組み込みシステムの社会人教育を立ち上げる。組み込みは計算量や応答速度など一つ一つ仕様が変わる特注品ばかりだ。
体系的な教育は難しそうだが、名大の山本雅基特任教授は「IoTやコネクテッドカー(つながる車)で通信やセキュリティー、欧州規格への対応などあらためて体系的に勉強する必要が出てきた」と説明する。
自動車や機械メーカーは機械系の技術者が中心で、情報技術に疎いとされてきた。山本特任教授は「もう外注にお任せできる時代ではない。だが社内に網羅的な教育メニューを整えるのはほぼ不可能。大学との教育連携は必須になる」と指摘する。
この流れにいち早く対応したのがNEDOだ。文科省事業の各大学が18年度に開講するのに対し、阪大と東大はNEDO特別講座として17年度から試行的に教育を始めた。
阪大は大学院生レベル、東大は学部生レベルのカリキュラムを用意し、製造現場や顧客行動などの現場に即したデータを使って演習する。
各大学の受講生募集の時期が重なる可能性は高く、AIやIoTへの関心の高まりなどで、社会人の学び直しの意識が高まっている間に教育体制と実績をつくり、社会人講座を軌道に乗せる必要がある。
他にも課題はある。文科省事業の各大学は平日夜と土日に120時間の教育カリキュラムを整える。社会人が大学で講義を受けるために120時間を捻出するのは簡単ではない。
平日夜に2時間、土曜に5時間、学ぶとしても2カ月間かかり、その間は宿題と仕事に追われることになる。会社から承諾を得て残業を避けないと通学は難しい。
また文科省にとっては社会人教育で大学院経営を立て直す狙いもある。大学が企業の人材教育システムの一部を担い、持続的な学び直しの環境を整える。
そこで厚生労働省の教育訓練給付制度と連動させることも検討されている。具体化すれば受講料の40―60%が専門実践教育訓練給付金として支給されるようになる。
そのためには大学から履修証明などの成果物が必要になる。ただ、「理事会を通していない大学が多い。18年開講の段階では、同じカリキュラムでも受講する大学によって費用が変わる可能性も」と漏らす教員もおり、足並みがそろわない可能性も残る。
また、教員への負担も大きい。受講生獲得のために、企業に教員が出向く出張講座なども考えられるが「身の丈以上の風呂敷を広げると破綻しかねない」との声も聞こえてくる。
それでも産学連携で教育するメリットが大きい。名大の山本教授は社会人講座を大学病院に例える。「大学の医学部が教育と研究、大学病院が臨床を担うように、社会人講座は工学部教員にとって実践の場。教育の実証と体系化、新しい研究ニーズの発掘ができる」と指摘する。
開発した技術を教育に反映させることで技術の普及を担える。特にオープンソースとして公開する技術は社会人教育と相性がいい。「複数の企業が参画するコンソーシアム型の共同研究に発展し、参加社で分担して開発できる」と期待する。
非関税障壁になっている規格への対応技術の開発や、中小企業がIoTなどの新技術を安く自社流に使うアプリケーション開発に向く。各大学は社会人講座としての自立の先に、学びと共創の場として進化できるか注目される。
(文=小寺貴之)
学び続けられる
AIなど情報分野の人材獲得競争は激しく、経済産業省の「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」によると、20年にはトップ人材だけで約4万8000人が不足すると試算されている。
一方、旧帝大や早慶などの11大学の大学院を卒業するAI人材は年間約1000人。新卒だけでは足りない。社会人の教育講座が相次ぎ開講するのもこのためだ。
早大は国立情報学研究所や電子情報技術産業協会(JEITA)などの13大学、21組織と連携し、社会人教育事業を立ち上げる。カリキュラムは機械学習やデータマイニング、セキュリティーなど多彩だ。4年間で4億円を投じ3000人育成する計画だ。
文科省から公的予算を受けている間にカリキュラムや体制を整え、企業と連携して社会人教育の需要を囲い込む。早大の鷲崎弘宜教授は「首都圏だけでなく、連携大学を通して地方に展開する。地域展開分を加えると受講者数はもっと増える」という。
さらに早大は学部生や大学院生向けにデータ科学やAIを教える「データ科学総合研究教育センター」を設立。野村証券やみずほ銀行などが24機関とコンソーシアムを組み、理系と文系の両方にキャリア教育を展開する。
