トランプ大統領来日、産業界の“期待と不安”
トランプ米大統領が5日に来日した。日米が北朝鮮問題への対応で協調が求められる環境なため、経済問題における激しい衝突は表面化しそうにない。ただ「米国第一主義」を掲げて巨額の貿易赤字削減を目指すトランプ政権と日本の産業界の間には火種がくすぶる。一方で新たな連携を模索する動きもある。
米国政府は日本の自動車市場には“非関税障壁”があるとし、許認可や安全基準の手続きなどの見直しを求めてきた。米通商代表部(USTR)の2017年版「外国貿易障壁報告書」でも16年のフォード・モーターの日本市場撤退に触れ、いっそうの開放を求めている。さらに米国、カナダ、メキシコによる北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉の影響も懸念される。
10月16日の日米経済対話では、日本の自動車市場開放を求める米国に対し、日本側が輸入車の検査手続きの緩和で合意。米国は市場開放要求を続けると見られるが、三井物産戦略研究所の西野浩介産業調査第一室長は「『非関税障壁』が撤廃されても(日本メーカーに)大きな影響はないだろう」と見る。
むしろ日本メーカーにとってはNAFTAの再交渉の行方が気がかりだ。各社はメキシコを米国への輸出拠点と位置付け、現地に完成車工場を置いてサプライヤーの集積も進めている。
日産自動車は現地に3工場を持ち年間86万台生産しているほか、ホンダも25万台を生産。マツダは14年に工場を稼働し、現地生産を始めた。トヨタ自動車はメキシコで現在10万台を生産しており、19年には新工場も稼働する予定だ。
NAFTAの枠組みが変更されれば、現地で構築されつつあるサプライチェーンが北米市場での優位性を失いかねず、特に部品メーカーには取引量の減少など大きな影響を及ぼす可能性がある。
「我々としては3カ国で合意されたことに従うしかなく、それを待っている状態だ」(自動車メーカー幹部)と、見守るしかないのが実情だ。
トランプ米大統領の来日で、農業分野では米国産冷凍牛肉への緊急輸入制限措置(セーフガード)の扱いや、輸入枠見直しが争点になりそうだ。日本政府は8月1日から米国産冷凍牛肉を対象にセーフガードを発動し、関税率を38・5%から50%に引き上げた。その結果、関税率の低い豪州産牛肉の輸入量が増加。卸価格も上昇し、米国側はセーフガード見直しを求めている。
セーフガードの発動では「セーフガード発動を見越して輸入業者が食材手当を急ぎ、保管倉庫の低温物流事業の売り上げが増えた」(ニチレイ)といった影響も出ている。
セーフガード見直しや撤廃要求について、日本は「ウルグアイ・ラウンドで関税率引き下げと引き換えに勝ち取った成果であり、今になって変えろというのはルール違反だ」(農林水産省)と反発。斎藤健農水相も「再交渉という言葉は、私の頭にはない」とけん制する。制度自体でなく、輸入量のこまめなチェックで運用見直しを提案したが米国の理解は得られていない。
環太平洋連携協定(TPP)が予定通り発効していれば、牛肉関税は38・5%が27・5%になり、最終的には9%まで下がる筋書きだった。トランプ政権の発足でTPP離脱を表明した米国の焦りは強い。豪州との関税の差が、このままだとますます広がるからだ。
牛肉以外に、豚肉や乳製品などの輸入増を要求してくる可能性もある。豚肉も乳製品も、このままなら豪州産やニュージーランド産の競争力が増し、米国産の競争力は低下する。自国の農業・酪農業の圧力を背景に、米国が輸入枠拡大を求める確率は高い。
鉄鋼分野では米通商拡大法232条(国防条項)に基づく輸入制限措置に米国が踏み切るかどうかに、日本を含む鉄鋼輸出国が神経をとがらせている。
同条項は米軍需産業を衰退させ、国家安全保障上の脅威となる海外製品の輸入を制限する権限を、大統領に与えている。トランプ大統領は4月、同条項に基づき鉄鋼輸入の実態調査を商務省に指示。商務省が18年1月半ばまでにまとめる調査結果を踏まえ、同年4月半ばまでに対応策を決める。
