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ノーベル化学賞受賞の野依氏「若手は研究室から“独立宣言”する気概が必要」

どうなる?日本の科学(2)科学技術振興機構・野依良治氏
**【科学技術振興機構・研究開発戦略センター長 野依良治氏
―ノーベル賞の日本人受賞が続きましたが、将来や若手研究者の育成が危ぶまれています。

「私が学生のころは貧乏で研究環境は本当に劣悪だった。欧米とはとても競争できなかった。分析機器は古く、化学反応の試薬は買えず、溶媒も自分で作った。だから独自のことをやらざるを得なかった。指導教員も実験の手ほどきはしても、研究自体は放任された。だからこそ自由があった」

「現在は研究環境が整い、世界と競争できるようになった。逆に言えば、若手は規格化された環境に拘束されている。未知に挑めば孤独になる。研究者を論文数や被引用数で評価する限り、若手は親元で既成分野の論文を量産する道を選んでしまう。評価指標に過剰に適応した結果、自力で戦えない人材を育てることになる。若手にとって自由が何より大事だ。新しい領域を拓くことこそが若手に課せられた義務だ」

―若手の置かれた環境の変革が急務ですね。

「若手を縛る大学の講座制撤廃を唱えてきたが、最後に抵抗するのは決まって教授陣だ。競争に勝つために研究室を大きくし、均質で従順な若手をそろえてきた。科学全体の進展でなく、体制の維持が目的になっては本末転倒。若手は欧米や中国の研究者のように研究室から“独立宣言”する気概が必要だ」

―政府の科技政策がイノベーション志向になり、基礎よりも応用に予算が重点配分されています。

「基礎か応用かという二元論は不毛だ。自らの意思で自由に研究できる学術的資金が減り、政策上の目的が決まった戦略的資金に付け替えられている。大学には本来、憲法で保障された研究の自由がある。だが自由に使える資金が減り、未知への挑戦が萎縮している」

―戦略研究と学術研究、それぞれに必要な振興策は。

「戦略研究は産学連携の大型化促進策が追い風だ。大学と企業の組織連携で短期成果だけでなく人材を育て、広い社会で活躍できるキャリアを拓いてほしい。一方の学術研究は、異分野の研究者と連携して新しい領域に挑戦すべきだ。世界が一つであるように、科学も一つだ。グローバル化で国境を越えたように、専門分野を隔てる壁も壊さねばなるまい。基礎や学術研究が厳しい状況にあることは世界共通だ。研究者間のデータや設備のシェアを推進すべきだ」

―ノーベル賞受賞者は政府や社会に声が届きます。活動成果は。

「受賞から16年。改革を長く唱えており、理解してくれている官僚は多い。だが実行されていない。実現率は10%。日本の科学力再生のためには新しい研究や未知への挑戦を評価し、育てる風土を作らねばならない」
日刊工業新聞2017年10月4日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
研究者による評価指標への過剰適応は、大企業病の現れだ。論文数や被引用数は「いずれ重視されなくなる」と考える若手も多い。論文数を誇っても、与えられた評価尺度に添うだけ。独自の価値を作り出していない研究者と見なされかねない。起業家教育の卒業生で研究者の道を選んだ人材は少なくない。彼らが学術界を変えられるか注目したい。

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