この学生が就職後も社会人教育講座に通う流れができる。AI技術は変化が激しく、卒業して数年で状況が一変しうる。学生時代から社会人まで一貫して学び続けられる環境は、社会人一人ひとりにとっても武器になる。
北九州市立大学は熊本大や広島市立大など5大学で立ち上げる。熊本大と半導体産業、宮崎大と農林畜産業など、各大学が産学連携で培った研究を教育に応用する。情報技術の実践を重視したカリキュラムになる。
梶原昭博北九州市大副学長は「中小企業の人材育成を支援したい」と説明する。中小企業はIT人材が文系出身だったり、製造や総務を兼務していたりする。
そこで受講生が集まるフューチャーセンターを設ける。同センターでは受講生や卒業生、教員がアイデアを出し合い、新しいサービスや連携を紡いでいく。
「卒業後もフォローアップし、互いに補える関係を築きたい」という。中小企業の人材育成を担うことで息の長い関係をつくる。
名古屋大学はIoT(モノのインターネット)用や車載用の組み込みシステムの社会人教育を立ち上げる。組み込みは計算量や応答速度など一つ一つ仕様が変わる特注品ばかりだ。
体系的な教育は難しそうだが、名大の山本雅基特任教授は「IoTやコネクテッドカー(つながる車)で通信やセキュリティー、欧州規格への対応などあらためて体系的に勉強する必要が出てきた」と説明する。
自動車や機械メーカーは機械系の技術者が中心で、情報技術に疎いとされてきた。山本特任教授は「もう外注にお任せできる時代ではない。だが社内に網羅的な教育メニューを整えるのはほぼ不可能。大学との教育連携は必須になる」と指摘する。
この流れにいち早く対応したのがNEDOだ。文科省事業の各大学が18年度に開講するのに対し、阪大と東大はNEDO特別講座として17年度から試行的に教育を始めた。
阪大は大学院生レベル、東大は学部生レベルのカリキュラムを用意し、製造現場や顧客行動などの現場に即したデータを使って演習する。
メリットは大きいが…
各大学の受講生募集の時期が重なる可能性は高く、AIやIoTへの関心の高まりなどで、社会人の学び直しの意識が高まっている間に教育体制と実績をつくり、社会人講座を軌道に乗せる必要がある。
他にも課題はある。文科省事業の各大学は平日夜と土日に120時間の教育カリキュラムを整える。社会人が大学で講義を受けるために120時間を捻出するのは簡単ではない。
平日夜に2時間、土曜に5時間、学ぶとしても2カ月間かかり、その間は宿題と仕事に追われることになる。会社から承諾を得て残業を避けないと通学は難しい。
また文科省にとっては社会人教育で大学院経営を立て直す狙いもある。大学が企業の人材教育システムの一部を担い、持続的な学び直しの環境を整える。
そこで厚生労働省の教育訓練給付制度と連動させることも検討されている。具体化すれば受講料の40―60%が専門実践教育訓練給付金として支給されるようになる。
そのためには大学から履修証明などの成果物が必要になる。ただ、「理事会を通していない大学が多い。18年開講の段階では、同じカリキュラムでも受講する大学によって費用が変わる可能性も」と漏らす教員もおり、足並みがそろわない可能性も残る。
また、教員への負担も大きい。受講生獲得のために、企業に教員が出向く出張講座なども考えられるが「身の丈以上の風呂敷を広げると破綻しかねない」との声も聞こえてくる。
それでも産学連携で教育するメリットが大きい。名大の山本教授は社会人講座を大学病院に例える。「大学の医学部が教育と研究、大学病院が臨床を担うように、社会人講座は工学部教員にとって実践の場。教育の実証と体系化、新しい研究ニーズの発掘ができる」と指摘する。
開発した技術を教育に反映させることで技術の普及を担える。特にオープンソースとして公開する技術は社会人教育と相性がいい。「複数の企業が参画するコンソーシアム型の共同研究に発展し、参加社で分担して開発できる」と期待する。
非関税障壁になっている規格への対応技術の開発や、中小企業がIoTなどの新技術を安く自社流に使うアプリケーション開発に向く。各大学は社会人講座としての自立の先に、学びと共創の場として進化できるか注目される。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年12月5日