日本の鉄鋼業界も調査の行方を「注視している」(日本鉄鋼連盟の進藤孝生会長=新日鉄住金社長)が、目立った進展はない。トランプ政権が法人税率引き下げなどの税制改革を優先しているためとされるが、商務省が開いた公聴会や大統領宛ての書簡で「輸入制限に反対する意見が多かったことも影響している」(日本の業界関係者)と見られる。
反対意見は地元の製缶業界やファスナー業界、鋼材輸入業者などにも広がっている。大統領はこうした情勢を見極めた上で結論を出すと見られ、今回の訪日で鉄鋼貿易が議題になる公算は小さい。
輸入制限をめぐる判断には、最大の標的とされる中国の動きも影響を与えそうだ。北朝鮮に対する制裁措置で国際社会の協調体制が求められている今、中国を刺激するのは得策でないとの判断に傾くとの見方がある。中国共産党大会の閉幕を受けて同国政府が、輸出主導から内需主導の成長モデルへ転換する姿勢を鮮明にした場合も、米国の批判の矛先が鈍る可能性がある。
市場開放や規制緩和など摩擦が目立ちがちな日米関係だが、エネルギー業界では米国産液化天然ガス(LNG)のアジア向け輸出などでの連携に期待が集まっている。トランプ政権はLNGの輸出促進を掲げており、大手都市ガス首脳は「日本にはプラスの話しかない」と話す。
LNGの輸出ではカタールが世界の3割を占め、豪州、マレーシアの3カ国で5割を超える。資源輸入国は価格や条件交渉で不利な立場にある。売買で売り主が買い主に第三者への転売を禁止する仕向け地条項に代表されるように制約が多い。
米国は仕向け地条項を撤廃して輸出を拡大している。世界1位のLNG輸入国の日本としては米国産LNGのアジアへの普及を後押しして、LNG契約を多様化することで安定した市場づくりを主導する狙いだ。
現在、日本が輸入しているLNGは価格が原油に連動している。投機対象でもある原油価格はボラティリティが高く、LNG価格もリスクにさらされていた。一方、米国産は「ヘンリーハブ」という指標に代表されるように、ガスの需給によって価格が決まるため、事業者は燃料を安定的に調達できるメリットがある。
日本政府はアジアでのLNG普及に官民で総額100億ドルを支援していく方針を表明している。LNG船の受け入れ基地や発電所などの投資計画への日本企業の参画を促していく方針で、うまく進めば広範囲に恩恵がありそうだ。
NAFTA再交渉、枠組み変更に懸念する自動車
米国政府は日本の自動車市場には“非関税障壁”があるとし、許認可や安全基準の手続きなどの見直しを求めてきた。米通商代表部(USTR)の2017年版「外国貿易障壁報告書」でも16年のフォード・モーターの日本市場撤退に触れ、いっそうの開放を求めている。さらに米国、カナダ、メキシコによる北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉の影響も懸念される。
10月16日の日米経済対話では、日本の自動車市場開放を求める米国に対し、日本側が輸入車の検査手続きの緩和で合意。米国は市場開放要求を続けると見られるが、三井物産戦略研究所の西野浩介産業調査第一室長は「『非関税障壁』が撤廃されても(日本メーカーに)大きな影響はないだろう」と見る。
むしろ日本メーカーにとってはNAFTAの再交渉の行方が気がかりだ。各社はメキシコを米国への輸出拠点と位置付け、現地に完成車工場を置いてサプライヤーの集積も進めている。
日産自動車は現地に3工場を持ち年間86万台生産しているほか、ホンダも25万台を生産。マツダは14年に工場を稼働し、現地生産を始めた。トヨタ自動車はメキシコで現在10万台を生産しており、19年には新工場も稼働する予定だ。
NAFTAの枠組みが変更されれば、現地で構築されつつあるサプライチェーンが北米市場での優位性を失いかねず、特に部品メーカーには取引量の減少など大きな影響を及ぼす可能性がある。
「我々としては3カ国で合意されたことに従うしかなく、それを待っている状態だ」(自動車メーカー幹部)と、見守るしかないのが実情だ。
牛肉セーフガード、見直し要求強まる
トランプ米大統領の来日で、農業分野では米国産冷凍牛肉への緊急輸入制限措置(セーフガード)の扱いや、輸入枠見直しが争点になりそうだ。日本政府は8月1日から米国産冷凍牛肉を対象にセーフガードを発動し、関税率を38・5%から50%に引き上げた。その結果、関税率の低い豪州産牛肉の輸入量が増加。卸価格も上昇し、米国側はセーフガード見直しを求めている。
セーフガードの発動では「セーフガード発動を見越して輸入業者が食材手当を急ぎ、保管倉庫の低温物流事業の売り上げが増えた」(ニチレイ)といった影響も出ている。
セーフガード見直しや撤廃要求について、日本は「ウルグアイ・ラウンドで関税率引き下げと引き換えに勝ち取った成果であり、今になって変えろというのはルール違反だ」(農林水産省)と反発。斎藤健農水相も「再交渉という言葉は、私の頭にはない」とけん制する。制度自体でなく、輸入量のこまめなチェックで運用見直しを提案したが米国の理解は得られていない。
環太平洋連携協定(TPP)が予定通り発効していれば、牛肉関税は38・5%が27・5%になり、最終的には9%まで下がる筋書きだった。トランプ政権の発足でTPP離脱を表明した米国の焦りは強い。豪州との関税の差が、このままだとますます広がるからだ。
牛肉以外に、豚肉や乳製品などの輸入増を要求してくる可能性もある。豚肉も乳製品も、このままなら豪州産やニュージーランド産の競争力が増し、米国産の競争力は低下する。自国の農業・酪農業の圧力を背景に、米国が輸入枠拡大を求める確率は高い。
鉄鋼、輸入制限措置に警戒感
鉄鋼分野では米通商拡大法232条(国防条項)に基づく輸入制限措置に米国が踏み切るかどうかに、日本を含む鉄鋼輸出国が神経をとがらせている。
同条項は米軍需産業を衰退させ、国家安全保障上の脅威となる海外製品の輸入を制限する権限を、大統領に与えている。トランプ大統領は4月、同条項に基づき鉄鋼輸入の実態調査を商務省に指示。商務省が18年1月半ばまでにまとめる調査結果を踏まえ、同年4月半ばまでに対応策を決める。
日本の鉄鋼業界も調査の行方を「注視している」(日本鉄鋼連盟の進藤孝生会長=新日鉄住金社長)が、目立った進展はない。トランプ政権が法人税率引き下げなどの税制改革を優先しているためとされるが、商務省が開いた公聴会や大統領宛ての書簡で「輸入制限に反対する意見が多かったことも影響している」(日本の業界関係者)と見られる。
反対意見は地元の製缶業界やファスナー業界、鋼材輸入業者などにも広がっている。大統領はこうした情勢を見極めた上で結論を出すと見られ、今回の訪日で鉄鋼貿易が議題になる公算は小さい。
輸入制限をめぐる判断には、最大の標的とされる中国の動きも影響を与えそうだ。北朝鮮に対する制裁措置で国際社会の協調体制が求められている今、中国を刺激するのは得策でないとの判断に傾くとの見方がある。中国共産党大会の閉幕を受けて同国政府が、輸出主導から内需主導の成長モデルへ転換する姿勢を鮮明にした場合も、米国の批判の矛先が鈍る可能性がある。
エネルギー「日本にプラスの話しかない」
市場開放や規制緩和など摩擦が目立ちがちな日米関係だが、エネルギー業界では米国産液化天然ガス(LNG)のアジア向け輸出などでの連携に期待が集まっている。トランプ政権はLNGの輸出促進を掲げており、大手都市ガス首脳は「日本にはプラスの話しかない」と話す。
LNGの輸出ではカタールが世界の3割を占め、豪州、マレーシアの3カ国で5割を超える。資源輸入国は価格や条件交渉で不利な立場にある。売買で売り主が買い主に第三者への転売を禁止する仕向け地条項に代表されるように制約が多い。
米国は仕向け地条項を撤廃して輸出を拡大している。世界1位のLNG輸入国の日本としては米国産LNGのアジアへの普及を後押しして、LNG契約を多様化することで安定した市場づくりを主導する狙いだ。
現在、日本が輸入しているLNGは価格が原油に連動している。投機対象でもある原油価格はボラティリティが高く、LNG価格もリスクにさらされていた。一方、米国産は「ヘンリーハブ」という指標に代表されるように、ガスの需給によって価格が決まるため、事業者は燃料を安定的に調達できるメリットがある。
日本政府はアジアでのLNG普及に官民で総額100億ドルを支援していく方針を表明している。LNG船の受け入れ基地や発電所などの投資計画への日本企業の参画を促していく方針で、うまく進めば広範囲に恩恵がありそうだ。
日刊工業新聞2017年11月3日の記事を一部修正